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会社を追放された。
堀口ミノルは一夜にして犯罪者となった気分だった。
東京の真ん中に敷かれた大通り。
何度も見た通りであったにもかかわらず、そこを歩く全員が冷たい視線を向けているように思えてならない。
――この犯罪者め!
誰かの声に驚き、周りを見回した。
道を歩く誰も堀口を見てはいなかった。
それぞれ自分の行くべき方向へとただ歩いていた。
堀口はひたすらに歩いた。とにかく頭の中を整理させなければならなかった。
何かの間違いだろうか?
なぜ私は犯罪者になり、いきなり会社から追い出されたんだ?
どう理解しようとしても答えは見つからなかった。
会社のため、利益のため、チームのため、自分のため……ただ一生懸命働いただけなのに。
これからもっとがんばろうとしていただけなのに。
「スポーツ振興事業」
たくさんの人を幸せにできるプロジェクトだと思っていた。
数ヶ月に渡る調査と徹夜を繰り返してできた企画書は、満足のいくものだった。
プロのアスリートでも使えるような専門的な施設。
プロや全国のアマチュア選手たちの練習する風景が目に浮かんだ。
全国大会を間近に控えた若手の選手から、オリンピックを目指すベテランのアスリートまで。
それだけではない。
いつかは日本で開催される国際大会の公式練習会場にも選ばれ、周辺施設は休む間もないほどの盛況をむかえる。
夢は大きく膨らんでいた。
何百ものアスリートが商業施設ビスタに集まり、従業員に迎えられる。
従業員の中には昔から知る友人などもいて、貧しかった友人たちが幸せそうに従事している。
ビスタには、多くの夢があった。
附帯施設と人的資源の雇用。
それこそが、しそね町を活気ある地方都市に発展させるものだと思っていた。
しかしすべては泡と化した。
私はもう、ビスタとは何の関係もない……。
いや、ビスタだけじゃない。吾妻グループの一員ですらない。
こんなことがあっていいのか。
少なくとも社会には常識というものがあるはず。
堀口ミノルは、足を止めた。
少しここで待ってみよう。
10分ほどすれば本社の誰かがやってくるだろう。
「堀口課長、本当に申し訳ありませんでした。社内文書に誤りがあり、課長に多大なご迷惑をおかけしました。吾妻副会長が謝罪をしたいとおっしゃっています」
「誤解が解けて幸いです。今後はより尽力して、大きな成果を副会長にご報告できるようする所存です」
「ありがとうございます。ではすぐに副会長のもとにお連れしますので、こちらへ――」
堀口は高級ブランド店の前に立ち、自分を探す社員を待った。
5分……10分……15分……。
誰もやってはこない。
会社の誰ひとりとして今日の出来事に疑問をもたず、また書類の再検討を訴えることもない。
ただ会社にとっての有害物を切り取っただけ。
解雇……。
時間が経つにつれて、自分の置かれた状況が現実味を帯びてくる。
信じられない。
信じられるはずがない。
――この犯罪者め!
再び誰かが自分を罵った。
しかし通りに何も変化はない。
街を構成する建物をじっと見つめた。
様々な色彩で溢れている場所だったが、ほとんど白と黒で作られていた。
世界的な人気を誇るハンバーガーチェーンを通り過ぎた。シンボルである赤と黄色が溶けてしまったように、その店もまた美しい色合いを失っていた。
道路を見ると、薄い色の車が通り過ぎていった。信号機の色も薄暗かった。
一台の黒い車が、堀口のそばを通り過ぎては停まった。
後部座席に座る誰かが、堀口を見ていた。
東京にいるはずのない人物が車に乗っていた。
「谷川署長!」
無意識にその人物の名を叫んでいた。
「なぜ東京にいるのですか?」
後部座席に座る谷川は何も言わない。
彼の表情からは、何かを達成したような充足感が垣間見えた。
その表情を見たとき、堀口の直感がささやいた。
過去の出来事がひとつとなり、明確な答えが浮かんだ。
――この人間が俺を売った。
いつも否定的な視線で自分を抑圧してきた人物。
直属の上司であり、企画書を幾度となく却下してきた最大の壁。
谷川の不正行為はもちろん知っていた。
無能な個人が会社の会計を操作し、コツコツと懐を温めていたのを知っていた。
謝礼費。
販売手数料という名の犯罪。
しかしそれを暴露し、起訴する考えなどなかった。
上司の小さな不正を告発するために時間を浪費したくはなかった。
堀口ミノルがもつ時間とは、ビスタと故郷の復興に捧げるためのものだったから。
無意識に手が震えはじめた。
吾妻副会長。
スクリーンに映し出された偽の銀行口座。
すべて谷川の財布へと流れた金だ!
あのとき告発すべきだった。
私は奴が犯した罪を、身を呈してかばったことになったのだ。
もう一度自分の手を見た。
震えは後悔によるものか、それとも谷川への怒りか。
全身の血が逆流するような気分だった。
「なぜ私をここまで追い込んだんですか!? 答えてください、谷川署長!」
やはり谷川に反応はなかった。
ただ勝ち誇ったような目で、堀口を見ているだけだ。
安全な車の中で、椅子にもたれたまま。
「私が何をしたからと、ここまでなさるのですか! 答えてください」
気づくと足元を見ていた。
窓を割るための石を探していた。
ハッとなり再び車を見ると、厚いガラスに守られた谷川が口角を上げていた。
「ドアを開けて説明してください!」
谷川は面倒そうに窓を10cmほど開けた。
隙間から見える谷川の表情には、堀口に対する軽蔑の色だけがあった。
「社会に居場所がなくなった気分はどうだ? 堀口課長……いや、堀口氏」