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「なるほどねぇ……」
梨都子は深々とため息をついた。
「背中を押したようなものだから、なんだか責任を感じるわ……」
清水も梨都子の隣で大きく頷く。
「俺も同様だよ」
「とにかく。そういうことなら、うちは全然構わないわ。それにしても」
梨都子は腕を組み、綺麗な眉をぎゅっと寄せる。
「その暴力的なことっていうのは、いわゆるDV的な?」
私は自分の首に触れる。
「私にはそうとしか思えません。つい最近は首を絞められて……。痕もまだ残ってます」
「いったいどういう理由で、そんなことされなきゃならないわけ?」
「それは……」
話そうとして、声が喉に張り付く。太田から乱暴されたその時のことを思い出し、ぶるるっと身震いする。痕だけではなく、絞められた時の感触も、はっきりと残っている。自分がそんな目に遭うことがあろうとは想像したこともなかった。
拓真が私の手を握る。
その温もりに落ち着きを取り戻した。
私の怯えた様子に気づき、梨都子は慌てて謝る。
「ごめん。思い出したくないわよね。言わなくていいから」
「いえ、大丈夫です……」
私は温んだウーロン茶で唇を湿らせる。
「もう好きじゃないってことを言ったんです。それまでずっと嫌だと思ってたことも吐き出した。でも、隠していたつもりだった本心――拓真君への気持ちを気づかれていたみたいで、それで逆上したのかなって……」
「まさかとは思うけど、これまでも他に何か、例えば殴られたり、とかもあったわけ?」
ますます眉間にしわを寄せて、梨都子は私に訊ねる。
「殴られたことはないけど、噛まれたり、とかは……」
言葉の意味を理解できないとでもいうように、梨都子と清水が顔を見合わせる。
私は拓真の手から離れ、ブラウスの片方の袖を肩先までまくり上げて、二人に二の腕を見せた。もしもその話題になった時は、実際に見てもらった方が信じてもらえるだろうと、事前に拓真と話し合って決めていた。
肌にはまだはっきりと噛み痕がいくつも残っている。少し日が経ったために、今は薄れかけ、ただのあざにしか見えないものもある。
生々しいその痕を初めて見て、梨都子と清水は絶句していた。
「こういうのが、体中にあって……」
恥ずかしいのを我慢して小声で説明する。
清水が怒りを滲ませた低い声で言う。
「歯型がくっきり残る程って、どんだけの力だよ」
「その男、信じられない」
梨都子はわなわなと声を震わせながら私の腕を撫でる。
「痛かったよね」
彼女の優しい言葉に目尻が濡れるのを感じながら、私は袖を元に戻した。二人に信じてもらえたことにほっとする。
「今夜だけと言わず、事態が良くなるまで、好きなだけうちにいていいからね。かと言って……」
言葉を切り、梨都子は考え込む。
「相手の男は別れるつもりがないわけで、そいつから逃げ続けるだけっていうのもね。しかも確か同じ会社でしょ?」
「厄介だよなぁ」
清水は不快そうに鼻の頭にしわを寄せる。しかし、ふと何かを思い出したような顔をして言葉を続ける。
「そう言えばさ。ここで梨都子さんと三人で飲んだ日、俺が碧ちゃんをタクシーでアパートまで送って行ったことがあっただろ?ほら、彼氏のことを不審者かもなんて思った日だよ。街灯の灯りの下ではあったけど、あの人のこと、どこかで見たことがあるなって思ったんだよな」
「そうなんですか?」
初耳だと驚いている私に清水は訊ねる。
「彼の前職って何?知ってる?」
私は記憶をたどった。
「えぇと、会計事務所だったと思う。なんていう名前の所だったかな……。大江会計事務所、とか言ったかしら。彼、うちの会社に来る前は、隣県のS市で働いてたはずです」
「なるほどね……」
清水は合点がいったような顔でつぶやいた。
梨都子が身を乗り出し、清水の顔を覗き込む。
「何か知ってるの?」
「あぁ、いや、知ってるというか、今の話を聞いて記憶が刺激されたというか……。で、今情報がつながった感じかな」
「それで?」
梨都子から焦れたように先を促されて、清水はゆっくりと話し出した。
「今まですっかり忘れていたんだけどね。碧ちゃんがつき合ってたのは、当時俺がつきあってた彼女の友達の、彼氏だった男だと思う」
彼は記憶をたどるように宙に目をやった。