「……ッ」
「ちょっと、もう、何やってるの」
ラヴァインは、ベッドの上で眠っている彼、すなわち、あの日負傷して目覚めないグランツ・グロリアスに手を伸ばしたところで、何らかの力で弾かれた手をさすっていた。私も一瞬何が起ったのか理解できなかったが、触れられることを拒絶するように、グランツに手を伸ばした瞬間、バチッとスパークしたのだ。私が触れたときはなんともなかったのに。
「……凄くいたかった」
「というか、眠っている人に触れようとしたのがダメなんでしょ。バチ当たったんだわ」
「……」
「てか、何で触れようとしたのよ。アンタには関係無いでしょうが」
と、私は、今すぐにでも此奴をこの部屋から追い出したい一心だった。まだ、完全にグランツを護衛に戻していないとはいえ、自分の従者がこんな状態なのを魅せたくないと思ってしまったからだ。
少なからず、私の中には、主としての上に立つ物としての覚悟というか、心構えというか、色々あるわけで。いつも守られているからこそ、守りたいとか、そういうのもあったのだ。
で、此奴が何でグランツに触れようとしたかは、全く分からない。
「綺麗だったから?」
「はあ?」
「此奴のこと知ってる気がしたんだ。見たことある。多分、えっと……ラジエルダ王国の第二皇子グランツ・グロリアス」
「……何で、知ってんの」
「まあ、色々と」
と、ラヴァインは言葉を濁した。
グランツは知っていて、アルベドは覚えていないって、兄としてアルベドが泣くんじゃ無いかとも思った。ラヴァインの記憶喪失がどのような物なのかは、私も分からない。でも、グランツだけ知っているのは妙だ。
(てか、綺麗だから触ろうとしたって、変態じゃん。そういう趣味あったの?)
リュシオルが聞いたら喜びそうだと思ったけど、多分そういう意味じゃない。ああ、でも、リュシオルだったら、何でも妄想で都合の良いように変換するから、必要なのはそういう餌、土台だけだろう。
リュシオルの事はさておき、ラヴァインがグランツに興味を示したのは意外だった。グランツは、レイ公爵家……アルベドを恨んでいたから。それで、当の本人であるアルベドはグランツの事を気にかけていた。アルベドって、思った以上に色んな人のこと気にかけているのでは無いかと、今更ながらに気づいた。兄属性という奴だろうか。面倒見の良い兄貴分。
まあ、それはさておいて。
「もう、いいから、さっさと部屋から出て」
「何でよ。もっと見させてよ」
「見世物じゃないわよ。グランツは」
「てかさあ、何でこんなにボロボロなの?俺達が騒いでもおきないっぽいし?何かあったの?」
と、ラヴァインは悪気なく言う。
ラヴァインは記憶喪失で、この間の事なんて、もっとその前のことも覚えていないんだけど、最近の事なんてもっと覚えていないのだろう。何でこうなったとか、と言うか、此奴ら、ラヴァインとグランツって共闘していたよね? とかも私の方が思い出した。
だからか、ラヴァインはグランツに興味を持ったのかも知れない。
(何かあったのかも知れない。でも、ラヴァインは覚えていないし、グランツも眠っているしで、何も聞けない)
グランツが、闇落ちしたトワイライト側についているとき何があったのかとか。その時、どんな経緯で、ラヴァインと知りあったのかとか。
グランツは、アルベドの事は嫌っていたけれど、ラヴァインのことは大丈夫だったのかも気になる。何にしろ、情報は得られない。情報を聞き出したい二人がこれだから。
はあ……と、ため息をつけば、ラヴァインに肩を叩かれる。
「何よ」
「グランツ・グロリアスが目覚めないのが気がかりなのかなあーとか思って。元気出しなよって意味で」
「別に元気よ……違うわ。アンタのせいで疲れた」
「何で?」
「自分の胸に手を当てて考えなさいよ」
私がそう言うと、目の前でそれを実践し始める物だから、危うく吹きかけた。本当にやる奴があるかと、目尻に涙がたまっていく。
「そんなに笑えるなら、大丈夫そうだね」
「アンタが変なことするからよ」
「エトワールが笑ってくれるの、俺嬉しいな……笑顔が似合う」
「口説いてんの」
「それは、好きに捉えてくれて良いよ。いったじゃん。俺、エトワールの顔が好みだって」
「好みなのは、顔だけ」
「うん?今のところはね。でも、エトワールが、俺にもっと色んな表情見せてくれたら、もっと好きになるかも」
と、私の髪を救い上げて、そこにキスを落とす。
ああ、此奴もキザか。こういうの息を吸うように出来る人種なんだな、と私は改めて、ゾッとした。これが、普通なのかも知れないし、そういうのをやられて嬉しいきゃーとかいう人もいるだろうけど、相手が相手だった。此奴の嫌なところを知っているせいで、好きになれないし、ときめかない。
可哀相な私。
「やめて」
「そーだね、またあの嫉妬ましましな皇太子殿下に何言われるか分かったもんじゃないもんね」
「分かってるなら、初めからやらないで」
冷やかしているのか、笑い話にしようとしているのか。どっちにしても、からかっているようにしか見えなかった。記憶が無くてもウザいのは確定だった。
ああ、何で此奴が記憶喪失なんだろう。
記憶喪失のせいで、前よりも、何倍も幼く見えてしまう。もっと記憶があった頃は、策士だったというか、腹黒なのは変わりないけど、知的だったというか。
でも、こっちの方が面倒くさいけど、可愛らしくはあった。手のかかりすぎる弟という感じで。
(私の妹は、トワイライトだけで良いの。弟までいらない!)
それに、ラヴァインは私の弟じゃなくて、アルベドの弟な訳だし。でも、その兄兼保護者がむかえに来ないから、私がこうして面倒見ているわけで。
ラヴァインは私を見て、楽しそうに笑っている。私は何も笑えないのに、人の顔見て嗤っている此奴の神経はどうなっているんだと。
(何言っても無駄だとは分かってるけど)
そんなことを思いながら、まだこの部屋にいたんだということを思い出し、私はラヴァインを外に連れ出そうとした。いくら、意識ないからと言って、ここで争うわけにはいかないと。
「早く出ましょ」
「さっき、思ったんだけどさ」
「まだ何?外に出てからでも良いじゃない」
そういったのだが、ラヴァインは止らず、またグランツに手を伸ばしていた。そして、先ほどと同じようにバチッと嫌な音が響く。
「ちょちょちょ、何やってんの」
「矢っ張り……」
「何が!?」
何が矢っ張りなのか。矢っ張りなら、何でやったのか、気になって仕方なかった。音を聞く限り、かなり痛いだろうし、あれって、でも何処かで聞いたことある音と現象なんじゃ無いかと思った。
「反発?闇魔法と、光魔法の」
「正解。エトワールでもそれ知ってるんだ」
「当たり前でしょ。それは、アンタの兄に……
「兄?」
「何でもないわよ。それで、何でグランツは眠ってるのに……そもそも、グランツには魔力なんてないわよ」
「魔力のない人間なんていないよ」
と、ラヴァインは間髪入れずにいった。
確かに、魔力がゼロというわけではない。少なからずあるが、魔法が使える程度の魔力がないという意味だ。魔力は基本的に皆身体を維持するために必要な生命エネルギーでもあるし。魔法が使えるか使えないかは別として。生物には全て含まれているわけで。
でも、反発が起きるほどグランツは魔力を持っていないはずなのだ。
「魔力を持っていないわけ無いじゃん。だって、グランツ・グロリアスはラジエルダ王国の第二皇子だよ?」
「でも、本当にないって言ってたの。ユニーク魔法は使えても」
「ユニーク魔法ねえ……まあ、それがどんな物かは俺には分からないけど、ユニーク魔法が使えるなら尚更あるよ。それに、結構な魔力が」
「え……」
じゃあ、これまで魔力がないって言っていたのは嘘っていうこと?
と、眠っているのに、グランツに冷たい目を向けてしまった。グランツは嘘や、偽り、無反応を貫いてきた。でも、忠誠心がなかったわけじゃないし、それは高い方だった。アルバがいうには、自分に並ぶぐらいだと。
だからこそ、主を……自分で言うのもあれだけど、私を守ろうとしてくれていた気持ちはあったわけで、私のピンチを何度も救ってくれていて。でも、そのピンチの時、魔法は使わなかったのだ。てっきり、使えないものだと思っていた。
「あーでも、そうか」
「何がよ。一人で完結させないで」
「いや、思ったんだ。使えないっていっていたの、確かにそうか持って思って。こういう、魔力を持つ本体が眠っている時って、本人の魔力が一層増幅するんだよ。生命を維持するために。だから、こうなったのかなあって……まあ、魔力は命に関わる物だけどさ、感情によって起伏するものでもあるから。何て言ったら良いかな」
と、ラヴァインは考える。
ああ、つまり、今グランツは戦っているんだと。生きる為に。それで、自分の敵、光と闇、光魔法の天敵である闇魔法のラヴァインを弾いたと。そういうことなのだろう。
「分かったわ。原理は分かったし、理由も分かったから。取り敢えず、外に出よう」
「仕方ないなあ」
私がラヴァインの背中を押せば、今度はあっさりと、ラヴァインはしたがってくれた。初めからこうしてくれれば良いものの、世話が焼けると、私は、まだ起きないグランツを横目で見ながら部屋を出た。
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