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るるくらげ
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#再会
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数年後――雪絵はプラチナブロンドが印象的なインフルエンサーに変貌していた。白を基調としたミニマムなコーディネートが女性の人気を集め、羨望の的となっている。私は赤茶の髪を活かした深紅、鮮やかな赤、大胆なメイクが売りのセクシーモデルとしてSNSは100万人を超えるフォロワー数を誇っていた。
私たち双子は、都会の郊外に構えた高級ペントハウスで暮らしている。ガラス張りのリビングには、いつも白い薔薇と赤い薔薇の花瓶が置かれ、静かに香りを放っている。表向きは、完璧な姉妹。
SNSでは互いの投稿をシェアし、コメント欄は『理想の姉妹!』『美しすぎる双子!』で溢れる。
けれど、誰も知らない。
あの遊園地での出来事が、私たちの“練習”の終わりであり、本当の始まりだったことを。高橋悠斗は、あの日以降、学校に姿を見せなくなった。拡散された証拠で、二股がばれ、家族ごと引っ越したという噂だけが残った。それ以来、私たちは本格的に男を“狩る”ようになった。
雪絵はクールな魅力で近づき、私は情熱的に誘う。
ターゲットはいつも同じ――甘い言葉を吐き、裏切る可能性のある男。ハッキングで証拠を集め、完璧なタイミングで壊す。精神的にも、社会的にも、すべてを奪う。
今、私のスマートフォンに新しい通知が来た。登録していたマッチングアプリからだった。表向きは実業家、近江コーポレーションCEO。名前は近江龍彦とあった。私は早速、検索する。近江コーポレーションは実在し、ビジネス雑誌の見開きページに彼の写真が掲載されていた。
なぜこんな優秀な人物がマッチングアプリに登録しているのか、疑問が脳裏を過ったが、なぜか彼に惹かれる自分がいた。
「紅子、今度はこの人を“狩る”のね?」
私は雪絵の言葉に即答することが出来なかった。
「会ってみてから決めるわ」
これまで、私たちはいつも同じだった。裏切りを見抜き、罰を与える。けれど、今回は……少し、違う予感がした。雪絵は白い薔薇を指で撫でながら、静かに言った。
「紅子、気をつけてね。もし紅子が本気になったら……私、どうしたらいい?」
「……どうって」
私は答えられなかった。――もしかして、この男は、私たちを変えるのかもしれない。それとも、いつものように、棘で刺し抜くだけか。夜は深まり、薔薇の影が長く伸びていた。
私は鏡の前でワンピースを選んでいた。それはいつの日か、雪絵が高橋悠斗と初めてのデートで、着てゆく服を選んでいた時を思い起こさせる。クローゼットのハンガーを持つ私は、モデルとしてランウェイに立つ時よりも胸が高鳴った。
「これはセクシーすぎるし……これは野暮ったすぎるわ!」
赤いドレスを体に当ててみて、ため息をつく。鏡に映る自分は、いつものセクシーなモデルではなく、ただの恋する女の子のように見えた。後ろから雪絵の声がした。
「紅子……本当に、会うの?」
私は振り返らず、鏡越しに姉の瞳を見つめた。
「ええ。ただのディナーよ。……でも、もし彼が本物なら」
言葉を切ると、雪絵は静かに近づき、私の肩に手を置いた。
「私たちの掟、忘れないで。裏切りは、許さない」
私は頷いたけれど、心のどこかで小さな棘が疼いた。近江龍彦。彼のメッセージは、いつも優しく、嘘くさくない。もしかして、この人は……違うのかもしれない。クローゼットの奥で、白と紅の薔薇で飾られたドレスが、静かに揺れていた。
――今夜、すべてが決まる。
狩るか、狩られるか。
それとも、初めての――本当の恋か。鏡の中の私が、わずかに微笑んだ。
◇◇◇
「ありがとう」
私はタクシーを降り、深紅のハイヒールでレストランの石段を登った。三つ星レストランだけあって、グリーターの対応もスマートで、カシミアのコートを羽根を撫でるように脱がせた。白地に紅薔薇のモチーフが鮮やかなワンピースを着た私は、周囲の注目を一身に集める。
そのテーブルの奥で、小さく手が上がった。
近江龍彦だった。
清潔感あふれる面持ち、仕立ての良いスーツを着こなしている。耳元で心臓がうるさいくらいに響いた。彼は立ち上がり、軽く会釈して椅子を引いてくれた。
「西園寺さん、こんばんは。来てくれて、本当に嬉しい」
声は低く、落ち着いていて、アプリのメッセージ以上に誠実さが伝わってくる。私は微笑みながら席に着いた。
「近江さん、よろしくお願いします」
テーブルにはすでに白ワインが冷やされ、グラスに注がれる。
彼は私の目をまっすぐ見て、静かに語り始めた。仕事のこと、最近読んだ本のこと、好きな旅先のこと。すべてが自然で、押しつけがましくない。会話の合間に、私はふと思う。
――この人は、嘘をついていない。
雪絵の声が頭の片隅で響く。『私たちの掟、忘れないで。裏切りは、許さない』でも、今夜の私は、棘を隠したままでいたいと思った。
料理が運ばれてくるたび、彼は私の好みを気遣い、「辛いのは平気ですか?」「このソース、合いますか?」とさりげなく聞いてくる。デザートの頃には、私の頰が熱くなっていることに気づいた。食事が終わり、彼が静かに言った。
「紅子さん……また、会ってもらえますか?今度は、もっとゆっくり時間を取って」
私は一瞬、言葉を失った。
――会いたい。
本気で、そう思った。けれど、同時に胸の奥で小さな棘が疼く。雪絵が待っている。私たちの過去が、掟が、父親の嘘が。私は微笑みを保ちながら、そっと答えた。
「ええ……考えておきます」
彼の瞳に、わずかな寂しさがよぎったのを、私は見逃さなかった。レストランを出ると、外は冷たい夜風が吹いていた。彼が私のコートを優しく羽織らせてくれる。指先が触れた瞬間、電流が走ったような感覚。タクシーを待つ間、彼は静かに言った。
「紅子さん、あなたの瞳、とても綺麗だ。まるで、紅薔薇みたいだね」
私は息を呑んだ。
――この人は、私たちを知らないはずなのに。
タクシーに乗り込むとき、私は振り返らなかった。窓の外に、彼の姿が小さくなっていく。スマートフォンを握りしめた手が、わずかに震えていた。雪絵に、何と報告しよう。
――狩るべき相手か、それとも……初めて、私の心が揺れていた。