TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

体感としては、割りと長いあいだ眠っていたように思う。


ハッと気がついた私は、めぐらない頭をのろのろと働かせ、まずは後ろを確認した。


逆立ち女の姿はない。


速度を充分じゅうぶんに落とした車が、山腹さんぷくもうけられた待避たいひスペースへと、ジャリジャリとタイヤを鳴らして踏み込んでゆく所だった。


「ちょっと休憩きゅうけい……。 みんな大丈夫?」


ハンドルから手を離し、シートにぐったりと身を沈めた慶子ちかこさんが、ルームミラー越しにそれぞれの様子を確認した。


そこで私は、車内に一人、居るべきはずの人物が見当たらないことに気づく。


「あれ、ほのっちは?」


「ここですよ?」


「うわ!?」


サンルーフからニュッと顔をのぞかせた友人に、たまらずきもつぶした。


なんでそんなトコに………。


そう思うに、「穂葉ちゃん、ちょっと降りなさい」と、慶子さんが硬い口調で言った。


とにかく、私も一度外に出ようと、シートベルトに手をかけたものの、これがなかなかはずれてくれない。


どうやら指が震えているらしい。


なんだか、身体からだ節々ふしぶしも痛いというか、重い気がする。


極度のストレスにさらされたまま、慣れない車内で寝落ちした所為せいだろうか。


「あんな危ないことしちゃダメでしょ?」


「はい………。ごめんなさい」


「穂葉さま、次は此方こなたもおともします!」


「ゆらちゃん?」


「ひぇ………?」


まごついていると、外からそんな声が聞こえてきた。


何となく、状況を飲み込めた気がする。


悪戦苦闘のすえ、ようやく自由になった私の身体からだは、なかば転がり出るようにして車外へ。


辺りを見ると、待避スペースと言うよりは、ちょっとした休憩所のようだった。


奥のほうは見晴らし台になっており、木組みの屋根が備えつけてある。


昼間は眺めの良さそうな観望地かんぼうちも、いまはひっそりと静まり返っており、虫の声がささやかに響くのみだった。


眼下には、まばらな町のあかりが点々としている。


それらをぼんやりと瞳に収めるうち、次第に頭がまわり始めた。


「ホントだよ穂葉! もう絶対あんな危ないマネ──」


「まぁ……、ほら、ケガも無かったわけだし。な?」


こちらは精一杯のいかり肩で説教に加わるタマちゃんと、それをなだめる幸介の姿が目に留まった。


「史さんと琴親さんは?」


「お? あ、そうだ! 兄やんたちは」


首をかしげた幸介は、おあつらえ向きとばかりに、しゅんとする友人ほのっちに話を振った。


彼女の行動が私の予想通りなら、それは叱られても仕方がない。


しかし幸介にしてみれば、自分の友達が実姉じっしにお説教を食らうさまは、なかなかに居たたまれないものがあったのだろう。


「あ、帰りましたよ? 先に」


程なく簡潔な応答があった。


風のように現れて、風のように立ち去るとは、まるでどこぞのヒーローみたいじゃないか。


そんな事を考えていると、彼女の手に、妙なものがぶら下げられている事に気づいた。


「ほのっち、それなに?」


「これ? これですか?」


「うん……」


ちょうど、畑から引き抜いたばかりの大根など見せつけるように、片手をぐいと持ち上げて示す。


古びた木の根っ子のようだ。


「逆立ち女ですよ、さっきの」


「え?」


彼女は自慢げな様子で、事もなげに言った。


さすがに頭が追いつかない。


「それ、逆立ち女?」


「うん。 やっぱり何かしらの、おまじないの産物みたいですね」


よくよく見ると、人間の五体を思わせる形をした、いびつな根っ子だ。


人型ひとがたとか、そういうたぐいのものだろうか。


とにかくその形状に、さっきの逆立ち女がダブって見え、背筋せすじに冷たいものがよぎった。


間もなく、ほのっちと結桜ちゃんは当の根っ子について議論を始め、頭数あたまかずをさっと数えた慶子さんは、近くの自販機へと向かった。


私たち三人は、先ほどの体験をあれこれと語り合い、“ヤバかったね?” という、シンプルかつ茫洋ぼうようとした感想に行き着いた。


その後、みんなで相談した結果、本日は近隣に宿を求めることになった。


さっきの道を戻るのは、さすがにドライバーの慶子さんに多大な負荷ふかを与えてしまう。


一同、そうおもんぱかってのことだったが、これがことのほか楽しい小旅行となった。


そして明くる日、尾羽出おわでの山道をけ、少しばかり遠回りをして帰路についた私たちは、夕方ごろだったろうか。


それぞれの家に、無事にたどり着いたという顛末てんまつである。


この出来事は、あの夏の思い出として、安閑あんかんな心の内に、本日までそっととどめてきたのだが


「………………」


ひとまずペンを置き、窓の外を見る。


静かな夜。


おりしも、世間は夏休み直中ただなかだ。


寝静まる町並みは、きっと明日も起こるだろう楽しい出来事に備えて、粛々しゅくしゅくと英気をやしなっているようだった。


「………………」


眼鏡を正し、遠景を見る。


くだんの山々は、今でも健在につらなっており、天気の良い日なら、この場所からでもはっきりと望むことができる。


もちろん、現在は夜のため、おおよその概貌がいぼうつかむことすら叶わないが。


かの逆立ち女が何者だったのか、いまだにわかっていない。


かつて、あの山で行われた何かしらのおまじないに起因きいんする、何かしらの怪異。


太古の儀式によって産み落とされたモノが、何かの拍子ひょうしに脱走し、そのまま野生化したものではなかろうかとは、友人と結桜ちゃんによるだんである。


ふと思う。


あれはやはり、人間わたしたちの恐怖心が生み出した、一種の影絵だったのではないか。


かの化け物の正体は、枯尾花かれおばなならぬ、枯れた木の根っ子だった。


ひょっとすると、あの山道を通りかかった誰かが、道端みちばたで見かけた根っ子それを、無意識のうちに人間の女と誤認ごにんしたのではないか。


ただの根っ子ならまだしも、何らかの儀式に用いられた物実ものざねだ。


些細ささいな見間違いから、あらぬモノが生じるという事も、充分じゅうぶんにありる話なのではないか。


そして、結桜ちゃんが感じた敵意。


それは他ならぬ、彼女の警戒心のあらわれではなかったか。


私たちは、暗闇を恐れるあまり、たびたび心の内外ないがい暗鬼あんきを見てしまう。


一巡の盛衰せいすいて、たしかに人里ひとざとは明るくなった。


しかしながら、まだまだ夜の暗がりが目立つことも事実だ。


もちろん、これは世のことわりであって、いくら抗弁こうべんを加えようと、人間わたしたちにはくつがえしようのない事柄である。


昼と夜は相容あいいれず、光と闇の共生きょうせいなど、


「………………」


ものを書く身として、またぞろ悪いくせが出た。


物事を誇張的こちょうてきとらえようとするのは、私たち書き手のつねだ。


今日はもう寝よう。


夏の夜気は、無闇に筆を走らせる。


これ以上机に向かっても、取るに足りない文面が生まれるだけ。


そう思い至った私は、のろのろと着替えを済ませ、ベッドにもぐり込むことにした。


その時である。


「待っとうせ…………」


たちまち背筋が凍った。


聞きまちがいじゃない。

この作品はいかがでしたか?

10

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚