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 これだけ暑いと海の中すら生暖かく感じられた。おまけにあっちにもこっちにも人だかりがあって、気を抜くとみんなと離れ離れになってしまいそうだった。一応、休憩用に場所取りしたところはここからでもちゃんと見えているので、もしみんなとはぐれたら一旦あそこに戻ればいいだろう。


 井口先生と乙守先生はそこに設置した日除けテントの下、ビーチチェアに座りながら、グラスに注がれた虹色に輝く何かを飲んでいる。いったいアレは何だろう。オシャレなカクテルに見えるけど、お酒ではないことを切に願う。


 ところで乙守先生は結局、競泳水着のようなものに着替えさせられていた。それでも溢れんばかりのそれは隠しきれず、井口先生によって上から薄いコートを羽織らされている。


 そんな乙守先生が、近くを若い男たちが通るたびに手と笑顔を振りまくものだから、その度に井口先生が止めに入るという図式が成り立ちつつあった。


 一見するとふたりはカップルに見えなくもないのだけれど、どう考えても井口先生がわがままなお嬢様を監視しているだけに見えるのだから面白い。今この場所では、井口先生は僕らの保護者というよりはむしろ、乙守先生の厳しいお付きって感じだった。


「お。この辺、足がつくみたいだよ!」


 榎先輩の言う通り、少しばかり泳いだ先が遠浅になっていた。


 泳ぐのにあまり慣れてない僕にとって、休むにはちょうどいい場所だった。


 鐘撞さんはまだまだいけるって感じでまるで疲れた様子はなく、そんな鐘撞さんに押されながら浮き輪にバタ足だった肥田木さんは僕と同じで疲れたように肩で息をしていた。


 ちなみに真帆はひと足先にその遠浅に辿り着いており、僕らに手を振っている。


「遅いですよ、みんな~!」


 キラキラ輝く笑顔が眩しいのと同時に、明らかに何らかの魔法を使っているのか、真帆の周囲だけ微妙に空気が涼しく感じるのが何ともズルい。


「真帆、その魔法、もうちょっと範囲広げられない?」


 僕がへとへとになりながら炎天下、ちゃぷちゃぷと真帆のもとまで近づくと、真帆は「う~ん」と首を傾げて、

「なかなか難しいんですよね、この魔法。身体の周囲に冷気の薄い膜を張るイメージでやってる魔法なので、範囲を広げようとしたらもっと別のものをイメージする必要があるんですよね」


「イメージ? それで範囲が広がるの? なら、例えば乗ってきた車とかイメージしたらその範囲が涼しくなるってこと?」


「そうじゃなくて、身に着けている服の範囲内って感じでしょうか。あくまで身体の周囲、外側に沿うイメージじゃないと難しいんですよね」


「なら、大きい着ぐるみとかは? それをイメージすれば、その着ぐるみを着ている幅分、外側が涼しくなるって感じ?」


「まぁ、イメージ的には」


「それやってみてよ。真帆の近くにいる分には涼しいってことでしょ?」


「ムリです。着ぐるみなんて着たことありませんからイメージできません」

 あきらめてください、と口にする真帆。


 くそ、なんて面倒な魔法なんだ。僕はこんなに暑いのに、羨ましいばかりだ。


「――その魔法って、どうすればあたしらにも使えんの?」


 榎先輩に訊ねられて、真帆は「そうですね」と唇に人さし指をあてて、

「まず自分の中の魔力を肌に沿って包み込む感じに少しだけ放出して、そこから冷蔵庫やクーラーをイメージする、それだけですね」

 解るような解らないような説明をする。


 けれど、魔法使いである彼女らにはその説明で理解できたらしく、各々軽く目を閉じ、真帆の言った通りのことをし始めた。


 榎先輩も鐘撞さんも肥田木さんも、それぞれ何か小さく呪文のようなものを唱え始める。


 一瞬、彼女たちの髪の毛が小さくふわりと浮いたような気がしたが、やがて榎先輩は瞼を開け、

「――無理、できない。もともとあたしの魔力が小さすぎるからかなぁ。葵やつむぎたちはどう?」


「私も無理ですぅ」肥田木さんも唇を尖らせながら、「魔力を肌に沿って包み込むってどうやるんです? イメージできません!」


「だよね? 難しいよね?」


「真帆先輩、どうやってるんです?」


「どう、と言われましても……自然とできちゃってるので、私も自分でどうやってるのかわからないんですよねぇ……」


 これもまた魔女――魔法使いあるあるである。


 自分が使っている魔法がどうやって発動しているのか、実はいまいちわかっていない。


 何となくそうやってみたらできた。そんな感じが多いのだ。うまく言語化するのが難しい、とはよく聞く魔法使いたちの言葉である。そんなのでいったい、どうやって魔法を受け継いできたのだろうか、実に不思議だ。


 そんななか、静かに黙り込んでいた鐘撞さんが、小さく長く、息を吐き、口にした。


「――あぁ、なるほど、わかりました。こんな感じなんですね」


「えぇっ! 葵、できたの?」


「ホントですか? ちょっと触ってみてもいいですか?」


 榎先輩と肥田木さんが、目を瞑ったまま突っ立っている鐘撞さんの肌に触れる。


「あっ! 本当だ! 葵の身体がちょっとだけ冷たく感じる!」


「スゴイです! どうやったんです? 教えてください、アオイ先輩!」


 へぇ、さすがはこのメンツの中だと一番真面目な鐘撞さん。真帆のあの言葉でも要領を掴めたらしい。


 どれどれ、僕もちょっと触らせてもらおうかなぁ、なんて思わず一歩前に踏み出したところで、

「――ユウくんはダメですよ?」

 僕の腕をその胸に抱きながら、ぴたりと真帆がくっついてくる。


「あ、はい」


 まぁ、そりゃそうだわな。少なくとも、真帆がくっついてくれてる分には涼しく感じられるし、別にいいか。


 そんな僕と真帆そっちのけで、鐘撞さんによるレクチャーが始まる。


 真帆よりは全然わかりやすく詳しい解説を受けながら、再度その冷気の魔法にチャレンジする榎先輩と肥田木さん。


 しばらく挑戦し続けて、どうやらそのコツを掴んできたらしい。


「……なるほど、こういうことね」

 榎先輩はこくこく頷き、

「スゴイ、スゴイ! これなら何時間でも暑いなか海で泳いでられますよ!」

 肥田木さんも嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。


 ……と、その時だった。


「――えっ」

 真帆が不意に眉間に皴を寄せ、

「……ん?」

 榎先輩も辺りを見回す。


「な、なんなんですか、この感じ!」

 肥田木さんがおろおろし始めて、

「落ち着いて、肥田木さん」

 鐘撞さんが肥田木さんの肩を支えた。


 そんななか、僕だけが――というか、他の海水浴客たちは、何事もないように普通にはしゃぎ続けている。


 彼女たちはいったい、何を感じ取ったのだろうか。


「なに? どうしたの、真帆」


 訊ねれば、真帆は僕の腕をさらに強く胸に抱きしめ、

「……なにかいます。海の中に」


 榎先輩や鐘撞さん、肥田木さんたちと視線を合わせ、互いに頷く。


「え、なに? 何がいるの? どういうこと?」


 思わず戸惑ってしまう僕に、真帆は軽く瞼を閉じて、

「――あっちです。行ってみましょう」


 そう、口にしたのだった。

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