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第93話:春の嵐と、頑丈な古民家〜大自然の脅威と、最強の生物的マスダンパー〜
北海道の春は、決して穏やかなだけではない。
時には「爆弾低気圧」と呼ばれる猛烈な春の嵐が吹き荒れ、冬の名残と春の暖気が激しくぶつかり合うことで、台風並みの暴風を巻き起こすことがある。
『ゴォォォォォォォッ……!!』
俺——アキヤが買い上げた限界集落の古民家も、今まさにその猛威の真っ只中にあった。
築数十年の木造建築が、暴風を受けるたびに「ミシミシッ」「ガタガタッ!」と不気味な悲鳴を上げている。
「ひゃあっ……! お、お兄さん! 家が、家が揺れてます……っ!」
居間の中心で、小春ちゃんが頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
コン吉とコン次郎も怯えきっており、「キュゥ……」と鳴きながら小春ちゃんの腕の中に潜り込んで震えていた。
「落ち着け、小春ちゃん。パニックはロジスティクスにおいて最大の敵だ」
俺はローデスクの前にどっかりと胡座をかき、極めて冷静に周囲の状況を分析していた。
「非常用バッテリー(UPS)の稼働ヨシ。備蓄食料の残量ヨシ。YAMAHAルーター『NVR700W』の通信帯域、異常なし。シロの『適温25度の絶対防壁』により、隙間風による室温低下も完全にゼロだ。兵站とインフラは完璧に維持されている」
『ミャウ(当然よ)』
俺の膝の上では、神獣シロが嵐の轟音など全く気にする素振りも見せず、のんびりと香箱座りをキメていた。
彼女がスッとこちらを見上げた瞬間、その神秘的な『オッドアイ』の瞳がキラリと煌めく。
左目のサファイアブルーと右目の琥珀色。その二色の輝きは、外の嵐など意に介さない絶対的な威厳と余裕に満ちていた。
ジンバルにセットされたスマホの画面では、三百万人のリスナーたちがこの「限界集落サバイバル・春の陣」をハラハラしながら見守っている。
『外の風の音、ガチでヤバいな……』
『主の備えは完璧だけど、家そのものが物理的に吹き飛びそうじゃね?』
『古民家の耐久値が限界突破してる音してるぞ!!』
『シロ様のバリアは「温度」は防げるけど「物理的な風圧」は防げないのか!』
リスナーの指摘通りだった。
シロのオーラによって家の中は春の陽だまりのようにポカポカだが、建物を外から叩きつける数百トンの風圧までは完全に相殺しきれていない。
特に風当たりの強い西側の壁が、今にもひしゃげてしまいそうなくらいに湾曲して軋んでいた。
「……ふむ。需品科の備えは完璧だが、工兵科の領域(建築構造)まではカバーしきれんか」
俺が西側の壁を見つめ、最悪の事態(倒壊時の脱出ルート)を計算し始めた、その時だった。
『……グォォォォ……』
突如、嵐の音をかき消すような、地鳴りのような低い声が外から響いた。
「えっ……? 今の鳴き声って……」
小春ちゃんが顔を上げる。
俺はジンバルのカメラを、西側の壁にある曇りガラスの窓へと向けた。
そこには、恐ろしいほどの暴風雨が吹き荒れる中、のっそりと歩いてくる『巨大な黒い影』があった。
体長3メートル、体重数百キロに及ぶ、我が限界集落の重装甲・最終防衛ライン。
山の主たる巨大ヒグマである。
『おい! ヒグマが外にいるぞ!!』
『あの巨体でも風に煽られてるじゃないか!』
『ヒグマ避難させてあげて!!』
リスナーたちが騒然とする中、ヒグマは最も風当たりが強く、激しく軋んでいた西側の壁にピタリと寄り添った。
そして、ドスゥゥゥンッ!!と地響きを立ててその場に座り込み、自らの巨大な背中を、古民家の壁に力強く押し付けたのだ。
ピタッ。
「……えっ?」
その瞬間。
あれほどガタガタと悲鳴を上げて揺れていた古民家が、嘘のようにピタリと静まり返った。
数百キロという規格外の質量を持った巨大ヒグマが、壁の外側から「つっかえ棒」のように寄りかかったことで、強烈な風圧を完全に受け止め、建物の揺れを物理的に押さえ込んだのである。
さらに、分厚い冬毛(ブラッシングで少し減ったとはいえ、まだまだ極厚)が最強の防風クッションとなり、暴風のエネルギーを優しく吸収して分散させている。
『グゥ……。スゥ……』
当のヒグマ本人は、自分が古民家の要石(キーストーン)になっていることなど気にも留めず、壁に寄りかかったまま器用に目を閉じ、嵐の中で気持ちよさそうに昼寝を始めてしまった。
「……う、嘘でしょ。家が全く揺れなくなりましたよ……!?」
小春ちゃんが、信じられないものを見るような目で西側の壁を見つめる。
内側からは、シロの『絶対適温防壁』。
外側からは、ヒグマの『超質量・物理防風クッション』。
限界集落のボロい古民家が、この瞬間、核シェルターすら凌駕する『世界一頑丈で無敵の要塞(サンクチュアリ)』へと進化したのである。
チャット欄は、このあまりにも規格外な『もふもふ防衛システム』の完成に、完全に狂乱状態へと陥った。
『ヒグマすげええええええええ!!!!!』
『壁に寄りかかってるだけで嵐を無効化したぞwww』
『最強の物理シールド(野生の王者)』
『シロ様とヒグマの合わせ技、これもう家じゃなくて要塞だろ』
『ヒグマ、嵐の中で寝てて草。どんだけタフなんだよww』
この圧倒的な安心感と奇跡の連携に、世界中のVIPたちの口座から極彩色のMeTubeギフトが嵐のように降り注いだ。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Incredible! A biological wall! Master, I will hire that bear to protect my mansion from sandstorms!“(信じられない! 生物的な壁だ! 主よ、私の豪邸を砂嵐から守るためにあのクマを雇いたい!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The ultimate physical hedge! This house has achieved AAA credit rating!“(究極の物理的ヘッジだ! この家はトリプルAの信用格付けを獲得したぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! That bear is the most reliable bodyguard in the world!“(アキヤ! あのクマさんは世界で一番頼りになるボディガードね!)』
「お兄さん……! ヒグマさん、私たちのお家を守ってくれてるんですね……! 優しい……!」
小春ちゃんが、窓ガラスの向こうにうっすらと見える巨大な背中を、愛おしそうに撫でる。
コン吉とコン次郎もすっかり安心したようで、ガラス越しにヒグマの背中の温もりを感じるように丸くなって寝始めた。
世界中のリスナーが、画面越しに俺の称賛の言葉を待ち構えている。
だが。
俺はコンロに火をつけ、夕食の準備をしながら、元・社畜としての『どんな奇跡にも動じない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。猛獣の優しさに感動しているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『家を守ってくれたヒグマ相手にも、絶対にブレない男!!』
『主の限界言い訳タイム・春の嵐編ww』
『さあ、この完璧な物理シールドをどうやって論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「ヒグマが家を守ってくれているというのは、完全な擬人化の錯覚です。高層ビルやタワーの揺れを抑えるために、上部に重りをつける『チューンド・マス・ダンパー(TMD)』という制震技術をご存知でしょうか。今回は、ヒグマの超質量がたまたま壁に接触したことで、建物の共振周波数と打ち消し合う『生物的マスダンパー効果』が偶然発生しただけです。ヒグマ自身は、単に風の当たらない壁際を風除け(シェルター)として利用し、背中をかいていたに過ぎません。ええ、ただの建築構造力学と、野生の利己的な雨宿りですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、手元にあった座布団を、俺の顔面に渾身の力でストライクさせた。
「生物的マスダンパーってなんですか!! 偶然背中をかいてるだけで、暴風雨の中でこんなにピタッと家の揺れが止まるわけないでしょ!! どう見たって、いつもブラッシングしてくれるお兄さんと、大好きなシロちゃんを守るために、自分が盾になってくれたんでしょうが!! 頼もしい家族の愛を素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ座布団スマッシュ炸裂www』
『生物的マスダンパー(体重数百キロの愛)』
『利己的な雨宿り(自らが盾になる)』
『適応力バグおじさん、ついにヒグマを最新の建築制震技術に分類するww』
『言い訳が理不尽すぎて今日も最高だわww』
俺の建築工学的な限界言い訳と、小春ちゃんの愛ある物理ツッコミに、三百万人の視聴者たちは外の嵐の音を忘れるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(うちの門番、優秀でしょ)』
シロが、俺の膝の上で誇らしげに喉を鳴らす。
その美しいオッドアイの瞳が、ガラス越しに見える巨大な背中へ向けて、労うように優しく細められていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。我が家の兵站線と屋根が守られたなら、それが一番だ」
俺は苦笑いしながら、シロの頭を撫でた。
「よし、外で頑張ってくれているヒグマにも、嵐が過ぎたらとびきり美味い鮭の切り身を奮発してやろう。俺たちは……いつもの玄米と大豆パティの特製焼きだ。外は嵐でも、飯はしっかり食うぞ」
「はいっ! お兄さん!」
春の嵐が吹き荒れる限界集落。
しかし、神獣の結界とヒグマの防壁に守られたこの古民家の中だけは、どんな理不尽な暴風も届かない、世界で一番温かくて、バグった日常が確保された『絶対無敵の聖域』なのだった。
ゆうき あきや
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ゆうき あきや
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キュルノ
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コメント
1件
いやもう最高でした…!春の嵐でガタガタ揺れる古民家、もうドキドキしっぱなしだったんだけど、まさかヒグマが壁に寄りかかって「生物的マスダンパー」になるとは思わなかった🤣💖 シロの適温バリアとの合わせ技で古民家が無敵要塞になる展開、めっちゃ胸熱でした…!しかもアキヤさんが真顔で「ただの建築構造力学で利己的な雨宿りです」って言い訳するところで小春ちゃんの座布団スマッシュ炸裂、そこがもうツボすぎて声出して笑っちゃったよww どんな緊急事態でもブレないアキヤさんと、それに全力ツッコミする小春ちゃんのバランスが本当に好き…。ヒグマが家族を守るために盾になってくれたって解釈、私も小春ちゃん派です!次の配信も楽しみにしてますね🥰