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「俺も」
コーヒーより紅茶の方が好きなくるみに、お茶をするついで。販売コーナーで美味しそうな茶葉――ティーバッグなど――を買えたらええな……と軽い気持ちで入った店だったのだが。
何の気なしにメニューを見ると、【ランチ】という文言が目について。
載っている写真がどれもとても美味しそうだったから、「そのまま食事も済ませようか」という話になった。
時計は十一時半を指している。
ランチには少し早い気もするが、注文して出来上がるのを待っていたりしたら、きっとそこそこいい時間になるだろう。
「うち、甘いもんも楽しみたいんで、アフタヌーンティーセットにしてみようかと思うちょります」
ウキウキした面持ちで、くるみがぬいぐるみの鼻先で指し示した先には
――――――
【アフタヌーンティーセット・フリーホットティー 付き】
おすすめスイーツのアフタヌーンティーと、ハーフサイズのお食事プレート付き。
下記の三品からお好きなプレートをお選びいただけます。
――――――
と書かれていて。
選べるプレートの選択肢として、その下に
――――――
〝瀬戸の豚「せと乙女」を使った豚の生姜焼きプレート〟
〝西条の山内醤油「かぼすポン酢しょうゆ」を使った海老と揚げ茄子の甘酢和えプレート〟
〝瀬戸の豚「せと乙女」を使った湯引きポーク~かぼすポン酢添え〟
――――――
が挙げられていた。
「プレートはどれを選ぶつもりなん?」
くるみと一緒にメニューを覗き込みながら聞いたら、「どれも美味しそうで迷うちょるんですけど……」とつぶやいたくるみが、「うち、甘酢が好きなんで、海老と揚げ茄子のにしてみます!」と、まるで清水の舞台から飛び降りるみたいな神妙な面持ちで、真ん中の写真を指さす。
「ほいじゃあ俺は湯引きポン酢にしようかのー」
何気なく言った実篤の言葉に、くるみが名残惜しそうに生姜焼きの写真を撫でたのが目に入って。
それに気付いた実篤は思わず続けていた。
「――それと、腹減ったけん、単品で生姜焼きも頼もうかな。一人で食うには多過ぎるけぇ、くるみちゃんも加勢してくれるじゃろ?」
恐らく今の自分達みたいに候補を絞りきれない客への配慮だろう。
単品メニューでライス抜きのおかずのみが頼めるようになっていた。
***
「あー、もう苦しぃーっ! お腹いっぱいではち切れそうです!」
言葉とは裏腹。
とても嬉しそうにニコニコ笑うくるみに、実篤も自然と笑みがこぼれる。
「ホンマじゃね」
これはもう、腹ごなしに少し歩き回るしかないね、と二人で顔を見合わせた。
実は実篤的には結構計画的にくるみを紅茶専門店『愛しい香り』から徒歩十五分くらいの場所へ誘導することに成功する。
「ね、くるみちゃん、結構歩いて腹もこなれて来たし、あそこのお店に入ってみん?」
実篤が指さした先。
『Tazakiジュエリー』と書かれた、紺色と金を基調としたシックなジュエリーショップがあって、 クリスマス商戦を終えたそのお店は、だけど今度は「新春初売り」と銘打って、店内をすっかりお正月仕様に切り替えていた。
店舗外、入り口のところ両サイドに門松が立てられているのも何だか新鮮だ。
この辺り、矢張り商売人と言うのはすごいな、と感心した実篤だ。
自分も経営者としてこういうのは見習わねば、としみじみ思う。
「こう言う風にお店が独立したジュエリーショップとか……うち、初めて入ります」
実篤に腰を支えられて、くるみがソワソワした様子で自動ドアの前に立った。
恐らくくるみはショッピングモールなどにテナントとして入ったお店にふらりと立ち寄ったことはあるけれど、こんな風に一つの店舗として展開しているような貴金属店には入ったことがないのだろう。
ドアが開くと同時、「いらっしゃいませ」と、こちらへ視線を投げてきた店員らから一斉に声を掛けられて、くるみが緊張のためか小さく身体を跳ねさせたのが分かった。
「俺がついちょるけん、そんとに固ぉならんでも大丈夫よ」
クスッと笑ったら「こ、怖がっちょるわけじゃないですっ」と、くるみがぷぅっと頬を膨らませる。
それが何とも可愛くて堪らないと思ってしまった実篤だ。
「そうなん? それじゃぁ失礼なことを言うてしもうたお詫びに何かプレゼントさして?」
「えっ」
最初からそのつもりでここにくるみを連れてきた実篤だったけれど、何か理由がないとサラリとプレゼントさせてくれそうにないなとも思っていて、 取ってつけたようにそんなことを言ったら、やっぱり不自然だと思われたらしい。
「うち、そんなに拗ねちょらんですよ?」
ソワソワと不安そうに実篤を見上げてくるくるみに、「俺が寝込んだけぇ、結局クリスマスプレゼントもあげられちょらんじゃん? 初めてのクリスマス、一緒におられんかったお詫びも兼ねちょるんじゃけど?」と言い募ったら、くるみが困ったように眉根を寄せた。
「うちじゃって実篤さんと一緒におられんかったのも、プレゼントを渡せちょらんのも同じです」
「それじゃあ、俺も後で欲しいもんひとつリクエストするけぇ、それでとんとんにせん?」
言ったらやっと。
「そういう事じゃったら」
くるみが小さく頷いてくれた。
***
「本日はどういったものをお探しですか?」
二人の話が終わると見るや否や、一番近くにいたスタッフが話しかけてきて、くるみと実篤を交互に見遣る。
最初からここにくるみを連れて来る気満々だった実篤はともかくとして、何の心の準備もなくジュエリーショップに足を踏み入れたくるみは、その言葉にソワソワと瞳を彷徨わせて。助けを求めるみたいに実篤を振り仰いだ。
「くるみちゃんはピアスとかしちょらんのんよね?」
こちらを小動物みたいな目で不安げに見上げてくるくるみを見下ろして実篤が何の気なしを装って聞いたら、くるみがひょいっとサイドの髪の毛をかき上げて耳を出して見せる。
「興味はあるんですけどいざ穴をあけるゾ!ってなったら怖ーて。結局あけず終いになっちょります」
この逡巡は、くるみが高校を卒業してすぐに始まったらしいので、結構長いこと現状維持できているらしい。
鏡花曰く、「最近はイヤリングも可愛いデザインが豊富なんよ。わざわざあけんでもえかったわぁーって、ピアスホールが不調になるたんび思うんじゃけど!」らしいので、怖いのを我慢してわざわざ穴なんてあけんでもええんじゃなかろうか?と思った実篤だ。
何より――。
期せずしてくるみの小さな耳を見てしまった実篤は、ドキッとして。
(あんな可愛い耳に傷とかつけたら罰が当たりそうじゃわ!)
そんなことを思ったのだ。
それと同時、(夏じゃのぉてホンマ良かった!)と思わず吐息を落としたのは、不意打ちの様に髪をかき上げられても厚着のお陰で首筋やデコルテのラインが隠されていることにホッとしたからに他ならない。
もしその辺りがむき出しになっていたら、無意識に口付けてしまっていたかも知れないではないか。
「実篤さん?」
そんなこんなで不自然に言葉に詰まったからだろう。
くるみがキョトンとして滅茶苦茶可愛い顔で実篤を見上げてきた。
(ひぃー。小悪魔きたっ!)
などと実篤が心の中、焦りまくっているのなんてどこ吹く風。
くるみがダメ押しみたいに実篤の袖口をチョン、と引っ張るから。
「あー、えっと……それじゃあピアスは除外してイヤリングやらネックレスやら……そういうのを見してもろぉてもええですか?」
本当は指輪こそが大本命だったのに。
思わず一番肝心なそれを言い忘れてしまって、(しっかりしろ、俺!)と思った実篤だ。
(これ、どこかのタイミングで指輪に誘導できるんじゃろうか)
買う買わないは別にしても、何とかそれにかこつけてくるみの左手薬指のサイズを知りたい。
今日ジュエリーショップにくるみを引っ張ってきたのはそのためだ。
くるみの同窓会があった日の夜、実篤はホテルの一室で彼女に打ち明けたのだ。
――『俺ね、くるみちゃんにはちゃんと指輪を準備してからセオリー通りのプロポーズがしたいんよ。――じゃけ、さっきの婚約者云々の発言は、一旦聞かんかったことにして欲しいです』と。
もうそう言ってしまった時点でプロポーズしたも同然だったのだけれど。
それでも――。
年上の男として、その辺はちゃんとけじめをつけたかったのだ。
あそこまで手の内を明かしておいて「だからくるみちゃん、左手の薬指のサイズ教えて?」とさらりと聞けないところも含めて、 実篤は嫌になるくらい実篤らしくヘタレわんこのままだった。
くるみにしても実はここへ連れてこられて心の片隅。
実篤がそんな事を目論んでいるんじゃないかと思いつつも敢えて助け舟を出さない程度には小悪魔だった。