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「よろしければ」
樹と北斗が通う道場に来た三人。もてなしとして、北斗は点てたばかりのお茶を大我に差し出す。
「お点前頂戴いたします」
そっと手に取って一口含んだ大我の所作は、その端々から公家の品格が漂うようだった。
「…美味しゅうございますね。これは宇治ですか」
「ええ。ご隠居が仕入れてきたものです」
ご隠居、と大我が聞き返すと、横で素振りをしていた樹が口を開く。
「この道場をつくられたお方です。今は遊びに行っていますよ」
もうお年なのにね、と樹は笑ってみせる。それに北斗が突っ込んだ。「おまえも遊びまくっているくせに」
そんな樹を大我が見た。
「樹さんは、どちらですか? やはり京で?」
少し間を置いたあと、「下総です。江戸に出たあと、こっちに」
「俺は駿河から来ました」と北斗が口を挟む。
「へえ、皆さん遠いところから。私は京から出たことがなくて」
すると戸口のほうで物音がして、慎太郎が顔を見せた。新参者を認識して、目をしばたかせる。
「あ、お邪魔しています」
「新しい仲間だよ」と樹が云った。
「ああ、そうなんだ。どうも、森本慎太郎っていいます」
慎太郎は楽しそうに笑う。
「じゃ、慎太郎も来たことだしお手合わせといきますか」
北斗が茶碗を置いて立ち上がった。
そして、大我に手取り足取り教えたあと、樹と向き合う。いつもより少し手を柔らかくし、大我に勝利を譲った。
「有難うございました」
頭を下げ合い、竹刀をおろす。
「やはりお上手ですね。俺なんかは到底及びませぬ」
「いやいや、ご謙遜なさらず。良いですよ」
その後は慎太郎とも対戦し、終わったあとには息を切らしていた。
「いやあ、これは鍛錬されているものですよ。初心者ではない」
そう云われて、大我は嬉しそうだった。
「…これからも、こちらに来てよいですか?」
もちろん、と三人は返す。大我は微笑んだ。
大我が帰っていったあと、北斗と慎太郎はまた町を歩いていた。樹はどこかへ出かけた。それが忍びの仕事だというのをわかっているのは、北斗だけだ。
「寿司も食べたいし、天麩羅も良い。この頃は鰻を食っていないような気がするが…」
慎太郎のつぶやきに、北斗が返す。
「蕎麦に参ろう」
「ああ、それでも良いな。では蕎麦屋で」
と今晩の食べるものが決まったところで、慎太郎が立ち止まった。
「如何した」
その眼差しは、大通りから脇に入る道に注がれている。喧騒の中から、誰かの叫び声が聞こえる。
慎太郎は歩き出した。その手は、腰の刀にかかっている。
「おい慎太郎!」
北斗の制止も顧みず、人を分け入って進むと、人々が少し離れて眺める中に二人の男性がいた。一人は武士、もう一人は洋服を着た背の高い紳士だった。
その武士のほうが、刀を構えて外国人風の男性に向かって何やら罵詈雑言を吐いている。
「お主、攘夷か」
そう云うと、武士は唾を飛ばす勢いで「そうじゃ、メリケン人がそこらを歩いとったから斬るところじゃ」と返す。
外国人の男性はすっかり怯えている。
「おのれ、何者だ。どうせ志士だとか名乗る若造じゃろう。わしは稲葉家家臣――」
「某は新選組、森本慎太郎」と遮って云い、刀を引き抜いた。「切捨御免!」
そして素早く振り下ろす。
慎太郎は後ろの北斗を振り向いた。「証人になってくれるか」
「…ああ」
前に向き直り、建物の壁に背をつけて固まっている外国人男性を見た。
「もう安心でござる。拙者が安全を保証いたします故、道場に来ませぬか」
男性は困惑顔でうなずいた。「…はい」
彼を連れて帰りながら、北斗はそっと耳打ちする。
「どうするのだ? 名も知らぬ異邦人であるぞ。しかも新選組と名乗って…」
「尊王攘夷は関係あらぬ。困っている者がおれば助けるのみだ」
そう前を見据える慎太郎に、北斗はどこか誇らしい気持ちになった。
続