「傷口はふさげたようですが、まだ、魔力が……」
「そう、ありがとう」
「エトワール様も、休まれてはどうですか?」
「アルベドが、起きるまでは……ね。ちょっと、席外して貰っていい?」
はい、と心配そうにヒカリはいうと眉を下げて部屋を出ていった。
しろいベッドの上に広がる紅蓮を手ですくい上げながら、私は、思っていた以上に青くなっているアルベドを見て、何も言えなかった。
魔力の消耗が激しいと。それも、先ほどの戦いで魔力を失っただけじゃないって言っていた。まあ、想像はつくのだが、やはり私と野宿しているときも、かなり魔力を使っていたのではないだろうか。それに、ラヴァインに化けてずっと私の隣にいてくれたわけだし、魔力はそこをつきかけていたのだろう。なのに、彼は無理をした。
それに気付けなかった私にも責任がある。
「バカ……バカすぎる」
アルベドに頼り切っていた。その結果がこれだ。
信頼しすぎたせいで、彼を傷つけた。
死んでいないからいいとか、そういってしまったらダメだけど、分かっているけど。でも、彼が息をしているという事実はあるわけで。私は……
(ダメ、マイナスになっちゃ)
大丈夫。まだいける。
けれど、この状況をどうにかすることは出来なかった。傷口が塞がったから、そこを治す為に魔力を用いる必要はない。でも、生きているだけで魔力は必要になってくるから、本当に枯渇し、枯れてしまったら、彼の命は危ないだろう。
だが、私が彼に魔力を注ぐことは出来なかった。
光魔法と闇魔法。水と油のような存在だから。仮に彼が、光魔法だったとして、私が、闇魔法だったとしたら、彼は今頃目を覚ましていただろう。
聖女という肩書きだったのにもかかわらず、救えない。
不甲斐なさで胸が一杯になる。
(でも、ダズリング伯爵家にも、闇魔法の人はいないし……)
基本、闇魔法の人間はいない。というか、人助けをしない。偏見というよりかは、彼らが光魔法を嫌っているから。勿論、光魔法も闇魔法を嫌っている。互いに互いを嫌いあって今の結果になっているから、すぐに闇魔法の人間を探すことは出来ないだろう。
でも、それしか、アルベドを助けられない。
元気のないアルベドを前にして、矢っ張り私まで気が沈んでしまう。だって、いっつも私に突っかかってくるような男だったから。だから、黙っているのが、凄く違和感というか、寂しいというか。
(あのモグラが……魔物がヘウンデウン教……エトワール・ヴィアラッテアと繋がっていたから……これを狙っていたのかも知れない。アルベドの魔力が尽きるのを)
全て計算していた?
そうだとしたら、矢っ張り、エトワール・ヴィアラッテアって頭が良い? でも、ならなんで、悪女になったの?
考えが変なところまで飛躍してしまう。そこまで考えなくても良いのかも知れないけれど、それだけずる賢いというか、先を見通せる力があるのに、どうして……
「考えても無駄かもだけど……」
自分の銀色の髪の毛を弄りながら、まあ、一番の原因はこれなんだろうなって言うのは分かった。偽物だから。だから、好かれなかった……
まあ、今回私に嫌がらせをしてきているのは、私が、彼女の身体を乗っ取ってしまった空なんだろうけど。
にしても、本当に……
「ラヴィがいたら……アルベドを救えるのかもだけど」
ふと浮かんだ、彼よりも少しくすんだ紅蓮の髪。アルベドの弟、ラヴァインがいれば、この状況を何とかしてくれるのかも知れない。でも、アルベドのフリをして、今エトワール・ヴィアラッテアの元にいるなら、ここに来てくれること何て実質不可能かも知れない。頼みの綱なのに、いない。
するりと、アルベドの額を撫でると、先ほどよりも汗をかいていて、苦しそうだった。こんな姿を見たかったわけじゃ無い。矢っ張り、私のせいで皆不幸になるんだとそう思ってしまうほど。
そう落ち込んでいると、トントンと部屋をノックする音が聞えた。誰も呼んでいないのに誰だろうと思って、扉の側まで行く。もしかしたら、あの双子かも知れないと思った。でも、生憎彼らと話すほど、私の体力も気力もなくて、だったら帰ってもらうかと、私は扉を開ける。
「ごめん、今は一人にして欲しくて……って、えっと」
「すみません、部屋を間違えました」
部屋の前に立っていたのは、見知らぬ男性だった。格好からして、使用人……執事? とか、そこら辺なんだろうけど、見覚えがない。いや、ダズリング伯爵家の使用人なんて私が覚えているはずもないんだけど。本当に知らない人だった。
知らない人が、私ににこりと微笑みかけている。何とも、不気味だった。
「部屋の中に誰かいらっしゃるのですか?」
「え、ちょ……」
ずいっと、部屋の中を覗こうとする男性を、私は押し返した。
いや、あまりにも行動がヤバすぎたから。部屋を間違えましたって、まず何処に行こうとしたのだろうかと。
「部屋、部屋間違えたんでしょ!だったら、早くいきなさいよ」
「今、困ってるんでしょ?」
「だったら何よ。てか、怖いのよ。アンタ誰!?」
ぶわりと広がった魔力は、光魔法じゃなかった。ダズリング伯爵家に、光魔法じゃない……消去法でいけば闇魔法の人間がいるという事実に、私は困惑した。だって、絶対……あり得ないから。
私は、すぐに警戒態勢をとる。
男性は、以前ニコニコとしたまま私を見下ろしていた。叫べば、誰が来てくれるかも知れないが、もしかしたら、結界魔法が張ってあってここにたどり着けないようになっているかも知れない。声を出しても、誰にも気づいても貰えないかも。何かそんな予感がする。
笑顔の裏に隠れた何かが分からないから、私の警戒は解けなかった。
(もしかして、ヘウンデウン教の刺客?)
あり得ない話でもない。もしかして、アルベドが倒れたのを知っていて、息の根を止めにきたのではないかと。全てが疑わしく思えてしまうから、そう見えてしまった。
黒髪の男性は、顎に手を当て、小首を傾げた。
「困っているんじゃないの?」
「だから、それがアンタに何の関係があるのよ」
「闇魔法の人間がいないと、中に居る人、困るんじゃない?魔力の枯渇は、死に直結するからね」
「……だったら何」
「助けてあげよっかっていってんの」
「誰とも分からない人に?」
男性の瞳と目が合った。金色の瞳。その瞳には私がうつっている。警戒した怖い顔の私。でも、その瞳がキラリと光り、夜空に浮かぶ満月みたいだなあと思った時、私は手を緩めてしまった。
(あれ、でも、何処かで……)
隙を突いて、男性が私の手を引いて扉を閉めた。
(しまった……)
中に入れてしまった。部屋の扉はガチャンと鍵が閉まるような音を立てて閉まる。
男性はずかずかと部屋の中に入っていくと、ベッドに横たわるアルベドの前まで来て、彼を見下ろした。
「やめて」
「やめてって、酷いなあ。助けてあげるって言ってんのに。てかさあ、俺の事矢っ張り忘れちゃってるよね?」
「え……だって、嘘。なんで?」
「兄弟だからかなあ……兄さんの魔力が底をつきそうって分かっちゃうんだよなあ」
すうっと黒髪があのすこしくすんだ紅蓮に変わっていく。
この兄弟には、やられっぱなしだな、と思いながら、なんでまどろっこしい真似をしたのか、底を問い詰めたかった。でも、今は彼が来てくれたことに感謝をのべるいがいない。
「なんで、ここに?」
「まあ、その話は後でするとして、ちょっと失礼するよ。エトワール」
パサリとくすんだ紅蓮の髪をなびかせて、彼は、満月の瞳を輝かせる。
「ラヴィ」
「兄さんは死なせないよ」
そういって、ラヴァインはアルベドの手に触れた。
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