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買い物が終わった昼過ぎ、俺とテオは早速エイバスを出発した。
すぐに旅立つことに決めたのは、インバーチェスからエイバスまでの道中が非常に安全過ぎて――戦闘も事件も特に無いまま船に4日間も缶詰状態――、鈍りかけた体を早く動かしたかったためという理由が大きい。
正門で守衛の仕事中のウォードに軽く挨拶をして街を出た俺達は、まず『原初の神殿』へと向かう。
個人的に神殿に用事があった俺が「神殿に寄りたい」と希望したところ、テオが「俺も用があるから」と賛成したのだ。
生い茂る木々に囲まれた懐かしい道を、のんびり1時間ほど歩いたところで、森の中にぽつんと建てられた神殿の姿が見えてくる。
召喚されて以来、神殿を訪れるのが初めての俺は、特に波乱万丈だった召喚初日の出来事を思い出し、何だか懐かしい気持ちになっていた。
大好きなゲーム『Brave Rebirth』の記念すべき100回目のクリアを迎えたら、いきなりこの世界に召喚されて神様と会った。
神託の巫女であるエレノイアに色々教わり、エイバスの街を最初の拠点に決める。
俺が魔術を使えるようになったのも、召喚初日だった。
最初は失敗してしまったものの、神殿で神官見習いをしている少年・イアンからコツを教えてもらったおかげで、何とか初めて【光魔術】を発動できた。
そして俺は、イアンと “男の約束” を交わしたのだ。
あの時は【光魔術】の基本中の基本な光球の発動が精一杯だったけど、やっと先日、約束の『光の剣』を発動できるようになった。
目の前で実演して見せれば、イアンは間違いなく飛び上がって喜ぶだろうな……ちょっとばかりニヤつきつつ、俺は腰に差した勇者の剣に目をやるのだった。
神殿に入ってすぐのところで、年配の男性神官が掃き掃除をしている後ろ姿を見つけ、俺が声をかける。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょうか? ……おや、テオ殿ではありませんか!」
掃除の手を止め振り返った真面目そうな神官は、テオに気付くなり笑顔を見せた。
「やっほー」
テオが軽く手を振ると、神官は深々とお辞儀をする。
「いつもありがとうございます! テオ殿がいらっしゃるということは、本日もエレノイア様へ御用がおありということで宜しいでしょうか?」
「それもあるんだけど……ほらタクト、用事あるんだろ?」
「あ、ああ……」
想定以上にテオと親しい様子の男性神官の反応にやや戸惑っていた俺だったが、テオに声をかけられ、自分の用を思い出した。
「……あの、イアンに会いたいんですが――」
「イアンですか? あの子なら、2週間ほど前に神殿を辞めましたよ」
思わず上ずった声で驚く俺。
ゲームにおいては、ストーリー中盤に起きる『とあるイベント』終了時以降に勇者がイアンに話しかけ、会話の中で「仲間にしたい」という選択肢を選んだ場合のみ、彼は神殿を辞めて勇者パーティへと加わる。
だがそのルートを除きイアンは必ず神殿で働いているはず。
現段階で神殿を辞めているなんてルート、少なくとも俺は見たことがない。
やや混乱しつつも、何とか状況を理解しようと俺はたずねる。
「イアンは、なんで辞めちゃったんですか?」
「さぁ……? あの子は働き者の良い子ですから、私どもも懸命に引き留めてはみたんですが、決意に満ちた顔で『とにかく辞めます』とだけの1点張りで、理由も聞けず仕舞いでして……」
結局、イアンの身に何が起き、そしてどうして神殿を辞めるという選択に至ったのかという点について、男性神官からは大した情報を得られなかった。
今まで架空世界と現実世界との違いが、不測の事態を呼ぶことが何度もあった。
よって、このイアンの行動も、何か思わぬ出来事に繋がってしまう可能性は無いとは言い切れない。
俺の心に、一抹の不安がよぎるのだった。
その後、俺とテオは神殿の一室へ通された。
案内してくれた年配の男性神官によれば、「エレノイア様は現在『神託の間』にて、日課である『昼の祈り』を捧げておられます。こちらでしばらくお待ちくださいませ」とのこと。
部屋に入ってすぐ俺の目を引いたのは、美しいグラデーションのステンドグラスが上部にはめ込まれた、アーチ状の大きな窓。
午後の柔らかな日差しがステンドグラスで色づき、優しく室内へ降り注いでいる。
上品なクロスがかかったテーブルや椅子など、置かれている家具の感じから判断すると、おそらく来客用として使われている部屋なのだろう。
神官が用意してくれた良い香りの紅茶を片手に椅子にかけ、のんびり雑談しつつ待つうち、俺はふと「なぜテオがエレノイアに会いに来たのか?」という理由を知らないことに気付いた。
「なぁテオ、お前の用事って何なんだ?」
「んー……エレノイアから、ちょっとした依頼引き受けててさー」
「依頼って?」
「ないしょ! 冒険者には守秘義務ってやつがあるから、詳しくは依頼主の許可なしじゃ教えらんないぜっ」
「そうか……」
いったいどのような依頼なのか少し気になる俺だったが、無理に聞き出すのもどうかと思い、それ以上は何も聞かなかった。