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「月が綺麗だな……少しちくちくするけど、藁のベッドもふかふかして気持ち良いな。ゼロ魔の才人もこんな感じで、月を見ていたのかな」
寝そべった書也が牛舎の窓から見える月を見て言った。
「書也君はさ……あの女の子に会いたいと思う?」
愛は転がり、恥ずかしながらも書也に近づき、窓の月を見上げて言った。
「あの女の子?」
「書也君がラノベ作家を目指そうと思ったきっかけになった女の子の事だよ」
書也は両目を覆って、何か考えるようにした。
「どうだろうな……今はラノベ作家を目指そうと思っているのが、復讐みたいになってるからな」
書也のその言葉を聞いて、愛は敷き藁を舞わせ、立ち上がる。
「復讐、どうして!? その女の子が何か意地悪したって言うの!?」
「別にあの女の子が悪いって訳じゃないんだ……俺が小学生の時に憧れていた悪友がいた。そいつは画竜点睛(がりゅうてんせい)っていう奴でな。絵が上手くて、そいつがノートに描いた漫画は面白くて、クラスの評判の人気者だった。それで俺も漫画を描き始めた。幼稚園児並みの下手くそな絵で、けなす奴はいたけど、点睛だけは絵の練習をする俺に漫画の描き方を教え続けてくれた。でも、いくら練習しても絵は上達しなかった……その時に図書館で会ったのが、ズッコケ三人組を勧めてくれたあの女の子だった。その本の影響でラノベ作家を目指そうと思った。だけどな点睛はラノベ作家を目指すと言った俺をけなし始めた……それ以来、点睛とは口も聞いてない。もう、あいつを見返す為にラノベ作家になってやろうとしか思っていない」
書也は言って、敷き藁をぎゅっと握り締め、ゆっくりと立ち上がり、愛を見た。どんな表情をしていたのか分からないが、愛の表情が死んだ子猫を見たようにどんどん曇っていくのが分かった。
「それじゃあ、わたしは……その女の子はお節介だったのかな? その本を渡した想いは……」
「そうは思っていないさ。でも、あの女の子に出会っていなければ、ずっと下手な絵で漫画を描き続けていただろうな。まあ、これは呪いなんだって思う……ラノベ作家を諦めてはいけないんだっていうな……」
「ラノベ作家の夢を呪いだなんて言わないでよ! わたしはそんな気持ちで書いてない! そんな風に思わせたいと思った事もないんだよ……その女の子が本を書也君に渡したのは、その本が本当に面白かったから勧めたんだと思う! その運命は決して呪いなんかじゃないんだよ!」
愛はなぜか涙を流していた。零れ落ちる涙は先ほどよりも雨のように激しいのに、表情は怒りのような、悔しいような……そんな感じに見えた。
「愛……」
「もう……亡くなったモーモーさんの事……また思い出しちゃったのかな……顔を洗ってくるよ」
愛はそう言って、書也から逃げるように牛舎を駆け抜けていった。
「愛、そんな理屈じゃなければ小説を書いていけないんだよ……そうじゃなきゃ、ラノベ作家を目指さなければ、友達をなくす事なんてなかったなんて! 思いたくもないだろ!」
書也は独り言のように言って、敷き藁に身体を倒し、横になった。
モーモーと牛の鳴き声が時折、聞こえる。それと同時にシュコシュコと空気入れを動かしたような音とポンプで吸い出すような音を足したような妙な機械音がする。
『ほらーほらー起きなさいー』
女性の甘やかすような声が聞こえ、撫でるように揺さぶられる。
――夢を見ているのだろうか? それにしては見知らぬ声とこの妙な機械音しか聞こえず、真っ暗だ。ここは自分の部屋ではなかったか……いや、確か自分は愛の自宅に行って……牛舎で愛の仕事を手伝って……」
「ここは!」
うつ伏せに寝ていた書也は四つん這いで勢いよく腰を上げると、ミルカーのホースの先端を股間に当てられていた。目の前には愛に似たグラマラスな大人の女性が書也の顔を覗き込んでいた。
「あらあら、こんな牛さんが居たかしら?」
「ちょっと待ってください!? 俺は牛じゃなくて、人間です!」
書也は四つん這いのままでは何もできず、牛のように頭を振り、拒否する。冗談か本気か、股間から本当にミルクを絞り取られかねない勢いがあった。
「あらー。じゃあ、こっちが本物の牛さんかしら? ほら、起きてー。乳絞りの時間よー」
女性はワークエプロンがはちきれんばかりの大きな乳を揺らし、愛の腰を撫でるように揺さぶると、抱き起すように四つん這いにさせ、ミルカーのホースの先端を愛の胸に押し当てた。
「んー? お母さん? 待ってね……すぐ起きるから……きゃあ!? お母さん、何やってるの!?」
「あらー。牛さんと思ったら、愛じゃないの? こんな所でいつも寝てー。牛さんと間違って、ちゅーちゅーお乳を吸うところだったわ」
「んーもう! お母さんもミルカ―使って、起こすのやめてよ! 変な夢見ちゃう!」
「愛がいけないのよ。こんな所で寝るから。風邪ひいたらどうするの?」
「ここで寝たっていいでしょ。わたしのジェリエットちゃんの悲しみは癒えないの」
愛は再び寝転がると、反抗するように藁を束にして抱いて、母から目を逸らした。
「ほら、搾乳が始まってるんだから、愛も手伝って」
「はーい」
愛はしぶしぶ立ち上がると、身体に付いた藁を払って、牛舎を駆ける。
「貴方が書也君ね。愛から話は聞いています。私は愛の母、誤植瓜花です。愛が部活動ではお世話になっています」
愛の母、瓜花はそう言って頭を下げる。
「いいえ、こちらこそ」
書也は緊張しながらも、頭を下げた。
瓜花をよく見れば、乳が大きく、容姿が綺麗なせいか、二十代でも通用しそうな若作りに見える。
瓜花はくんくんと匂いを嗅ぎ、書也の顔を覗き込む。愛と何か変な関係をもっているのかと、疑われているのだろうか?
「お漬物のような匂い……敷き藁に発酵したサイレージでも混ざっていたのかしら? 書也君、お風呂沸かしてあるから、入ってきたら」
「俺、その……農作業を手伝いますよ。終わったらすぐ帰りますし……」
「駄目よー。ミルカーは素人がすぐに扱える物じゃないんだから。それよりもちゃんと匂いを取らないと、嫌われちゃうわよ」
「いや、しかしですね……」
瓜花は有無も言わさずに書也に鍵を渡していた。
「これ鍵ね。お風呂は玄関入って廊下の左側よ」
書也はワイシャツの肩部分に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。確かにほんのり、漬物のような匂いがした。
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八雲瑠月
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