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自分の人生を左右する質問をしたというのに「さあな」と雑に返答され、ベルは憤慨した。
(これだから軍人は嫌いだ!!ハゲてしまえっ、このクソジジイ)
そんな悪態を心の中で吐いたベルに、レンブラントは器用に片方の眉をくいっと上げた。
「ところであんたは、どう思っている?」
「は?」
「急に結婚相手ができたことだ」
ぞんざいにあしらわれたと思えば、今度は下世話なことを聞いてくるレンブラントに、ベルの機嫌が更に悪くなる。
「あなたにそんなことを聞く権利は無いと思います。故に、お答えしません」
「へぇー、まんざらでもないってことか」
「勝手に決めつけないでください。……ま、まだ考え中です。せっかちですね。早死にしますよ」
「ご忠告どうも。あいにく軍人は総じてせっかちな生き物なんだ」
「下世話な人種というのも付け足した方がいいですよ」
「あんたなぁ……」
口達者と言えば聞こえはいいが、要はベルはレンブラントに毒を吐きまくっている。
それは本心を隠す為だということに気付き始めたレンブラントは、苦々しい顔をする。
「……まぁ、そうせざるを得ない環境にいたってことか」
腕を組んで、ぼそっと呟いたレンブラントの言葉は、残念なことに車輪の音が邪魔して聞き取ることができなかった。
「何か言いましたか?」
「いや、別に」
からりと笑って誤魔化したレンブラントは、もう不機嫌ではなかった。何かを振り切ったように見える。
その理由をベルが探り当てる前に、レンブラントがぐいっと前のめりになった。
「まぁ、一先ずやらなきゃいけないのは」
「なんです……っ!……ひぃっ」
ベルはとても華奢な体格で、レンブラントは厳つい体躯だ。
どんなに気丈に振る舞っても、虐遇され続けてきた過去のせいで、大きな体が近づいてくると、自分の意思とは無関係に身体がすくんでしまう。
「そうか……この程度でも怖いんだな。悪かった」
心底申し訳ない顔をしたレンブラントだけれど、その手はしっかりベルの手を掴んでいる。
続いて素早くベルの指を開いて、手のひらをそっと包み込んだ。触れたところから、じわじわと熱が伝わってくる。
「取り急ぎやらなきゃいけないのは、あんたの包帯を巻きなおすことと、こっちの治療だな」
ベルの手は、令嬢のような白さと、柔らかさはない。メイド以下の生活の為、荒れに荒れていた。
レンブラントはベルの手を放さず、空いている方の手で上着のポケットから軟膏が入った小さな缶を取り出すと、器用に蓋を開けた。
そして、ベルのひび割れた指先に、丁寧に塗り込んでいく。
牧場の真ん中を走る街道は、お世辞にも整備されているとは言えない。
がたがた道を走る馬車の中では、否が応でも身体が揺れてしまうのに、レンブラントの身体は、根っこが生えたようにしっかりと着席したままだ。
それが、なんだかとても不思議だ。
「王都までは急いでも2ヶ月はかかる。その間にどうしたいのか考えろ」
不意に頭上から落ちてきた声に、ベルは顔を上げる。待ち構えていたように目が合った。
レンブラントの黄色とオレンジ色の間のような瞳に見下ろされ、ベルはパチパチと瞬きをする。彼の真意がわからない。
探るようにじっと見つめていれば、今度は耳を疑うような言葉が降ってきた。
「レイカールトン侯爵の元に嫁ぎたくないなら、俺があんたを逃してやる」
何を馬鹿なことをと、ベルは一蹴しようと思った。
でも、彼ならば本当にできるような気がする。そんな気持ちにさせられ、ひどく不愉快だ。
「……そうなったら本当にあなたは退役軍人になりますね。人の心配するより、ご自分の今後の身の振り方を考えた方いいですよ」
可愛げのない発言をしたベルに、レンブラントは「そりゃあ、どうも」と、気のない返事をした。