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注意 この作品はフィクションです
未成年の夜間の不用意な外出はお控え下さい
#1 歩道橋の上、ふらふら
「だから!!!!」
「んなやり方非効率だっつってんの!!」
あぁ、またやってしまったなと顔が歪む
皆とは違う普通を自覚しながらもその普通を抑えて生きてきたのに。
少しの罪悪感と後悔が芽生える前に間髪入れず反論してきたのは副委員長の蓬秋斗だった
「皆楽しくやりたいんだよ…!」
「文化祭を成功させる事も大切だけど、失敗も楽しめるようなものにしたいのが皆の意見なんだよ、」
「焚久良は頭も運動神経も良いし優秀だから皆委員長に推薦したけど、もうちょっと人の気持ちも考えて欲しい」
「正直焚久良のやり方にはついていけない」
秋斗は冷めた声でそう言った。
正直自分が悪いなんて少しも思ってないが、場を収める為に言葉を使う。
「ごめん、俺が悪かった。後は好きにしちゃって、」
いつも一緒に帰ってる連中も、あんな事があったからか今日は俺を避けている。
何とも、生きにくい事だらけだと思う。
昔から、皆に合わせるのが苦手だった。
自由に生きたかった。
協調性なんて忘れて、自由に生きられたら…
「なんてな、」
「ただいま」
「おかえりたっちゃん」
「2者面談で先生から聞いたよ、たっちゃん定期テスト学年1位だったんだって、」
「あぁ、まぁ、そうだね」
「凄いわ、お母さん尊敬しちゃう」
「母さんの方が凄いよ、」
「…ありがとうたっちゃん」
「……あのね、何か学校で困ってる事ない?」
「何?突然、」
「先生から…クラスのリーダーとしてもう少し協調性を持った方が良いかもって」
「は?あの教師、人がリーダーやってやってるのに不服があるとか…!!」
「たっちゃん……」
「はぁ、もう塾行かなきゃだから」
「そう…」
「あ、最近不審者が出ているらしいから、たっちゃんも気を付けてね。」
「分かった、行ってきます。」
「行ってらっしゃい」
ヤバい、塾からの帰り、気付けば時刻は夜の0:00に差し掛かっていた
歩道橋の上、立ち止まってスマホを確認する
母さんからのLINEが溜まっている。
「こりゃ怒られるな……」
はぁ……
と、溜息をつく。
上手くいかない事ばかりだ。
何だかこの世界は生きにくい。
俺が俺じゃなくなるような世界だ。
そんな世界にいるのは怖いし、居心地も悪い。
もし、もっと自由に生きられたら、
協調性なんて忘れて、自由に生きられたら…
「だよねぇ、私もそう思うよ!!!」
!?
急に目の前に現れた。
奇抜な見た目の……女?
体が固まる
が、一瞬で(逃げる、通報、)の手順を立て行動に移す。
昔からこういう事は得意だった。
どんな状況でも冷静に打開策を立て実行するのは俺の特技だ。
今回それが上手くいかなかったのは、
きっと、この夜という異質な空間と、この女に自分の世界を変えてくれる様な、変な期待をしたからだと思う。
気付けば手を握られていた。
そういえばと思い出す。
母から聞いた不審者の情報、思い返せば最近地元では話題になっていたような有名な奇人、
多分それはこいつだ。
それを自覚すると一気に怖くなってきた。
逃げなきゃ、と体が強ばる。
「私は不審者なんかじゃないさ」
まるで心を見透かされた様に、それがさも自然の様に、女はそう言った。
「今日は君に夜の素晴らしさを知って欲しくてここで出会ったんだ」
「だから逃げないで、私に君の夜を預けてくれないかい?」
「きっと君の世界が変わる夜にするさ」
酔う様な声で女は俺を説得した。
胸が騒めく。
生きにくかった今までの世界を一変出来るような淡い期待が押し寄せる。
何でも良い、ほんの少しでも何か変えてくれるなら、俺は…………
「俺の世界が変わる夜って……?」
言ってしまった。もう後戻り出来ない様な感覚がつま先から脳の末端まで痺れ出す
「今、私に出会った時点で、それはもう”世界が変わる夜”さ」
「例えばほら、」
「下を見な、何時もは車通りが多くて騒々しい公道も、今は静寂を冠している」
「上を見な、真っ暗な空に煌めく月も、輝く星も、皆太陽に照らされてんのさ、私達が照らされてる訳じゃない、私達はそんな照らされてる存在よりずっと下に居る」
「そして何より、」
「私を見な、こんなワクワクする存在、昼に生きてちゃ出会えねぇだろ?w」
女は用意された台詞を読む様に、それでいて興奮を抑えきれない子供の様に、自信満々にそう言った。
例えこの女の言う事が正しくなくても、この女にとっては、しいてはこの夜にとっては、それが正しいんだと思わせる。
圧倒的非日常に心臓から声が出る
「…確かに」
「夜をこんなに意識した事無かった」
涼しい風が心地酔い
「さっきまで窮屈な世界に居たはずなのに、あんたと出会ってからは何故だか心が軽くなる」
「だろう?そういう事なら、ここは君にとって最強の居場所なんだ」
そう言うと、女は落ち着いてゆっくり引っ張るように言った。
「夜は君を歓迎するよ」
深夜0:12/神夜町8番地コンビニ付近の錆びた歩道橋の上にて、
俺の世界が変わる夜になる
そんな出会いをした
そして俺は今人探ししている
何故こうなったのか、
話は10分前に遡る
「あ、そういえば名前を聞いていなかったな」
「俺…は、」
本名を教えていいのか、一瞬間が空く
「……焚久良」
「焚久良か、眩しい名前だねぇ!」
「私はトラフィックアンチ、まぁ、好きに呼びな」
トラフィックアンチ…!?
交通批判…??
まぁ、本名を教える訳ないかと受け流す
「じゃあアンチ、今日はありがとう」
「また会える日を……」
言いかけて、静かな空気にヒビが入るよ様なうねり声が聞こえてくる
「はぁあぁあぁ????」
「まっだまだ夜はこれからだろぉう!!?」
「なーに1人で切り上げてんのさ」
「まだやって貰いたい事があるってのに、ほんっとう呑気なもんだ、」
急に言われて驚き、口から漏れ出す
「はあ…?」
「はぁ?じゃないよ、はぁ?じゃ!!!!!」
「夜に魅せられたいなら、自分の全てを解放するんだよ!!!!」
「その為に手伝って欲しい事……ん?ん゛ンッ、、やって欲しい事があるんだよ」
「やって欲しい事って…?」
「不審者を捕まえて欲しいんだ」
その発言にグッと驚く
何故なら不審者は、今、目の前にいるこの女の事だと思っていたからだ。
「不審者って…てっきりアンチの事だと…」
「はぁ?私が不審者な訳あるかぁ?」
「私は違うさ、私はね、絶対に。」
“絶対”何て言い切られたら根拠も欲しいところだが、何故かその言葉は俺を信じさせた。
一拍置いてアンチは喋り出した。
「ま、夜の住人は大抵不審者さ」
「でも、夜ってだけでそれは不審者じゃない」
「ただね…少し調子に乗った、少し”オイタ”の必要な子がいるんだよ…」
「調子に乗る…?何が?何の話だ…?」
「何故って?そりゃ簡単な話!」
「昼に出てきたんだ」
はぁ……?と内心困惑する
いくら何でも昼と夜を区別し過ぎではないかと思う。
ただ、俺…言わば夜の新参が口を出せる訳もなく只々話を聞く。
「夜だから許されていた事は昼に許される訳じゃない」
「それを分かってないとねぇ…?ね?」
「…取り敢えず俺が今何をするべきかは分かった」
「その不審者を捕まえて、アンチの所に持ってけば良いんだろう?」
「いや?捕まえたらそいつが帰るべき場所へ返して欲しい」
「は?“オイタ”が必要って言ってたじゃんか…?」
「焚久良に会う事自体がオイタさ、」
「ま、会って見りゃ分かる事!!」
「はぁ…で、そいつの名前は?」
「BAD DOWN DEVIL さ、」
「は?ばっどだうんでびる?」
ここまで来ると馬鹿正直に本名名乗った自分にビンタを食らわせたくなってくる
「そう、この夜にいるはずだから」
「分かった、あと、LINE交換しとかないか?」
「連携が取りやすくなるだろ?」
「あぁ〜焚久良?」
「誰も彼もスマホを持ってLINEしてる、何て君の普通じゃないか」
「私の普通じゃないからなぁ……w」
「持って無いのか?」
「持ってるぜぇ〜w!!!」
何だこいつ
絶対友達居ないだろ
喉元まで出かかった言葉を息にして吐く
「……はぁ」
「は!w悪い悪い、私こういうとこあっからなぁ〜w」
「LINEな?いいぜ、」
スマホを重ね合わせる
アンチのLINEアイコンは夜景だった
この街じゃ撮れない、ビルの光がアイコンの丸枠いっぱいに映っている
「アイコン、どこで撮ったの?」
「さぁな、忘れちまったよ」
…別に、そこまでこいつに興味がある訳じゃないから話したがらないなら余計な詮索はしない
「そ、じゃあ一旦バイバイだな」
「あぁ、夜に愛される事を祈ってるよ」
「……てか全然いねぇ」
一応夜でも人通りの多い駅付近の繁華街を捜索しているがそれらしい人物はいない
「アンチに特徴聞くの忘れてたし…」
「LINEで聞くか……」
手早くLINEを打っていると今までの空気が一変する様な小さい歓声が上がる
何処からかロックな音楽が聞こえてくる
何か手掛かりが得られるかもしれないと思い音の方へ向かう
辿り着いたのは繁華街から少し外れた裏通りに面する駐車場
年は俺より少し下ぐらいだろうか
数人の観客に囲まれ奇抜な見た目の女が歌っていた
〜♪
〜it’s bad it’s down I’m a bad down devil♪
〜the night start becouse I’m〜♪
軽やかな歌声
今確かにBAD DOWN DEVIL と聞いた
「こいつが……」
何だかワクワクしてきた
アンチの言っていた事は本当だった
非日常感が俺を自由にさせる
気付くと観客の1人として彼女の歌に聞き入っていた
が、歌と音は止まり彼女の視線は俺に向いた
「ねぇ君、新しいお客さん?」
しまった、確かにこんな少人数でまわしてる路上LIVEなら観客の顔を把握していてもおかしくない
離れた所でLIVEが終わるのを待つべきだったと後悔する
怪しまれない様に立て直そう……
「あぁ、君の歌に聞き入っちまって」
「ダメだったかな?」
「うーん?いや、寧ろお客さん増えて嬉しい!」
「私BADDOWNDEVIL」
「君は?」
…名前、本名は言わなくて良いんだよな?
「あ!ちなちな〜!そこのお客さんは佐藤さんで〜そこは華矢さん!反対側にいるのは吉田君、月山ちゃん、蒼介に生田君、冬菜ちゃんと慎太郎君でーすっ!!!」
「ま、来てればいつか覚えるよ!」
「最初は気楽に行こ〜!!」
…あれ?皆本名言ってる感じ?
こういのって人によるのか…?
ニックネームを考えるのも面倒臭いので、
「俺は焚久良、来るのは1回切りになるが宜しく」
「えぇ〜もう来ないの??」
「あぁ、あと、LIVEはあとどのくらい続くんだ?」
「気分しだーい!でも、今の言葉で萎えちゃったから今日は終わるー!」
「えぇ〜でびちゃんもう1曲っ!」
「まだ聞き足りないんだがーー!!」
観客が口惜しく言葉を当てる
正直話したい事があったのでここで終わってくれるのは有難い
「でびLIVEかいさーーんっ!」
「次回は明日!皆来てね〜!!」
正直、こいつが不審者には思えなかった
ただの奇抜な見た目で路上LIVEしてる人
これに何の罰があるだろうか?
「なぁ、デビル」
後片付けをしていたデビルに声をかける
「なんだい?てか、君最後まで残ってたの?」
「話したい事がある」
「いいよ!話したい事って何?」
…何処まで言っていいか分からないがとりあえず……
「トラフィックアンチって知ってる?」
その瞬間、デビルの手が止まり俺の方を向きカッと目が開く
「今…なんて?アンチが………え?嘘!?」
次の瞬間には興奮が抑えきれない子供の様な笑顔で俺に問いかける
「アンチがどうしたの!!?君アンチの知り合いだったんだ!!!アンチは今いるの?私に会わせてくれる…!?」
「いや…アンチから頼み事をされたんだ」
「君を帰るべき場所へ返せって…」
「……は、いやいや、、私の居場所は…」
さっきまでの興奮を他所にデビルは顔をこおばらせる
「…っ」
突然デビルは走り出した
何が何だか分からないまま後を追う
辿り着いたのは住宅地にある知らない一軒家
デビルは玄関前で必死に歌っていた
〜IT’S BAD IT’S DOWN I’M A DEVIL THIS A DEV DEV !!!!♪!!!
なるほど、前にアンチが言っていた事の意味が理解出来た気がする
夜だから許される行為、昼間じゃ許されない
確かに、昼間住宅地でこんな大声で歌っていたら不審者だ、
きっと皆の言っていた不審者はアンチじゃなくて彼女の事なんだ
今すぐ辞めさせないと
夜中に大声は昼の住人が起きるかもしれない
それに、この家の住人が起きたら面倒な事になる
デビルに近付いて声をかけようとしたその時
ガラッ
と、2階の窓が開く
ほら、うるさくて起きてしまったではないかと思いながら次の光景に目を疑う
ガンッッ
2階にいた人影がマイクをデビル向かって勢いよく投げた
いや…怒ってもすぐに物投げるか…?てか何でマイク……?
取り敢えずデビルの方へ向かう
「なぁ、大丈夫か?」
デビルは泣いていた
が、笑ってもいた
震える声でデビルは言った
「ねぇ……見てたでしょ?今、」
「これで証明された…私の帰るべき場所はあの駐車場…!なの……」
「だから…アンチに言っておいて、私は夜の住人なんだって…」
「あの家には帰らない……っ」
あの家……つまり目の前の一軒家の事だろう
「…デビルの家はこの家の事なのか?」
表札には羽場と書かれている
確認する為に問いかけた
「羽場…デビル?」
「違うっっ!!!!!!!!!!!」
かなり強めに否定された
つまり当たりという事だろう
「私はBAD DOWN DEVIL !!!!」
「羽場とかじゃ……ないっ!!」
さっきより泣き出してしまった
騒ぎになるのも避けたいので肩を貸しながらあの駐車場に戻る
途中、デビルはずっと泣いていた
「着いたぞ、ここなら泣いてもうるさくないな」
「……ひぐっ、うっ…うえっ……」
……きっと普通の人なら事情を聞くんだろう
俺は興味の無い事をわざわざ詮索しない
こいつにとっての帰るべき場所がこの駐車場だと言うのなら俺の任務は遂行された筈だが……
取り敢えずアンチに連絡する
[アンチ?例のデビル帰るべき場所に返したけど……]既読3:18
[はぁ?まだ帰ってないじゃないか、嘘はつかないでくれよ]既読3:18
[帰るべき場所って駐車場の事じゃ…?]既読3:19
[違うに決まってんだろw]
[まぁ私はずっとそこで待ってるから、夜が明ける前に来い]既読3:19
[は?場所知ってるなら俺に教えろよ]3:19
[おいアンチ?今何処だよ?]3:19
[…あぁもう、覚えとけよ]3:20
はぁ…つまりデビルから事情を聞けと…
「なぁ…デビル?何かあったのか?」
「俺でよければ話聞くけど……」
「……お兄さん優しいね」
「でも、……」
「あの家には帰りたくないのか?」
急にデビルの目付きが変わる
どうやら”あの家”が地雷の様だ
「あそこは私の居場所じゃないっ!!」
「…何があったか教えてくれないか?」
少し待ってデビルは口を開いた
「あの家の人は私を受け入れなかった」
「私にとっての普通はあの人達にとっての異常だったんだ…」
皆とは違う普通、に親近感を覚える
「デビルの普通って?」
「……私は悪魔が好きだ」
「歌も好き、悪魔みたいな歌が好き」
「悪魔になりたいんだ…」
「私の本名……」
「っ……本名…」
「嫌なら言わなくてもいいんだぞ」
「いや…このままじゃ変われなさそうだから……ちゃんと言う…もう逃げない」
「私の本名……っ」
「…………羽場 美空っていうの……」
思っていたより普通の名前で拍子抜けした
てっきりキラキラネーム的なのを名付けられて怒っているのかと思ったからだ
「すごくダサいの…笑いなよ……っ」
「いや、普通の名前じゃ…」
「こんなの普通じゃないっ!」
「本当は、私は、私の名前は…っ」
「BAD DOWN DEVIL が良かったの…!!」
いやいや、そっちの方が普通じゃない名前じゃないか
言いかけたところでやめた
アンチの言葉を思い出したからだ
君の普通、私の普通
俺の過去を振り返ったからだ
皆とは違う普通
きっと、デビルにとっての普通はこうなんだろう
「身分を偽って改名したの…」
「学校で配られる書類も、持ち物に書く名前も、BAD DOWN DEVILだって書いたの」
「そしたら先生にふざけてんの?って、皆に痛い奴だって言われて……」
「学校から家に連絡が行って改名がバレて」
「気持ち悪い、そう考えるとあんたが何時も聞いてる歌も、何もかも、頭おかしいんじゃないの?って言われて……」
「気付けば家を飛び出してた」
……皆とは違う普通に悩まされてるのは俺だけじゃなかった
勿論、デビルの普通が俺の普通って訳でもない
そう考えるとこの夜にいる人達は皆、”皆とは違う普通”を持っているんじゃないかと思った
俺と同じだ、
夜に親近感を覚える
夜が俺の居場所の様に思えてくる
デビルは言葉を続けた
「繁華街裏の…この駐車場で1人で泣いていたら、アンチが話しかけてきた」
「やぁお嬢ちゃん、こんなに素敵な夜なのに泣いてるなんてどうしたんだい?」
「…誰?ってか、全然素敵じゃない……」
「私はトラフィックアンチ」
「は…?トラフィックアンチ?」
「そうさ、君は?」
「……笑われるから言わない」
「何君?別に本名言わなくたって良いんだよ」
「それとも私のこの名が本名だと思ったのかい?」
「……確かに、」
「あ、でもトラフィックアンチは本名だから!!」
「…ぷっww」
「何だ?笑われるから自分の本名は言わないのに、私の本名は笑うのかい?」
「ごめんなさい…!そんなつもりは無かったの!」
「…あなたになら教えられる気がする」
「私の本名は…BAD DOWN DEVIL !!」
「へぇ!良い名前だ!!」
「じゃあでびちゃん、君は何を求めてこの夜に来たんだい?」
「でびちゃん…可愛い…!」
「私……あの家に帰りたくなかったの」
「ていうか…皆私を頭おかしいって…普通じゃないって言うから……」
「そりゃ酷い話だぁ!!」
「だがね、でびちゃん」
「昼に生きる奴らがでびちゃんの普通を認めてくれる事はない」
「え……じゃあ私どうすれば……っ」
「夜を居場所にするのさ」
「きっと夜の住人なら君を受け入れてくれる」
「ていうか、夜の住人は君と同じ様に、”皆とは違う普通”を持ったやつばっかだ」
「でも…どうやって夜を居場所に何て…」
「でびちゃんは武器を持っているかい?」
「えっ…武器?」
「そうさ、例えば頭がキレるとか、運動神経が抜群とか、記憶力が良いとか、」
「歌を歌えるとか、」
「歌……歌えるかは分からないけど、好き」
「ちょっと歌ってみてよ!」
「…うん!」
〜♪
「なかなかやるじゃないかw」
「ありがとう…!」
「そんなに上手なら、今日からここで歌えば良い」
「きっと、君の歌声に惹かれて人が集まってくる」
「…分かった!!」
それからアンチに会う事は無かった
でもお客さんは増えて来て、そこで歌うのが私の生きがいになってきて、
何より、皆私の普通を受け入れてくれる
この場所が心地良かった
夜にいる事が増えて、家に帰らなくなった
でもある日お客さんの中でも仲のいい冬菜ちゃんに聞かれたんだ
「家、帰らなくて大丈夫なの?」
何にも言いたくなかった
その雰囲気を察して冬菜ちゃんは私の相談に乗ってくれた
ある日冬菜ちゃんは提案してきた
「デビル…やっぱりそろそろ家に帰った方がいいと思う」
「え…何でそんな事言うの…?」
「デビル、日に日に痩せていってるの」
「顔色も悪くなってるし、ちゃんとご飯食べてるの?」
「……」
「家の人…ね、きっとデビルの歌を聞けば受け入れて貰えると思うの!!」
「だってデビルの歌はこんなに人を魅了するんだよ!!」
「それに、アーティストの人って個性的な人多いじゃん!デビルも多分それなんだよ!!」
「そう…かな…//」
「きっとそう!1回やってみなよ!!」
「うん……!やってみる!!」
それから、家の前で私は歌い続けた
玄関は開かなかったけど、この歌は届いていると信じてた
ただ、不信感も芽生えてきたんだ
いくらインターホンを押しても応答はない
歌っている時窓から少し見えた、私を蔑む様な目線
拒まれてるんじゃないかって
でも諦めなかった。諦めない内に私は更に夜に執着した
いつしか昼間も家の前で歌うようになった
街ゆく人から指を刺されてもやめなかった
私の居場所、やっぱり夜だ
そう思ってきた時に、
「君が来たんだ」
「……」
「アンチは私の最初の味方だと思ってたから、あの家に連れ戻そうとしてるなんて信じたくなかったけど」
「そうだよね、いい加減蹴り付けないと」
「……あのさ、デビルだと出てくれないなら、俺が行こうか?」
「へ…?」
「デビルの家、それで、家族にちゃんと想いを伝えよう」
「……でも、今までもそうやって…」
「俺も説得手伝う」
「…変わらないよ」
「変えてみせる、」
「それに、夜は何時でも君を歓迎する」
「デビルの居場所は無くならない」
「……そんな事言われたら、私…」
「もう夜が明けちゃうよ?いいの?」
「…分かった、でもこれで最後」
「これでダメだったら…」
「そん時はまたこの場所に来ればいい」
また泣きそうな顔してる
そんなデビルの手を取って、あの家まで向かっていた
ピーンポーン
「羽場さんのお宅ですか?」
少し立って中年の女性の声が聞こえた
「はい、羽場ですが…」
「どちら様ですか?」
「お届けものです。」
「あれ…そんなの頼んでたかな…?それに宅配ってこんな朝早く来るものだっけ…?」
お届けもの、間違ってない
今から歌の届け物だ
「デビル、準備はいいか?」
「…やっぱり……」
「ほら、開くぞ」
「……うん………………!」
ガチャ
「宅配です。」
「は…?あなた何も持ってないじゃない」
「歌の届けものですよ、」
「は?あなたふざけてるの?出ってて、」
「1度だけ、1度でいいです。」
「普通になれない俺らの叫びを聞いてください」
「ちょっと何、警察呼びますよ?」
「聞いてください」
扉を足で抑える
「いやっなんなのっ!!」
その声を掻き消す様に1番の大声で叫ぶ
「聞いてくださぁぁぁいっ!!!!!!!!!!!!!!」
「ひっ何あなた!?」
「デビルッ音源!!!!」
「い…やっぱ勇気が……」
「歌え!!!!!!!!!!!!!!!」
「……!!」
その一言で音が流れ出す
曲が始まる
〜♪
〜〜〜〜〜♪
〜♪
今までで1番の繊細で、心に入ってくる歌声
思わず聞き入ったのは俺だけではなかった
曲も終盤、ラストフレーズ、
〜Normal it is scere♪
〜〜But it will be sunny today ♪
曲が終わる
デビルは真っ直ぐ目を見て話しかける
そろそろ長かった夜も明ける
空がうっすら明るくなってきた
「勝手に改名してごめんなさい」
「美空だって、ちゃんと考えてつけてくれた名前の筈なのに…」
「私の普通じゃない名前でも、それに入った想いを無視してた」
「私の普通じゃないからって、その存在が敵意だと思うのはやめる」
「名前、直します」
「あと……」
「私、歌手になろうと思う」
「その時の芸名で、BAD DOWN DEVILは使う」
「だからもう一度、私を…」
言いかけた所で俺は思い切り突き飛ばされた
母親がデビルに駆け寄る時にぶつかったのだ
何か言おうとしたが、抱きしめ合う2人を見てやめた
そっとその場から離れる
きっと、俺は成し遂げたのだろう
気付けば太陽が昇って、辺りは完全に明るくなっていた
そういえばと思い出す
「アンチどこ行った?」
「ここだよここ!」
「うわっ、あ、おいアンチ」
「何で見てるだけだったんだよ」
「私がやったら君は変わらないだろ?」
「は?」
「今日、君は何を学んだ?」
「何を考えて行動した?」
「この夜はどうだった?」
この夜はどうだった?、そのフレーズが胸に刺さる
「……自由だった」
「てか、居心地良かった」
「皆違った普通を持ってた、それを受け入れあってて…何だか…」
「ここに居たくなった」
「なら、!!また明日も夜に来な」
「…あぁ、そうする」
「……今日はありがとう、アンチ」
「いいって事よ!やっぱり私は間違って無かっただろう?」
「そうだな、アンチに会えて良かった」
「そう言って貰えた嬉しいねぇw」
「てか、アンチって何者なの?」
「私ぃ〜?w」
「私はね、夜そのものさ」
「……そっか」
結局謎の多い女だった
でも……アンチのおかげで俺の世界は変わった
物事の見方、感じ方、何もかも
「じゃ、俺は帰るから」
「私ももう戻るわ」
…これだけは言っておきたいと思って俺は呟いた
「……良い夜だった」
アンチは少しはにかんで何も言わなかった
お互い別の方向を向く
「「バイバイ」」
それから俺は親にしっかり怒られた
昨晩は塾の帰り、友達の家に泊まってた事にした
これから夜外出する時はこの言い訳を使おうと思う
キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムがなる
今日は早速文化祭についての話し合いだ
昨日の事もあって少し空気は重い
「俺はこの方法で行きたい、」
「…………けど、皆はどう思う?」
クラスに驚きが走る
滅多に人の意見を聞かない俺が皆に意見を問いたからだ
「焚久良……何か変わったな」
秋斗が目を丸くして言う
でも次の瞬間には笑顔でこう言った
「それだと女子の負担が増えるし、夏休み終盤で部活を優先したい人もいるだろうから、さっき俺が提案した方法と合わせた方が良いと思う」
「そっか……そうだな、」
正直まだ人の気持ちが分からない事もある
でも、秋斗だって無策で提案している訳じゃない筈だ
「なら、こことここを会わせて……」
「なるほど…確かにこれなら効率的だな…!」
いつもよりスムーズに会議が進む
クラスの雰囲気も心做しか良くなっている
あの夜のおかげだ
結局皆について知らない事だらけだったかもしれない
それでも、その匿名性が心地良かった
全然知らない人達なのに、受け入れあってたあの感覚が落ち着けた
明日の夜も街を歩こう
その次の日も、その次も、
夜での出会いが俺の世界を変えてくれるから
次回予告
第2夜 高架下の空、ふわふわ
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