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医療刑務所の面会室
アクリル板の向こう側で、包帯を巻いた直樹は
かつての傲慢な笑みを歪に浮かべて私を待っていた。
「……詩織、来たか。やっぱりお前は、俺の価値を誰よりも分かっている」
「価値?あなたにそんなものが残っていると本気で思っているの?」
私は一歩も引かず、冷徹に彼を見据えた。
直樹は身を乗り出し、掠れた声で囁いた。
「12年前の件、気づいたんだろ? あの政治家の件だ。……あれの『原本データ』の隠し場所を知っているのは、世界で俺一人だ」
「あれが出れば、今の政界はひっくり返る。お前がそれを手に入れれば、九条以上の権力が手に入るんだぞ」
「……どうだ、俺をここから出す手伝いをしろ。そうすれば、その『資産』をお前に譲ってやる」
彼は、私が自分と同じように、力を求めて「汚れた数字」に手を染める人間だと信じて疑っていない。
自分の犯した殺人に等しい罪を
私への「プレゼント」だと言い張るその精神構造に、私は吐き気がした。
「直樹。あなたは12年前も、そして今も、一つだけ致命的な計算ミスをしているわ」
「なんだと……?」
「私は、あなたから何かを『譲り受ける』つもりなんて1ミリもない。…私はただ、あなたの人生という不良債権を、完全に『損切り』しに来ただけよ」
私は、アクリル板に一枚の写真を押し当てた。
それは、彼が情報を売った政治家の遺児であり、今は若手弁護士として活動している男性の姿だった。
「彼はね、12年もの間、父親を死に追いやった『顔の見えない犯人』を追い続けてきたわ」
「……私はすでに彼と連絡を取り、あなたが今口にした『原本データ』の存在、そしてあなたが犯人であるという状況証拠をすべて手渡したわ」
直樹の顔から、血の気が一気に引いていく。
「な……っ、お前! それを渡せば、俺は…っ、俺は死刑になるかもしれないんだぞ!」
「ええ。それが妥当な『清算』でしょう。…あなたは、他人の人生を勝手に時効にして、自分だけ新しい人生を始められると思っていたのね」
「でも、被害者たちの時間は、あの日のまま止まっているの。……その『遅延損害金』、あなたの残りの命ですべて払いなさい」
「詩織! 待て! 愛してるんだ! お前を愛していたからこそ、俺は……!」
「『愛』という言葉を、汚れた数字の隠れ蓑に使わないで」
私は立ち上がり、最後に言い放った。
「あなたの愛は、最初から一円の価値もないものだった……さようなら。もう、面会に来ることも、あなたの声を聴くこともないわ」
背後で直樹が発狂したようにアクリル板を叩き、私の名を呼び叫ぶ。
けれど、その声は厚い防音壁に吸い込まれ、私の元には届かない。
刑務所を出ると、そこには遺族の若手弁護士が待っていた。
「詩織さん……ありがとうございました。これで、父の無念を晴らせます」
「いいえ。……これは、私の人生の帳簿を綺麗にするために、どうしても必要な手続きだっただけですから」
【残り37日】
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