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「やめましょう、秋山さん。あなたは私に勝てません」
「それはできません、常務」
秋山が再び距離を詰めてくる。
ジョーは左ジャブをひとつ放って距離を保ち、左サイドへと回りはじめた。
秋山がさらに攻め込もうとしたところをローキックで牽制し、サイドに抜けてジャブで距離をとる。
ゴッ。
左ジャブがはじめて秋山の顔面をとらえた。
ジョーは追撃せずに距離を保ちつつ、ローキックとジャブを入れてまたサイドへと回る。
完全なアウトボクシングスタイルだった。
「秋山さん、もうやめましょう」
スウェイバッグとダッキングで秋山の攻撃を避けつつ、ローとジャブで距離を保ち左へと抜ける。
過去に名を馳せたアナコンダが、財閥息子に翻弄されていた。
秋山は攻めあぐねたのか、ジョーの足元めがけタックルを試みた。
しかしジョーは金網を利用して体を反転、そのまま秋山を押し付けて連打を加えた。
「秋山さん!」
労働者たちが心配そうな表情で叫んだ。
ジョーは一定の打撃を打ち込むと、またすぐに距離をとろうとした。
秋山はその隙を逃さず、ストレートをジョーの顔面にめり込ませた。
しかしジョーは何事もなかったように距離を維持し、再び時計回りに移動する。
ケージの中央でジョーを見据える秋山と、徹底したアウトボクシングスタイルを貫くジョー。
ふたりはそれ以上仕掛けることができず、勝負は膠着状態へと入っていく。
時間が刻々と過ぎていく。
どうにか状況を変えようと秋山が無理に攻め込んできた。左ジャブがひとつ、ストレートがひとつ、ジョーの鼻先をかすめた。
さらに距離を詰めようと秋山が突進していく。
ジョーはこの時だけを待っていた。
秋山が放った左フックをガードしながら、自らもカウンターの左フックを入れた。
ふたつのこぶしが互いの顔面に突き刺さった。
目の前の景色がぐらぐらと揺れ、ジョーはよろめきながら尻もちをついた。
マズい、追撃がくる!
座ったままガードを上げようとしたが、アナコンダの追撃はなかった。
ケージの外から男たちの叫び声が聞こえる。
ケージの扉を開け、医師たちが中へと駆けつけていた。
秋山が大の字で倒れていた。
「秋山さん!」
医師に続いて、労働者たちもケージへと入ってきた。
「大丈夫だ……」
秋山は高い天井を見ながら話した。
「いくら経験者だからって、どうやって監督を……」
玖村蓮が大きく口を開けてジョーを見つめた。
ジョーは体を起こそうとしたが、体がしびれて起き上がれずそのままあぐらをかいて座った。
「当然私が勝つに決まっています。秋山さん……片目が見えないんですから」
はぁ……、という労働者たちのため息が漏れた。
「片目が見えないのを、知っていたんですね」
秋山がゆっくりと立ち上がり、ジョーの前に近づいては座り込んだ。
「引退理由は、網膜剥離。肘打ちを受け、数カ月後に左目の視力を失った。大好きだった選手なので、引退の理由くらいはわかっています」
「にしても、弱点に対応した動きなんて簡単にはできませんよ」
「専属トレーナーのひとりに、片目の視力が弱い方がいましてね。その方が冗談を交えながら、自分の攻略法を教えてくれたんです」
そうだったんですか、と秋山が小さく笑った。
「常務、格闘家に転身するつもりはありませんか?」
「残念ですがそういった夢は持ち合わせていません。私には抜け出すことのできない社会的な責任がありますので」
「冗談ですよ。常務にはビジネスの方がお似合いです」
ジョーがようやく立ち上がった。
「皆さん、古き良き時代の鉄拳制裁などというものはここまでにしましょう。堀口課長に対するあなたたちの愚行は、私の愚行によって相殺されたとご理解ください」
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした。どうか堀口課長に直接お会いして謝罪する機会を作っていただけませんか」
「もちろん人としてそうすべきです。ただまだ堀口課長の行方がわかっていないので、まずは彼を見つけなければなりません」
「ビスタに戻ったら、我々がすぐに探します」
「その必要はありません。堀口さんはこちらで見つけますので」
今頃、東京に沈思熟考だけを残し、すべての勇信がしそね町に向かっているだろう。
明日からはポジティブマンとあまのじゃくが、完璧な変装をして町全体を探す予定となっている。
「実は、皆さんをここに呼んだのは、他にも理由があってなのです」
「他の理由ですか?」
労働者たちがジョーの前に集まりはじめた。
「ビスタの建設が中断となった今、皆さんに新たな業務を任せたいと思っています」