テラーノベル
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それからの記憶は断片的だ。必死にゾンビの群れをかわして進むうちに、体力も限界に近づいていた。夜になると視界も悪くなり、恐怖はさらに募った。
「休憩しよう」
高橋さんの提案で、廃墟となったショッピングモールに身を隠した。非常灯だけが薄暗く照らす通路で、三人は座り込んだ。
「鳴海君、具合はどうだ?」
俺は自分の腕を見つめた。出血は止まっており、痛みも少し和らいできた気がする。だが何かがおかしい。体の奥底から熱いエネルギーのようなものを感じるのだ。
「変なんです……体の中に何かが渦巻いている感じで」
「どういうこと?」
田中さんが身を乗り出して尋ねる。
「言葉ではうまく表現できないけど……力が湧き上がるような感覚があります」
それを聞いた二人は顔を見合わせた。
「もしかして……」
高橋さんの声には期待と不安が入り混じっている。
「俺も同じことを考えていた」
「私の読んだ資料によると、ごく稀に感染しても発症しないケースがあるらしいわ。しかも特殊な能力が芽生えることもあるって」
俺は半信半疑だった。まさかそんなSFみたいなことが現実に起きるなんて。けれど確かに体の奥底から感じるこの感覚は説明できない。
「試してみる価値はあるかもしれない」
高橋さんは立ち上がり、瓦礫の中から鉄パイプを拾い上げた。そしてそれを俺に渡してくる。受け取った。
「この鉄パイプを破壊してみなさい。思い切り力を込めて」
「でも……こんな細いパイプなら」
言いかけたときだ。俺の中で何かが弾けた。一気に全身の神経が鋭敏になり、血管を流れる血液が沸騰するような感覚に襲われる。
次の瞬間——鉄パイプが粉々になった。
「やっぱり!」
二人は、驚愕の表情で俺を見つめている。
「すごい……こんな短時間で特殊能力が発現するなんて」
「特殊能力?」
俺は手の中で砕け散った鉄の欠片を見つめながら呟いた。何が起きたのか、自分でも理解できない。
「ああ。おそらく物理的な強化能力だろう。筋力や反射神経などが劇的に向上しているはずだ」
高橋さんの解説は冷静そのものだったが、その目は興奮で輝いていた。
「じゃあ俺は……ゾンビにならずに済んだってことですか?」
「その可能性が高い。少なくとも今のところは」
田中さんが付け加える。
「でも油断は禁物よ。このウイルスについてはまだ不明な点が多い。長期的な影響があるかどうかもわからないわ」
その言葉に再び不安が押し寄せる。それと同時に希望も生まれていた。少なくとも今は生き延びることができる。この新たな力を使えば……。
「助けられる……他の人たちも」
俺の呟きに高橋さんが頷いた。
「そうだ。君のような存在が救世主になるかもしれない」
ショッピングモールの外では、依然としてゾンビのうめき声が響いている。俺にはもう恐怖心はなかった。なぜなら俺には戦う力があり、知識のある仲間がいるからだ。
「行きましょう。まずは自衛隊の基地を目指しましょう」
俺の決意表明に二人も立ち上がる。夜明け前の薄暗い空を見上げながら、新たな旅立ちの準備をする。この力を使って何ができるのか。それはこれから明らかになっていくだろう。
だが確かなことは一つだけあった。もう弱者ではないということだ。むしろ最強の力を持った存在——スーパーソルジャーとなってしまったということを。
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