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慎太郎はこほんと一つ咳払いをした。
「まず、お名前を伺わねばならぬな。名は何と申すのでござるか?」
彼が連れて戻ってきた外国人風の男性は、なおも困惑したまま答える。
「……ルイス・ジェシーです」
「メリケンから来たのですか」
今度は北斗が口を開いた。
「はい…武器を積んだ貿易船に乗って来ました」
「なぜ、かような場所にいたので?」
「日の本は初めてなので…」
どうやら目的はなく歩いていたようだ。と、
「大和言葉が達者でござるな」
不意に声がした。北斗と慎太郎が振り返ると、いつ入って来たのだろうか紺色の着物姿の樹が立っていた。その手には煙管がある。
「うおっ、驚いた。おまえ、いつの間に…」
それには答えず、 二人の横であぐらをかく。
「何処から連れてきた?」
「そこの街道だよ。浮浪武士に罵倒されていたから、助けたまで」
憮然とした表情のまま、頷く。「しかし今此処で、此方を置いておくのは危ない。攘夷派に見つかったら…」
「取り合えず、匿うしかあらぬ」
慎太郎は云い切った。
「船で帰るまで、俺らで身を守る。でなければいつまたあのような目に遭うか」
それを聞いたジェシーは、嬉しそうな顔をしていた。
「ところで、大和言葉は何処で学ばれたのでござる?」
北斗が訊くと、すっかり落ち着いた表情で云う。
「母上が日の本のお人で、父上がアメリカなんです。それ故、少し話せるのであります」
成程、と三人は頷いた。
「ああ、申し遅れたが此処は刀の道場でな…」
慎太郎が三人を紹介する。それから、大我のことも加えた。
「……にしても、腹が空いたな」
樹が声を上げる。「おまえら、飯は?」
「食ってない」と北斗が云った。
「では、皆で参ろう。ジェシー殿、その西洋の着物では外も歩けますまい。北斗の袴でも着ると良い」
と慎太郎が云って、「何故俺の…」と北斗がつぶやく。
その会話を、ジェシーは楽しそうに見ていた。
「何が食べたいでござるか。店は寿司でも天麩羅でも何でもありますが」
北斗の着物を借りたジェシーに、樹が声を掛ける。髪も軽く結ったので、体裁はまるで武士だ。
「それなら、寿司というものを…」
相分かりました、と慎太郎が答えた。彼の先導で、行きつけの寿司の屋台に入る。
「江戸前寿司といって、近くの湾で獲れた魚が食べられるんです。俺のお薦めは穴子かな」
そう言って慎太郎は早速注文した。
やがて寿司下駄に載った大きな穴子や小肌、玉子などが出された。
慎太郎に薦められた穴子の握りを手に取り、恐る恐る口に近づけるジェシー。
一方、北斗と樹はお腹が空いていたようでぱくぱくと食べ進めている。
「いかがですか」
一口食べると、こくんと頷く。「…美味しいです。初めて食べました」
三人は嬉しそうに笑った。
「アメリカでは生の魚を食べるという習わしがないもので…、新鮮です」
そして寿司を堪能したあと、宿に行くジェシーを送り届ける樹と別れ、慎太郎と北斗で道場に帰った。
「そうだ。明日にでも相模に行こうと思う」
慎太郎が云った。彼の故郷は相模国だ。
「何故?」
「久方ぶりに母上から文が届いてな。新選組も、近頃は下々には仕事がないのでよい機会だと思って。すぐ戻るさ」
「そうか。俺も暫く帰っていないな…」
どこか遠くを見る目をした。
「…いざ、手合わせをしようではないか。今日は未だやっておらぬ」
突然慎太郎が立ち上がった。北斗も苦笑する。
竹刀を手に取り、二人は向かい合った。
続