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〇ホテル
ホテルのベッドの前で、玄帥が女と向き合っている。
N「唯とのやり取りの数日後、玄帥はホテルにいた。
ただし、相手は唯ではない。玄帥にはもうひとり女がいたのだ。
女の名は、横井京子。キャパクラで働いている」
京子「……ねぇ、玄ちゃん。私、もう30だよ。
結婚もしてくんないみたいだしさぁ、子どもだって持てないじゃん?
このままじゃ、私だけおばさんになってずっとひとりのままだよ。
それならもう私たち別れたほうがいいって~」
玄帥「わかったわかった。じゃあさ、京子にいい人ができたら
そのときは俺も潔く身を引きますわ」
京子「うわぁ~、なんて冷たい男なんだ~。私ら8年だよ。
それが8年も尽くした女に言う言葉なの? ほんっとひどい男だね~」
京子がじゃれるように玄帥の胸を叩くと、玄帥は数歩後ずさりしてそのまま
ベッドに座り込んだ。
さらにその玄帥を京子が押し倒すと胸に京子を抱えたまま、玄帥はベッドに沈んでいった。
玄帥(……京子も本当にいい女なんだよなぁ……)
N「玄帥は京子に相当惚れ込んでいた。
それこそ、結婚して一緒にいてもいいと思うくらいに。
ただ、それも妻と出会う前だったらの話。
妻と離婚してまで京子と結婚するような選択肢は、玄帥の中にはなかった」
玄帥(でも、確かに京子の将来のことを考えればそろそろか……。
ああもう、あっちもこっちも大変だなぁ)
N「玄帥は妻がいながら、社内では唯と関係を持ち、外では京子とも長く関係を続けていた。
唯とは別れたい。京子とは別れたくない。
結局、玄帥は唯とも京子ともうまく別れられずにずるずると関係を続けていった」
〇大阪本社
玄帥や唯の働いている大阪本社。
そのエントランスに1組の男女がやってきた。
N「……その日は突然やってきた」
エントランスにいた男女がエレベーターで玄帥と唯のいるフロアまでやってくる。
女のほうがフロアの入り口で社員をつかまえていくつか言葉を交わすと、
社員は男女を空いている会議室に案内した。
その後、慌ててどこかへ向かった。
その様子を唯は少し離れたところから見ていた。
唯(初めて見る人……誰だろ? 取引先の社長さんとかかな)
すぐに業務に戻った唯だったが、少しして先ほどの社員が唯の部署へとやってきた。
社員「渡辺さんと石田さん、今すぐ会議室に」
社員は困っているようにも少し怒っているようにも見える表情だった。
唯と玄帥は気まずそうに会議室へと向かう。その途中、玄帥は唯に耳打ちする。
玄帥(うわぁ、嫌な予感しかしねぇ……)
玄帥「……もし、上から俺らの関係を問いただされても『上司と部下以上の関係はありません』
って言ってよ? 俺もそう言うから」
唯「……わかってます」
2人が会議室に入ると、そこには玄帥の妻である恵子とその同僚の財前隆三、
唯の婚約者である直也、そして玄帥の上長がソファーに座っていた。
玄帥「恵子っ!?」
唯「直也っ!?」
これは上に関係を疑われているどころの話ではないと、唯と玄帥は顔を青くする。
上長「……では、どうぞ」
恵子「ありがとうございます。改めまして、はじめまして。
わたくし、渡辺の妻の恵子と申します。
今日は夫と石田さんの関係についてお話をしにまいりました」
恵子は封筒から写真を取り出して、テーブルの上に並べた。
どれも明らかな不貞の証拠だった。
その頃、会議室のドアの向こうには聞き耳を立てた社員が群がっていた。
社員A「やべぇ、超修羅場じゃん」
社員B「えぇ~、まさかあの石田さんが……」
社員C「でも、渡辺さんって色っぽいもんね。若い子がころっといっちゃうのもわかるわぁ~」
社員D「奥さんと大石くん、可哀想~……。会議室の中って今、間違いなく地獄よね」
会議室では恵子が話を続けていたが、直也はテーブルの上に並べられた写真から目をそらせないでいた。
直也(……唯が……不倫……? 嘘だろ……。
いや、でも確かに最近は2人で会う時間も少なくなってたか……?
もう結婚するんだしって、俺もあんまり唯のこと構ってなかったかも……。
だからって、不倫……不倫はないだろ……)
N「大きなショックを受けながらも、それでも直也はまだ唯に惚れていた。
もし心からの謝罪があれば、両家の親たちにはこの件を伏せたまま予定通り
結婚してもいいとさえ考えていた。それに、きっと唯も『ただの気の迷いだったの。
本当に好きなのも結婚したいのも直也だけ』と縋りついてくるだろうと思っていた。
……しかし、現実は違った」
恵子「……そういうわけですから、私は夫と離婚します。石田さんには慰謝料請求を……」
離婚という単語を聞いて、唯はすぐに玄帥の腕に抱きついた。
唯「直也、ごめんなさい! 私が好きなのは渡辺さんなの!
だから、渡辺さんが奧さんと離婚したら私、渡辺さんと結婚する! あなたとは結婚できない!」
玄帥「はぁっ!? ちょっと待てよ! 俺は恵子と離婚するつもりなんてないんだって!」
唯と玄帥が揉めているのを他人事のように眺めている直也。
絶望感をにじませながら呆けていた顔からは感情が消え、能面のようになる。
直也(……ああ、馬鹿みたいだ)
直也「……わかった。唯、婚約はなかったことにしよう。
唯は唯の好きなようにすればいい。その代わり、俺も慰謝料請求する。
式の手配にかかった費用から婚約指輪の分まで全部きっちり返してもらうから」
唯は直也がそこまでするとは思っておらず、愕然とする。
それと同時に玄帥は唯の腕を振り払い、吐き捨てるように言った。
玄帥「俺だって、君みたいな子は御免だねっ!」
唯「そんな……」
呆然とする唯。
N「このようにあっけなく、唯は直也からも玄帥からも切り捨てられたのだった。
一方で、唯を切り捨てた玄帥は恵子にみっともなく縋った」
玄帥はその場で恵子に縋る。
玄帥「恵子、離婚なんて嘘だよな? 悪い冗談だよな?」
恵子「冗談でこんなことはしません。
離婚届、もう記入は済んでますからあとは判をお願いしますね」
玄帥「嫌だっ! 何で……何で今さら……君だって知ってて黙ってたんじゃないのか……」
恵子「私が知ってるってわかってて、それでも続けてたの? ひどい……」
玄帥「違うんだ、本当にただの遊びのつもりで……違う、違うんだよ……恵子……」