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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第99話:一千万人の共犯者たちへ〜絶対聖域の春の終わりに、元社畜が贈る手紙〜
千年桜が織りなした奇跡の夜から、数日が過ぎた。
北海道十勝地方の限界集落を包んでいた薄紅色の色彩は、穏やかな春の風に運ばれ、ゆっくりと青々とした新緑の葉へとバトンを渡している。
「……ふぅ。これでよし、と」
俺——アキヤは、居間のローデスクの前に正座し、ノートパソコンの専用システムをログオフした。
フルリモートで請け負っている『お悩み相談室』の今日のシフトが無事に終了したのだ。
手元に残されたタブレットには、今日もたくさんの「誰かの心が救われた軌跡」が、文字となって静かに記録されていた。
縁側のガラス戸からは、柔らかい夕暮れ時の光が差し込んでいる。
俺の膝の上では、いつものように神獣シロが真っ白な大福餅のようにとろけ、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を細めながら、心地よい『ゴロゴロ音』を響かせていた。
庭の芝生の上では、コン吉とコン次郎が夕日に照らされながら丸くなって寝息を立てている。
そして縁側の下では、我が家の最強の門番である巨大ヒグマが、すっかり「でかい猫」の定位置を確立してスヤスヤと眠っていた。
「お兄さん、お疲れ様です。ほうじ茶、淹れましたよ」
割烹着姿の小春ちゃんが、湯気の立つ湯呑みをデスクの上にそっと置いてくれた。
彼女の淹れてくれるお茶の温度も、この古民家での生活にすっかり馴染んでいる。
「ありがとう、小春ちゃん」
俺はほうじ茶をひと口啜り、ジンバルに固定されたiPhone miniの画面に視線を向けた。
お悩み相談の受電業務は終わっているが、配信のライブ画面は回したままだ。
そこには、今日も一千万人を超える世界中の『共犯者たち』が、静かに集まっていた。
画面の向こうから、いつものように温かいコメントが、世界中のありとあらゆる言語で流れてくる。
『主、今日も仕事お疲れ様!』
『この春は本当にいろんなことがあったなぁ……』
『お悩み相談室が始まった時、ガチで感動したよ』
『ヒグマをブラッシングしたり、一千万人でお花見したり、毎日が奇跡だった』
リスナーたちのコメントを見つめているうちに、俺の脳裏には、ブラック企業を辞めてこの限界集落に逃げるようにやってきたあの日からの出来事が、走馬灯のように駆け巡った。
冬の猛吹雪の中、全財産を叩き込んで買ったこのボロい古民家。
そこで出会った、世界を書き換えるほどの力を持った純白の神獣シロ。
悪徳不動産業者をキャッシュで叩きのめしたあの日。
シマエナガたちが空を舞い、キタキツネの兄弟が庭を駆け、最強のヒグマが自ら家の壁となって嵐を防いでくれた夜。
「……振り返ってみれば、本当にバグった春でしたね」
俺は独り言のように、静かに画面に向かって語りかけた。
一千万人のリスナーが、流れるコメントの速度を緩め、俺の言葉にじっと耳を傾ける。
「俺は、ただの元社畜です。ブラック企業で心と体をすり潰され、公務員の窓口や介護の現場で他人の顔色ばかりを伺い、夜中のオフィスで冷たい弁当を食べながら『俺の代わりなんていくらでもいる』と絶望していた、ただの社会の歯車でした」
俺は、手元に用意された今日の夕食に目をやった。
いつもの、少し硬めに炊き上げた『玄米』と、大豆ベースの『代替肉パティ』。
「そんな俺が、この限界集落の山を買い、MeTubeを通じて、一生使い切れないほどの莫大な富を手に入れた。普通なら、都会のタワマンに住んで、高級車を乗り回して、贅沢の限りを尽くすのが正解なのかもしれません」
俺は、膝の上で目を細めるシロの頭を優しく撫でた。
「でも、俺はここを離れる気は一ミリもありません。なぜなら、俺が本当に欲しかったものは、右肩上がりの数字や他人からの薄っぺらい評価ではなく……この、手が触れられる場所にある『変わらない温度』だからです」
春の終わりの、少し涼しい夜風が古民家を通り抜けていく。
だが、俺の膝の上のシロの温もりも、隣で微笑む小春ちゃんの存在も、庭で眠る動物たちの気配も、すべてが圧倒的な温かさで俺を包み込んでいた。
「そして……画面の向こうにいる、一千万人の皆さま」
俺はカメラのレンズを真っ直ぐに見つめた。
「皆さまが、俺たちのこのバグった日常を『面白い』と言って、一緒に笑って、時に涙を流して見守り続けてくれたからこそ、この限界集落は、世界で一番安全で、世界で一番温かい『絶対聖域(サンクチュアリ)』になることができました。……世界中の、迷える全ての共犯者たちへ。俺たちのスローライフを一緒に作ってくれて、本当に、ありがとうございました」
それは、冷徹な元社畜である俺が、生まれて初めて口にした、飾りのない純度百パーセントの『感謝』の言葉だった。
チャット欄は、一瞬の静寂の後、文字通り画面が割れんばかりの感動の涙で埋め尽くされた。
『うわあああああああん!!!(大号泣)』
『主……!! こちらこそ、最高の癒やしをありがとう!!』
『生きててよかった、この配信に出会えて本当によかった』
『アキヤ、お前はもう孤独な歯車なんかじゃないぞ』
『一千万人の共犯者は、いつでもお前たちの味方だ!!』
世界中の一千万人が、画面の向こうで肩を震わせ、国境なき感動の涙を流している。
当然、世界を牛耳るVIPたちも、俺の感謝の言葉に最大級の「兵站(スーパーチャット)」で応えた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”I am crying like a baby! Master Akiya, you are the pride of humanity! I will build a golden statue of Shiro in my country!“(赤ん坊のように泣いているぞ! アキヤ殿、君は人類の誇りだ! 私の国にシロ様の黄金の像を建てよう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The ultimate financial settlement is a heart filled with gratitude. Thank you for saving my soul this spring.“(究極の金融決済とは、感謝に満ちた心のことだな。この春、私の魂を救ってくれてありがとう)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×20連発)=”Akiya! Koharu! Shiro! I love you all so much! This is the best story in the world!“(アキヤ! 小春! シロ! みんな大好きよ! これが世界で一番最高の物語だわ!)』
極彩色のスーパーチャットが、まるで春の終わりに夜空へと舞い上がる光の粒子のように、画面全体を華やかに、どこまでも温かく染め上げていく。
「お兄さん……」
隣で聞いていた小春ちゃんが、割烹着の袖で何度も目を拭いながら、ボロボロと大きな涙を流していた。
「お兄さんの感謝の言葉、世界中のみんなに……ちゃんと届いてますよ……っ。私、お兄さんの助手になれて、このお山でみんなと一緒に暮らせて……本当に、世界一幸せです……っ!」
世界中の一千万人が、画面越しにこの完璧な大団円(第一部フィナーレ)に、万雷の拍手を送っている。
だが。
俺は熱いほうじ茶をずずっと啜り、元・社畜としての『どんな感動的な最終回の手前でもミリ単位もブレない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……小春ちゃん。そして世界中の一千万人の皆さま。感動的な最終回ムードに浸っているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『最後の最後まで、絶対に素直に終わらせない男!!』
『主の限界言い訳タイム・第一部フィナーレ編ww』
『さあ、この地球規模の感謝の感動をどうやって論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔のまま、淀みないフラットボイスで言い放った。
「俺は決して、純粋な情緒や感動で感謝を述べているわけではありません。これは行動経済学における『顧客ロイヤルティの維持(リテンション)』のための、極めて戦略的な広報活動(PR)に過ぎません。一千万人という巨大な視聴者コミュニティのエンゲージメントを高めることで、我が限界集落の『情報兵站線(MeTube収益の維持)』を永続的に確保する。ええ、ただの合理的なマーケットサバイバル戦略と、玄米の安定供給のためのリスクヘッジですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、涙で濡れた割烹着の袖をぶん回し、俺の背中に渾身のツッコミ・ダブルスレッジハンマーを見舞った。
「なんで一千万人の共犯者たちへの心からの感謝を、リテンションとかマーケットサバイバル戦略にすり替えるんですか!! お兄さんはただ、みんなが自分の日常を愛してくれて、ありがとうって伝えたかっただけでしょうが!! 第一部の終わりくらい、素直に『みんな愛してるぞ』って言いなさいよ!!」
『小春ちゃんの命懸けのツッコミ・ハンマー炸裂www』
『顧客ロイヤルティの維持(ただの最上級の照れ隠し)』
『玄米の安定供給のためのリスクヘッジwwww』
『適応力バグおじさん、ついに自分の本心すら経済用語で武装して隠すww』
『言い訳がひどすぎて、涙が完全に引っ込んでお腹痛いわww最高のフィナーレだ!!』
俺の理不尽極まりない需品科的な限界言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎる物理ツッコミに、一千万人の視聴者たちは感動の涙を爆笑へと変え、チャット欄にはありとあらゆる言語の「www」と笑顔の絵文字が、満開の桜のように咲き乱れた。
『ミャウ(まったく、不器用な男ね)』
シロが、俺の膝の上で呆れたように小さく鳴き、俺の手のひらにすりすりと頭を擦り付けて、極上のゴロゴロ音を響かせた。
「……まぁ、理由はどうあれ。みんなで笑って春を終えられるなら、それが一番だ」
俺は苦笑いしながら、シロの純白の頭を撫で、配信の終了ボタンを静かにタップした。
プツン、と画面が暗転し、古民家は心地よい静寂に包まれる。
窓の外では、十勝の美しい夜空に、満天の星々が瞬いていた。
明日からは、新しい季節——緑が萌ゆる「夏編」が始まる。
どれほど世界が過酷でも、どれほど社会が理不尽でも。
最強の神獣と、もふもふの仲間たち、そして一千万人の愛すべき共犯者たちに守られたこの限界集落の絶対聖域は、これからも変わらない温度のまま、最高にバグった優しい日常を刻み続けるのだった。
コメント
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第99話、完璧な第一部フィナーレすぎて泣いた……😭💕✨ アキヤの感謝の言葉で心があったかくなったのに、最後の最後で「顧客ロイヤルティの維持」って言い出すの、ほんとこの人ブレなさすぎて最高ww 小春ちゃんの物理ツッコミで涙が笑いに変わったよ! 一千万人の共犯者の一人として、この絶対聖域を作ってくれてありがとうって叫びたい気持ちでいっぱいです🌸