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「……今、なんて言いました?」
春の風が気持ちいいテラス席、飲みかけていたグレープフルーツジュースのストローを咥えたままで私は大学時代の先輩に詰め寄った。
彼は少しひょうきんで悪戯好きな所もあるが、わりと面倒見のいい男性なのだと学生時代から知っている。
「ん? だからお前は我慢強くて、少しの事じゃへこたれない奴だってトコ?」
「ええ、そうですね。辛抱強さには自信があって……って、そこじゃなくて。仕事先を紹介してやろうか?って話したところですよ」
そう、長谷山先輩は私に間違いなくそう言ったのだ。
もちろん求職中の私がその言葉を聞き逃すはずも無く、こうしてジリジリと先輩に詰め寄っているわけなのだけど。
前の職場で上司と揉めてから嫌がらせを受けながらも耐え続けたのに、三か月前にリストラ候補に入れられて……
今は無職の二十五歳、独身女である。
そうはいってもアパートの家賃だってギリギリ支払っているけれど、貯蓄だって残りわずかしかない。必死で就職活動に励むけれど、いまだに良い返事は貰えていない。
もはや藁にもすがりたい気持ちであるのは間違いなくて。
「俺の知り合いが『すぐに部下が辞めて困っている、誰か良い奴はいないだろうか』ってね。そしたらなんとなく凪弦の顔が浮かんだから」
この時には私はもう心の中で立候補の手を上げていた。どんな仕事か知らないけれど、自分なら何とかやっていけるんじゃないかって勝手にそう思っていた。
「流石ですね、先輩。そこで私を思い出してくれたこと、心から感謝します。」
そう言って|長谷山《はせやま》先輩の手を握ると、彼は何か後ろめたいことがあるのか「ハハハ……」と乾いた笑い声をあげた。それに何か引っかかりを感じながらも、私は長谷山先輩に話の続きをしてもらう。
「給料はなんと…… ! 一ヶ月、五十万円だそうだ‼︎」
ご、五十万⁉︎ はっきり言って今まで勤めた会社の倍以上じゃない! とても信じられないという顔で、先輩を見ていると……
「それに残業手当、保険などもキチンとしてくれる。その代わり必ず会社の寮に入らなければいけないそうだ」
「寮……?」
家賃の支払いも苦しい状態の私にとっては、むしろ有り難い話だった。こんな好条件で辞めていく人がいるなんて、私にはちょっと信じられないけれど。
「本当にそれって私でも雇ってもらえるんですか……?」
「ああ、だけど……それなりに覚悟は必要だぞ?」
崖っぷちにいる私には、それでもこの話を無かった事になんて出来る訳もなくて。
すぐに先輩に連絡を取ってもらい、その仕事の面接を受けさせてもらう事になったのだった。