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けど足音は、慣れた様子でまっすぐに階段を上ってくる。
軽い足音だ…。
今はちょっと遅いけど…スタスタとした聞き覚えのある足音。
俺は重い身体を動かして起き上がった。その拍子に、枕元のスマホが目に入った。
なんとなく気になって画面を見ると、そこにはラインが入っていて、スタンプがひとつ表示されていた。
あんましかわいくないウサギがめそめそ泣いていて、その横に
『ごめんね』
と文字が吹き出している。
それは、蓮からのラインだった。
その瞬間、部屋のドアが開いて、制服を着た女が姿を現した。
蓮だった。
「どうして…れ」
「顔、真っ赤じゃない!」
蓮は驚くように大声を上げると、スタスタと部屋に入って、唖然としている俺の頬を両手で包んだ。
って、蓮こそ、目が真っ赤だぞ。ついさっきまで泣いてたみたいに。
もしかして、泣きながらここまで来たのか…?
「あっつ!何度あるのよ!?てか、ちゃんと計ったの!?」
「37.6…」
「うそ!もっとあるでしょ!ああもう、ちゃんと温かい恰好しなさいよ!」
と、勝手知ったる様子でタンスや押し入れからカーディガンやブランケットを引っ張す蓮。
「ほんっと、来てやって正解。普段風邪なんかひかないあんたがひとりで治すなんて絶対無理だと思ったら案の定だもん。
肺炎にでもなられたら、『蒼の面倒よろしく』っておばさんに言われた私の立場がないんだから。…汗は?」
「…かいてない…」
「寒くない?」
「…少し」
「ほんとにもう、そんな薄着で寝込むバカいる!?ほら、これ着て」
「…はい」
「…それからこれ羽織って…」
とカーディガンを羽織らせようとする蓮の片手を、俺はぎゅっとつかんだ。
「ところで…どやって入ってきたの。鍵閉まってたのに」
「それは…」
と、蓮はおもむろにポケットから鍵を出した。
「俺ん家の合鍵…?」
「…伊達に幼なじみやってるわけじゃないんだから…。合鍵の在り処くらい、昔から知ってるもん。あんたが昨日入って来たのと同じだよ…」
「……」
熱によるものとは違う高鳴りを感じ始めながら、俺は続けた。
「学校は?」
「サボってきた」
「おまえが?だって優等生だろ。無遅刻無欠席更新中だったろ?」
「…そうだけど」
「これでパァじゃねぇか。てか、無断欠席なんてして、あとで担任になに言われるか」
「…解かってるよ、うるさいわね…!」
「……」
「…あんたの、蒼のせいなんだからね…」
蓮はうつむくと微かに震えた声で続けた。
「どうして、出ないのよ…電話」
「…え?」
「嫌われたかと…思ったじゃない…」
蓮はにらむように俺を見つめた。
その赤く腫れた目には、また、涙が浮かんでいた。
「蒼に嫌われちゃった、って思ったら、つらくて、目の前が真っ暗になって…。学校になんか、いられなかったんだもん…!」
「…れ、ん…」
「もういいよ…なにしてもいいよ。さわってもいい、抱き締めてもいい、キスしてもいい…。嫌わないでよ…。私…蒼に嫌われたくない…嫌われたくないよぉ…」
気づけば俺は、蓮を抱き締めていた。
きつくきつく、もう絶対に離さない、と念じながら。
蓮は、抵抗どころか拒む言葉さえ言わなかった。
ただ黙って俺に抱かれていた。
そして、おずおずと、俺の背に手を回した。
「むかつく…。どうしてなの…幼なじみだったのに…。蒼なんか、ただの幼なじみだったのに…っ」
「ごめんな、蓮。驚いただろ、困っただろ。好きになって、ごめんな…。でも…抑えらんないんだ。蓮のことがずっとずっと前から、ずっとずっと好きで仕方ないんだ…」
ひっくひっくと子供みたいに泣きじゃくって嗚咽が止まらない蓮が、俺の言葉に応えることはなかった。
けどもう、それでもよかった。
こうして、俺の腕の中にきてくれたから。
同じくらい強く、俺の身体をきつく抱きしめてくれるから。
それが言葉以上の蓮の応えだと、充分実感したから。
「蓮…」
俺はそのまま体重をかけて、ゆっくりとベッドに倒れた。
腕の中で蓮の身体が強張る。
だって…俺になにされてもいいんだろ…?
もう、マジ幸せすぎるから。
これは熱がみせた夢でした…なんてがっかりしないように、
「キス…したい…」
微かに強張った身体に俺はさらに力をこめた。
腕の力をゆるめて、蓮のあごをくい、と持ち上げた。
わ、すげぇ泣きべそ。
蓮も恥ずかしそうにして、視線を合わせようとしない。
そんなところも可愛くて仕方なくて、続けた声は、掠れてしまう。
「な…。していいか、キス…」
こみあげるしゃっくりをこらえながら、蓮は小さくうなづいた。
「それって…俺の彼女になるってこと…?」
こくり
顎が微かに上下する。
「もう、幼なじみじゃない…?」
泣き晴れた目を苦しげに閉じると、
蓮は震えた声でつぶやいた。
「もう、幼なじみになんて、二度と戻れないよ…」
キスをした。
唇同士を触れ合わせるだけの軽いキス。
けど、一方的に押し付けただけの昨日とは比べ物にならないほどに、俺の胸は幸せに満ち溢れた。
夢にまで何度もみた、瞬間。
蓮を手に入れたらこうしたい、ああしたいって、欲望を膨らませていた。
けれども、唇を離したとたん、どうしたわけか俺の胸は凪いだ泉のように静かになった。
ただもう幸せが満ちていて、あとはなんにも湧いてこない。
なに腑抜けてるんだよ、俺…。
ぼうっとするなよ。
これは、熱のせいか…?
きっとそうだな。
「蒼…」
抱き枕のように抱き締めて目を閉じると、蓮がくぐもった声で呼んできた。
「蒼…身体…すっごい熱いよ…?」
「熱い?俺はさっきから寒くて仕方ねぇんだけど…。じっとしてろよ、蓮。おまえ、あったかいなー…湯たんぽみたい」
「蒼?それって悪寒じゃない…??もう…ちゃんと安静にしないとダメだよ…!蒼?蒼ってば!?」
俺は腕をゆるめると、そのままぐったりと身動きできなくなってしまった。
ベッドから飛び起きた蓮が慌ただしく動き出すのを感じたけれども、ぼうとする意識は、それからほとんど働かなくなってしまった。