Side 蓮
それから蒼は完全にダウンしてしまって、一日中眠り続けた。
その間、私はずっと蒼の家にいて、看病や身の回りの世話をしていた。
目を覚まして時は、消化に優しい栄養あるものを食べさせてあげて、薬を飲んでまた眠った後は、買い物に行ったり(制服を着たままスーパーに行くのはヒヤヒヤした…!)汗に濡れたシーツやパジャマを洗濯したりしていた。
そんな感じで慌ただしくしていたら、一日があっと言う間に過ぎてしまった。
明日はさすがに学校はサボれない…。
蒼の夕飯を作るついでに自分の夕飯を食べ終えたら、家に戻ろうと思ってたんだけど…
なんだか腰が重くて、もたもたとテレビを眺めてばかりいた。
だって、真っ暗な独りきりの家に戻るのは寂しかったし、それに…
蒼の近くにいたかった。
今までも、蒼がいない時を寂しいと思うことはちょこちょこあった。
でもその時は…こんな胸がきゅっと締めつけられるような思いはしなかった。
私、本当に蒼に恋しちゃったんだな…。
蒼の容体は、もうすっかりよくなった。
明日からは学校に行けるだろう。
どうやって蒼に接すればいいのかな…。
だって私、一応、今日から蒼のカノジョなんだよね…。
カノジョ。
つまり、恋人。
恋人ってことは、前されたみたいに
触れられたり、
色気ある声で恥ずかしいことを言われたりしちゃうんだよね…。
嬉しい…
と思う反面、今さらだけど緊張してしまう。
初めての恋。
初めてのお付き合い…。
初めてづくしのこれからの生活、いったいどんなことが待ち受けてるんだろう…。
ワクワクするような不安なような…不思議な高鳴りを感じながら、私はいつしかソファの上で寝てしまった。
※
優しい朝日で目が覚めた。
私の身体にはブランケットがかけられていた。
夜中に蒼がかけてくれたんだ…。
具合どうかな…?
蒼の部屋にむかってみたけど、ベッドは空になっていた。
もう起きたのかな?
と階段をおりたところで、私は飛び上がった。
シャワー上がりのTシャツ、ハーフパンツ姿の蒼と、鉢合わせしたからだ。
「おはよ」
私を見たとたん、蒼は濡れた前髪の間で穏やかに目を細めた。
…なんだかいつも以上に色っぽく見えて…目が合わせられない。
「…おはよ。ぐ、具合は?」
「おかげさまですーっかりよくなった。昨日はいろいろ面倒みてくれて、ありがとうな」
わ…っ
そっ…と私の頭を撫でると、蒼は洗面所に入って髪を乾かし始めた。
ドキッとしたものの、蒼の対応はいたって普通で、正直安心した。
会った瞬間、キスでもされたらどうしようかと緊張してたから…。
※
それから私もさっと身支度を済ませると、朝ご飯とお弁当つくりに取り掛かった。
蒼のおっきな青色のお弁当箱と、さっき家から取ってきた、私の小さな桃色のお弁当箱。
並べると…『もしかして、新婚さんのお弁当作りもこんな感じ?』って感じがしてこそばゆい。
それにしても、蒼のお弁当箱、本当に大きくて…おかずなにいれたらいいかなぁ?
蒼のおかあさん、毎日こんな大変な思いしてお弁当作ってあげてるんだな。
玉子焼きをとんとん作りながら献立を考えていると、
そ…
と背後に雰囲気を感じた。
「へぇ、美味そう」
ドキッ…
び、びっくりした…。
蒼が私の肩の上からフライパンを見下ろしていた。
「やり。玉子焼き入れてくれるんだ?これ好きだよ。おまえが作ってくれる料理で一番好きかも」
「ほ、ほんと?」
蒼に振り向かずに、私は返事する。
ふんわりと石鹸の香りがする…。
ち、近過ぎるよ…もう。
ドキドキして卵焼きをお皿にうつす手も震えそうになる。
焼きたてに包丁を入れると、ふんわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
「味見したい」
「えー…」
「いいだろ、ちょっとだけ」
もう…いやしいんだから。
「…あっついから、やけどしないでよ」
と、ちょっと端っこ部分をつまみあげると、
「ちがうだろ」
「え、なにが?」
「そんなのカノジョがカレシに食べさせてあげるやり方じゃないだろ」
「…」
「ちゃんと冷ましてから食べさせて、蓮」
絶対狙って言ってるな…って思わせるその声は…私が弱いあの色っぽい声で…。
甘く締めつけられる苦しさに喘ぐように、
「わかったよ…もう」
言われるがままに応じると、
私はくるりと蒼に向き合って、ふーふーとさますと、そっと口に持っていった。
あむっ、と玉子焼きは大きく開いた口の中に消える。
柔らかい唇が指に当たって、ドキッとなった。
「あーちょーうめっ。やっぱ蓮の卵焼きが最高だなー」
その綺麗な笑顔に、私は見惚れてしまう。
蒼のこんなに嬉しそうに笑った顔見たの久しぶりかも。
クールで落ち着いた微笑を浮かべる蒼も悔しいくらいかっこいい、って思っていたけど…。
心の底から嬉しそうに広がる満面の笑顔もまた、キラキラした魅力があって、惹きつけられてしまう。
ああもう…
笑顔くらいで、なにこんなに動揺してるのよ…。
私…どんどん蒼におちていっちゃってるよ…。
なんて思っていたら、蒼の顔がふっと真面目になった。
いつも見せるクールな表情に、私は慌てて目をそらしてしまう。
顔が真っ赤になるのを感じながら、どうにか話題をふる。
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