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得体の知れない生物、化物が、自分の家にズカズカと上がり込み、平和な休日をぶち壊し、理不尽な暴力が大切な存在に振るわれているのだ。
刹那(せつな)、コユキはその少し腐った脳漿(のうしょう)で考える。
――――おばさんが少しは戦えていたようだな…… ならば、いちかばちか参戦するか?
それとも!
――――大声でご近所に助けを呼ぶか? 自営の農家ばかりだからこの時間だったら誰か居るだろうし……
それとも、それとも!
――――ここ三年くらい詐欺の受信用と、朝昼晩の食事アラームにしか使っていない携帯を部屋に取りに戻り警察に連絡する? か? 一番安全策だとは思うが……
瞬時に駆け巡る色々なアイデア。
詰め込みだけの勉強はしてきたコユキは頭は悪くない、むしろ良い方であった。
…………
そして、コユキの腐りかけの灰色の脳細胞は、最適解を導き出し、思考を停止した。
――――まぁ、一旦部屋に戻るか? ……だな ……寝て起きれば解決しているかもしれないしな、うん! そうしよう!
はあぁ、馬鹿の選択だ、その手の逃避で物事が解決するなんて事、滅多に起こらない。
そういうご都合主義だから肉をこれでもかっ! と体に貯められたのだ。
しかし、決めるのはコユキ本人だ。
決めてしまったのなら仕方が無い。
くるりと向きを変え、音を立てないように、そろ~りそろ~りと玄関に戻る途中……
コユキの巨大な尻が当たったスリッパラックが、思いのほか大きな音をたてて倒れた。
ガタッ! ガタンッッッ!
――――ぎぃやぁぁぁああ! 気付かれるじゃないのよ~! やっぱ狭いんだよぉ!
振り向いて確認することも恐ろしい、嫌だ。
でも…… あのバケモノってば案外知能が低そうだったから気が付いていないかもしれない、いや、きっと大丈夫だろう!
そう思い、一応念のためにそぉーっとそぉーっと振り返ると……
目の前にあの巨大なバケモノの顔があった。
しかも近い、顔と顔との間が数センチだ。
「ひぃっ!」
近い、でかい、怖い、動けない。
あまりの恐怖でコユキのヤバ目の臭いを放つ脳細胞がまた少しづつ動き始める。
動物? 角が生えている! 漫画で見たヤギ頭の悪魔みたいだ。
片手に巨大な鎌を持っていて、死神にも見える。
目に光は無く暗い穴がぽかんと二つあいていて、体はムキムキマッチョだ。
むむむ、割といい体してる…… じゃなくてっ!
え? あたし死ぬの? マジで?
いや、いけるか? も、しれない?
この鎌が振り下ろされたら真っ二つだろうけど…… なんとか生きて……
いやいやいや、絶っ対っ死ぬっ!
終わりだ……
ああぁ、冷蔵庫のプリン食べとけば良かった……
カツミ、マサヤ、そしてナガチカ……
今までありがとう…… そして、さようなら……
諦観(ていかん)の念が沸き起こるのを感じていると、バケモノが顔を近づけたまま口を開いた。
『……お嬢さん、お嬢さん、なのか? まぁよい! 貴様の魂も贄にしてく、くっ、クサイっ!』
うだる暑さの中、足指マウスを駆使して己の歪(イビツ)な精神的充足感と肉体の感受性をめいっぱい高めるための修行タイムの結果……
その身に纏った(まとった)あまりにも濃厚なヴェール……
目の前のヤギ頭にはそれが高い術式の防御壁に感じられ、コユキの顔から目を逸らした瞬間、
『ぶべぇっ!』
苦悶(くもん)の声を上げて吹っ飛ばされるのであった。
バゴッという鈍い音とともに巨大なバケモノの体は床に転がっていた。
その衝撃で手にしていた鎌はバケモノの手から離れ壁に突き刺さった。
コユキがキレてヤギ頭の横っ面を平手打ちしたのだった。
恐怖よりも先に怒りが上回ってしまったようだ。
「あっ! ……ご、ごめんっ! つ、つい!」
――――しまった、アタシとした事が、はしたなくも手を出してしまった…… ん? んっ! 家の中も皆もこんな状態で…… 謝ることないか!
「……ちょっと! あんたっっ! 勝手に人ん家に上がり込んでうちの家族に何してくれんのよっ!」
言ってみたら案外普通に話せた、よしっ!
「そのうえ初対面のレディーに向かってクサイとか失礼すぎるでしょ! だから」
そこで右手の人差し指をビシっと化け物に向けて言い放った。
「さっきの謝罪は取り消させてもらうわっ!」
平穏な日常を赤の他人(人?)に荒され、家族が襲われたうえに文句まで言われるとは我慢ならなかった。
しかもこんな誰もが振り返る豊満な美女に向かってである。
失礼極まりない。
コユキの家は農家で、子供の頃から収穫の手伝いなどしていたため力だけは無駄に強かった。
おまけに今現在の体重は八十三キロとちょっと重めだ。
その重さをうまいこと手に乗せる事が出来たし、入りの角度もバッチリだったようだ。
昔からコユキがキレると誰の手にも負えなかったので、家族は腫れ物に触るように接していたほどの狂暴性も持っていたのである。
『ぐぐぅぅッ…… きっ、貴様あぁぁぁぁぁ!』
「っ! ひっ、キモワル!」
バケモノは即座に起き上がって来たが、膝に来ているようで少しフラついていた。
更に良いのが入った下顎が不自然に横を向いたままだ。
その状態でもかなり頭に来ていたのだろう、怒り満面で飛び掛ってくる。
凄く不気味で気持ち悪い。
プスリっ!
コユキは思わず手にしていたかぎ棒で、迫るバケモノの胸あたりを力任せに突くのであった。
触りたいとは思わなかったからだが、次の瞬間、肉を貫く何とも言えない感触が手に伝わって来てこちらも中々気色が悪いものだ。
『グギャアアァァッッ! まっ、まさかぁ、き、貴様ぁぁ! せ、聖女かぁ? ウウゥッグゥゥッ……』
「ああっっ! ごめんっ! 大丈夫? でも、あんたがいきなり飛びかかってくるからぁ!」