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「いや、実はその……」
かくかくしかじかで……とボソボソ報告する。
「えーーっ!! うそでしょ? 冗談だよね?」
「嘘じゃないって。ちゃんと玲奈に話してなかったから悪かったけど……」
「お金? 未央のお金目当てなの?」
「また? 違うって。今のところはお金を貸してとは言われてない」
「未央……、やったわね。あんたにも春がきたってもんよ」
玲奈は思いっきり、未央の背中を叩いた。じんじんと痛いが玲奈は顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「玲奈、ありがと」
「焦らないことね。年齢も考えるとは思うけど」
そう言われて未央はギクっとした。確かに32という年齢を考えれば、結婚、出産も頭をよぎる。
「郡司くんって、社員? バイト? そのへんもよく聞いときなよ」
確かに亮介に聞いたことはない。近いうちに聞いてみよう。だからって、別にどうかすることでもないんだけど。
亮介の仕事っぷりをみれば、一生懸命やっているのがわかる。その姿勢で仕事できるのは素晴らしいことだと未央は思っていた。だからそれほど気になっていなかったのだけれど……。
そのうちに、レッスンを終えた奈緒が休憩室に入ってきてお茶を飲み始めた。
「新田先生、おつかれさま。落ち着いたらでいいから、あしたのこと話しましょう」
「……わかりました、10分後でお願いします」
なんか元気ない? そう思ったが、未央も着替えると、手帳を持ってきて座った。「あしたのこと、みんなに連絡してくれてありがとう」
「いえ、私がきちんとしていなかったので。思ったより集まってくれそうです」
「年に一度だし、お祭りみたいなものだから。みんな楽しみにしてくれてるよ」
「……話って、あしたのことですよね。早く始めましょう」
奈緒はスッと空気を変えて未央に向き直る。攻撃されると思うのか、ずいぶんなディフェンスオーラだ。
「いや、そんなに硬くならないで。きょうチーズケーキとマフィンを作ったけどすごく美味しかったよ」
「……当たり前です。寝ずにかんがえましたから」
もうちょっとかわいく言えないのか? カチンときながらも平静を装う。
「確認なんだけど、museさんからは何品お願いされてるの」
ここで、正直に言ってくれればいいんだけど……??
「……フードひと品です」
やったーー!! よかった!! 新田先生、あんたはえらい。ありがとう。湧き上がる気持ちを抑えて、話を続けた。
「そうなんだ。じゃああのドリンクのレシピは……」
「最初は、フードとホットとアイスのドリンク三品と言われたので、そのつもりで考えました。でも話し合いに行ったら、むこうの都合でフードだけにしてくれって言われたんです。寝ずに考えたのになんか悔しくて、無理言ってドリンクもやらせてほしいって言ったんですけど……」
奈緒は下をむいている。自分で考えたレシピに愛着があるんだな。わが子みたいなものだよね。奈緒のことを人ごとに思えなかった。確かに寝ずに考えたレシピがボツになった悲しみは耐え難いものがある。
「新田先生。あのレシピ、私はどれもいいと思った。まだ試作してないのもあるけど味の想像はつく。ボツになったとしても、レシピを作った時間は、必ず役に立つよ。温めておけばまた日の目を見られるかもしれないし」
奈緒はパチンと弾かれるように顔を上げた。目に涙がたまっている。
それだけがんばったってことだよね。あなたは素晴らしい。ちょっと気合い入りすぎたんだね。
「なぐさめていただくかなくてもけっこうです」
奈緒はわかりやすくぷいっとした。ほんと、かわいくないねぇ!!
「コラボ企画は、先方ありきだから。今回はフードだけ試食しよう。あしたはカボチャのキャラメルチーズケーキ、スイートポテトマフィン、あと大学いもサンド? だっけ?」
「はい、そうです」
「試食会は13時からだよね。あさ一番にスタジオきて、ふたりで準備しよう。私、レッスン代わってもらったから」
「……ありがとうございます」
「museさんでの試食会の日程変更は伝えた?」
「はい。お盆休み明け、18日の17時からやることになりました。その日なら火曜日でスタジオも少し余裕あると思うので」
「わかった、ありがとう。私も一緒に行くね」
奈緒は嫌そうな顔をしたが、わかりましたとつぶやいて休憩室を出て行った。よっぽど私が気に入らないんだな、きっと。夜のレッスンを終えて、最寄り駅に着いたのはもう23時だった。夜のレッスンの担当のときはだいたいこのくらいになる。さすがにこの時間になると人通りも少ない。