「ごめんごめん、冗談冗談」
降参のつもりで手を上げながらも、磯海の顔はにやけていた。
亀山はチラリと磯海を見て、
「見てよこのエリア」
磯海が、パソコン画面を覗き込む。
ブラックホール化した23区と光の世界の近隣都市。
行き交う点滅と『3・01 0:40』の表示ランプ。
ビックデータとして残る記録は、冷酷だと磯海は思った。
「風の塔のあるアクアラインは明石大臣の肝いりで実現した国家プロジェクトでしょ?んでもって、このリゾートの出資比率は中国系企業が49%…その中の韓洋グループの関連会社は主に建築と海底施設の施工。何もないってのがおかしいでしょ!んでね』
亀山の言葉を、磯海は黙って聞いていた。
マウスをクリックする音が聞こえたかと思うと、画面はさっきの人工島駐車場の光の点滅を捉えていた。
亀山は続けた。
「この光の正体…まず素人丸出しでテログループの実動部隊じゃないわけで…端末から割り出されたこの人物はさ、明石大臣の第2秘書だったってわけ」
驚いた声をあげたのは大野だった。
「ええっ!!東京ジェノサイドで行方不明になった秘書じゃなくて?ってそりゃそうか、ジェノサイド後だもん…あれ、でも都合良すぎません?ハナから第2秘書がスタンばってたみたいですよ」
亀山はニヤケながら言った。
「スタンばってたんでしょうよ」
東京ジェノサイド時のビックデータを元に、議論を白熱させるふたりの話を聞きながら、磯海は別次元の想いを巡らせていた。
個人情報が国家に丸裸にされ、ディープステートなる得体の知れない魔物はこの日本にも存在し、それは必要悪とされながらも戦前から受け継がれ、中華人民共和国が経済で世界を席巻し始めると、日本の政界や経済界にもその影響力はウイルスの如く蔓延していった。
磯海自身も聞いたことがあった。
2012年頃から、大手インターネット企業が個人情報を故意に流出させ、世界各国、勿論日本も監視社会が本格化し、国民の情報管理に多額の税金が使われているという話をー。
結局東京ジェノサイドは。力を無くしていった日本という国家が、中華思想にのみ込まれた結果であって、桂木内閣はまんまとー桂木内閣以前の政権も同じ様に利用された訳ではあるがー国家転覆の片棒を担がされた情けない話なのだ。
今現在、反国家分子となった倉敷史郎や幣原の意図はまだ判らないが、磯海にとってそんな話はどうでも良くなっていた。
現に、特捜機動隊にも退避命令は出されていた。
本部は川崎防災拠点へと移され、部隊も再編成される見通しが立っている。
磯海は、自分達は捨て駒なのだと感じ始めていた。
「あれ? 他のみんなは?」
磯海は話を逸らす為にわざと言った。
大野が答える。
「神代さんはいつも通り、長官は自衛隊病院へ行ってます。気象庁の桂ですよ」
「あ、今日が退院だっけ?」
「ええ、既に逮捕状は下りてます。で、お迎えに柿崎さんと鳥海さんが」
「絢香は?」
「先に川崎へ…かなり精神的に参ってますね」
「見かけによらず繊細だかんな」
亀山が話に割って入る。
「アレ…ほらコバンザメもいんじゃん。なんてったけ、オブザーバーの」
大野が答える。
「久保キリカ」
「ああ、そうそう、オレさ、ああいう澄ました女キライ」
磯海が、亀山の肩に手をかけて笑いながら言った。
「向こうはなんとも思ってないだろなあ。あ、和久井は?」
その手を払いのけながら亀山が答える。
「死体観察。おかしな奴」
「あ、そう」
磯海はそう言いながら欠伸をした。
身体が重たくて偏頭痛もしていた。
部屋を去ろうと振り返ると、窓の外の飲み屋街の一角から煙が上っているのが見えた。
そこは、ゆり野の勤める蕎麦屋に近い場所だった。






