ホテルのロビーを抜け、夜風を浴びる。
(……冷たっ)
ほんの少し肌寒いくらいの風が、熱を持った頬を冷やしてくれる。
歩いて数分の場所にあるコンビニに向かいながら、さっきの自分の動揺を振り返る。
(こんなことで、いちいちドキドキしてどうすんだよ)
そう思うけど、普段見慣れたはずの人の違う一面を見たとき、心が揺れるのは仕方のないことなのかもしれない。
店の自動ドアが開き、冷えた空気が流れてくる。
無意識に、お酒のコーナーへ足を向けた。
(……ちょっとだけ、飲むか)
軽く酔えば、余計なことを考えなくて済むかもしれない。
缶ビールとチューハイを数本手に取り、レジへと向かった。
◆ シャワー上がりの岩本くんと、缶を開ける音
コンビニの袋を片手に持ち、部屋のドアを開ける。
「ただいま……」
ぼそっと呟いた瞬間、動きが止まった。
ちょうどシャワーを終えた岩本くんが、バスタオルで髪を拭きながら、ベッドの横でストレッチをしていた。
濡れた髪が首筋に張り付いていて、Tシャツの襟元は少し開いている。
(……やば、)
「おかえり」
岩本くんは何も気にしていない様子で、軽く挨拶をする。
「……あ、うん」
何でもないふりをしようとして、声が少し裏返った。
ごまかすように、手に持っていた缶ビールを開ける。
「お前、酒買ってきたの?」
「……うん、ちょっと飲もうかと思って」
できるだけ普通に答えたつもりだったけど、心の中はそれどころじゃない。
さっきコンビニに出たのは、動揺を落ち着かせるためだったのに——
戻ってきた瞬間に、それを軽く超えてくる破壊力。
(もう、考えたくねぇ……)
カシュッ。
缶を開ける音が静かな部屋に響く。
そして、俺は言葉を発する間もなく、そのまま一気に飲み干した。
「……おい、いきなりそんなに飲んで大丈夫か?」
岩本くんが怪訝そうにこっちを見る。
「だ、大丈夫っ……」
(いや、全然大丈夫じゃない)
酔いたいわけじゃなかった。
でも、このまま冷静でいられる自信がなかった。
一気に飲み込んだビールの冷たさが喉を通り過ぎる。
でも、それでも胸の熱さは消えないまま——。
「……ぷはっ」
最初の缶ビールを一気に飲み干して、間髪入れずに次の缶を手に取った。
「おいおい、ちょっとペース早くない?」
「……大丈夫っ、だから」
そう言いながら、プルタブを開けてまた一口。
冷たいはずのビールが、妙に熱を帯びて感じる。
何も考えたくなかった。
これ以上、岩本くんにドキドキしたくなかった。
(……もうとっくに酔ってる気がする)
なのに、手は止まらない。
チューハイも開けて、さらに流し込む。
気づけば、コンビニ袋の中はほぼ空になっていた。
「……目黒、ほんとに大丈夫か?」
「……大丈夫じゃ、ないっ……」
「は?」
岩本くんが眉をひそめるのをぼんやり見ながら、ゴロンとベッドに倒れ込んだ。
頭がぼんやりして、気持ちもふわふわしている。
なぜか無性に悲しくなった。
「……なんで……」
「……?」
「なんで、こんなにしんどいんだろ……」
「目黒?どうした?」
「わかんない……でも、ずっと、ずっと……」
言葉がまとまらない。
だけど、胸の奥がギュッと締め付けられる感覚だけははっきりしていた。
「俺、もっと……もっと、ちゃんとしたかったのに……」
「だから、何が?」
「わかんないっ……」
岩本くんが困惑しているのはわかる。
でも、止まらなかった。
「なんか、頑張っても……どうにもならないことって、あるんだね……」
「……そりゃまあ、あるけど」
「俺、バカだから……わかんないよっ……」
そう言いながら、目からポロリと涙がこぼれた。
(あれ、なんで俺、泣いてんの……?)
自分でも理由がわからないまま、涙だけが止まらなかった。
「おいおい、マジで大丈夫か?」
「……岩本くん……」
「ん?」
「岩本くんって、すげぇなぁ……」
「何が?」
「……なんか、全部ちゃんとしてる……ずるいっ……」
意味不明なことを口走っている自覚はあった。
でも、もう止まらない。
「俺、もっと、うまくやりたいのに……」
「……そっか」
「でも、うまくできない……」
「……」
「俺……もっとうまく……」
そこまで言ったところで、意識がふっと遠のいていく。
「……ったく」
最後に聞こえたのは、岩本くんの呆れたような声だった。
そして、そのまま、眠りに落ちた——。
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どきどき