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――ゲンの深層意識下に封じられていた、記憶の領域がゆっくりと解かれていく。 凍りついた湖面にひびが入るように、十三年前の光景が浮かび上がった。
◆
まだ、村の狩猟団の一員として名を馳せていた頃のゲン。
若く、身体はしなやかで、目には迷いがなかった。
土と木の匂いが混じる素朴な村。
広場らしい広場もなく、家々は粗削りな木材と土壁で組まれている。だが、夕刻になると煙突から上がる煙が空を薄く染め、人の気配が確かにそこに息づいていた。
仲間がいて、
妻のリンがいて、
そして、言葉を覚えはじめたばかりの息子――ソウがいた。
その日々が永遠に続くと、疑いもしなかった。
「おい、サブ、これ見ろよ。」
誇らしげに掲げたのは、アナコンダのような長躯に六本の脚を持つ蛇羅。
黒光りする鱗は夕陽を弾き、乾いた血がまだ固まりきっていない。
「うわぁ……こいつぁ大物っすね、ゲンさん。足、太ぇ……。これ一本で俺の腕くらいあるっすよ」
サブは目を輝かせ、ぶらりと垂れた脚を持ち上げる。
まだ僅かに残る体温が、獲物の生命を思い出させた。
「あんたらねぇ……子供じゃないんだから、もう少し賢そうにできないの?」
呆れ半分、笑み半分の声。
振り返ると、リンが腕を組んで立っていた。
陽に透ける栗色の髪。
働き者の手。
その足元から、そっと顔を覗かせる小さな影――ソウだ。
「おう、リン、ちょうどいいところに来た。
ほらソウ、隠れるなって。怖いもんじゃねぇ。父さんが仕留めたんだ。こいつは食べ物だ、平気だぞ」
得意げに蛇羅を見せびらかす。
ソウは大きな目をさらに見開き――
ぽすん。
尻餅をついた。
そして一拍遅れて、
「うわああああぁぁん……!」
泣き声が村に響いた。
「ゲンの馬鹿! ソウはまだ小さいのよ!」
リンは慌てて抱き上げ、優しく背を撫でる。
それでも、泣きじゃくる合間にソウの視線は、ちらちらと蛇羅に向いている。
「……ま、まあいいわ。今晩はこれね。皮を剥いで、炭で焼きましょ。脂が落ちてちょうどいいはず」
「お、いいな。煮付けより焼きだな。こいつの肉は弾力があって――」
「ゲンさんって、ほんと食いもんにはうるさいっすよね」
「当たり前だろ。肉はな、己の身体を作る基礎だ。
不味いもん食って強くなれるか? なあ、ソウ?」
泣きながらも、ソウは鼻水を垂らしつつ呟く。
「……ニク」
一同、沈黙。
次の瞬間――
「ほらなぁ! ソウも肉が好きなんだぜ!」
ゲンは勢いよく抱き上げ、肩車する。
「にぃーっく! にぃーっく! にぃーーっくううう!
ほらサブ、お前もやれ!」
「え、あ、こうッスか!?
にぃーっく! にぃーっく! にぃーーっくううう!」
なぜか両手は蟹のように横へ。
「馬鹿野郎! なんで肉なのにカニのポーズなんだよ!」
ソウは、父の肩の上で涙を忘れ、声を上げて笑う。
リンも、こらえきれず吹き出した。
「あはははっ……はぁ、おかしい。
ソウ、お父さんに似ちゃだめよ? 筋肉と食欲しか育たないわよ」
「なんだと、リン」
夕陽が四人を赤く包む。
煙の匂い。
遠くで鳴く家畜の声。
温かな体温。
それは、ありふれていて、何よりも尊い時間だった。