「へ、へれ…?なんですか?」
「ヘレディタリー。日本語に治すと『遺伝性』、『世襲の』って意味合いになる。 」
そうなんですね。と葉鐘は納得した。
「で、でもどうして…?何かこの絵と関係が…?」
「あるのかもな。この絵の出処と共に、遺体の身元特定を急ぐぞ。」
「は、はい!」
「ヘレディタリー…何か意味合いでもあるんですかね?」
「さぁな。ただ、この意味から考えるに、何かしら家庭内トラブルの可能性もあるな。」
「遺産相続とか、金銭トラブルとかですかね?」
「あぁ。その辺りの可能性が高そうだ。身元を特定してみよう。」
浪川巡査部長はそう言うと写真を数枚撮ったあと、現場を立ち去る。
俺も浪川巡査部長の後に続き、現場を去った。
15:30頃、警察署内
「聴取終わったか。」
「はい。終わりました。」
「こちらもちょうど終わったところだ。」
事務室に戻ると、仲山巡査長が座って作業をしていた。聴取が終わり、データを大体集め終わった頃なのだろう。メモと睨めっこしている所が見えた。
「どうだった?」
「えっと…まず最初にトイレにあった遺体を発見した男性からです」
峰川新造の証言
「遺体を見つけた…との事ですが、目的は御手洗…ですよね?」
「…君はお手洗い以外にトイレに行く理由でもあるのか?」
「そうですよね…すみません」
峰川新造はそう発言すると共に大きなため息をついた。
彼の名は峰川新造(みねかわ しんぞう)漫画家。取材のため美術館に訪れたという。
「取材のため…と言っておりましたが、具体的にはなんの取材で…?」
「…漫画の構想を練るために取材に来ていた。絵画やアートにしか得られない物があるのだよ。例えば…君は漫画や小説は好きか?」
「ええ…まあ好きです」
「君が漫画や小説を読む時、面白いと思うと瞬間ってなんだと思う?」
そう言いながら俺に指を指してくる。これ、俺が事情聴取されてるのか?
「えっと…展開が変わる瞬間とか…?」
あまり刺激したくないので、なるべく当たり障りの無い発言をした。
「…まあ、そうだろうな。その通りだ。だが、もっと大切な事だ。わかるか?」
「わからないです…」
峰川は少しはにかみながら問う。
話がだいぶズレてる…こっちはさっさと終わらせて捜査を進めたいというのに…めんどくさい。
「大切な事はな、読者に想像も出来ないような話を作る事なのだよ。どこにでもある様な話は作らん。なぜなら何処にでもあるからな。」
語り始めた。いつまで続くんだこれは…
「はあ…」
「芸術にはそれがある。誰にも想像出来ないような、その人の脳内にしかない物があるのだよ。それを見に来た。」
「だからトイレで変遺体を見つけた時、正直嬉しかった。」
「!!」
思わず目を見開いた。今、嬉しかったって?
「…どういう意味でしょうか?」
峰川はこちらをチラリと目で見ると、にやけながら
「あれは恐らく一種の芸術だ。四肢を切断し、トイレに放置、そしてヘレディタリーという文字。」
「何かを継承しようとしているメッセージに違いないのだ。」
「力…言わば”呪い”か?何か犠牲を持って何かを復活させようとしているのだろう」
「だからこそ、あの絵画に目を付けたかいがあったものだ。」
「…どういう事ですか?」
峰川は水を飲み、一呼吸置くと、口を開いた。
「あの絵画…『赫黒呪』を美術館に提供したのは私だ。」
「…一体なぜ? 」
「あの絵画は、作者不明、何処で描かれたものなのかも不明なのだ。ただし、タイトルだけは付いていた。」
「ただこれは絵画や昔のアートなら何処にでもある話だ。私が目を付けたのはこの絵画が呪われているという点だよ。」
「呪われている?」
バカバカしいと思った。そんな事、あるハズない。ただ、この人は嘘を言っていない。それだけはわかった。
「そう。馬鹿げていると思ったが、何せ見つかった場所がとある100年以上開けていない古小屋の中に入っていたというのだから。それだけじゃない、これを所持していた人は全員不慮の事故で亡くなっているという噂まである。」
「それで…?提供した理由になっているとは思いませんが…」
「…まあ、この絵画を300万で買ったのはいいが何も起こらなくてね。その噂が嘘だと分かったから提供したのさ。だが恐らくこの絵画を神格化、崇拝している者が居るのだろう。だからこの絵画を盗もうとした。だが取り合いになったか、元々この絵画を崇拝していたやつに目を付けられたのかは知らんが殺されたのだろうな。以上、私が喋れることはこれだけだ。あとは監視カメラを見ればわかるだろう。」
「…そうですね。ありがとうございました。」
「いや、私の方こそ感謝している。こんな経験は中々ないからね。いい経験になったよ。」
「…そうですか。」
少し呆れながらも、聴取室から立ち去ろうと立ち上がり、ドアに手をかけたその時。
「…気を付けた方がいい。」
峰川はそう発言した。
「…なぜ?」
「あの絵画が原因で事件が起きている事は確実だろう?捜査の為にあの絵を押収しているのなら、狙われる可能性だって十分にある。監視カメラを気にせずあんな狂った事をする奴だ。何されるかわからん。」
「そうですね。ありがとうございます。」
「…そうだ。また何かあったら連絡をくれ。私もあの絵について何か分かれば連絡をしたい。」
「…分かりました。」
そう言ってお互いの連絡先を交換した。
「そうか、私の方も聴取はしてみたが、特に進展は無さそうだ。ただ観光に来た人達だけの様だ。」
溜め息を混じえながら言うと、再度メモと向き合う。
「浪川巡査部長から聞いたのだが、1人怪しい人物が居たらしい。」
「…!どんな人物ですか?」
仲山巡査長はこちらを向くと、メモを見ながら
「名前はジョン・ウィッチ34歳。職業は船の操縦士で、長期休暇で日本に観光へ来たらしい。」
「はい。」
「まあ、一見普通の観光客に見えるのだが、どこか挙動不審だったようだ。」
「…というと?」
「何かに怯えていたり、視線が合わなかったり、声や音に異常に敏感になっている。」
「…そいつが犯人の可能性があるという事ですかね。」
「…まあこれだけ見ればな。監視カメラを見れば全て分かるだろうが…」
そう発言し、少し間を置くと再度口を開いた。
「だが、犯人は複数人居るだろうな。1人であの方法で2人も殺せるわけが無い。 」
「監視カメラを見てみましょう。」
「ああ、私は証言者の情報をもう少しまとめる。」
俺は帽子を外し、軽くお辞儀をすると部屋から出た。
20:30 警察署内
「もう少し…」
俺は今日起きた事をデータにまとめるため、パソコンに向き合っている。もういっその事パソコンと結婚しようかな、と呟いても誰もツッコミを入れてくれない。誰もいない部屋に一人寂しくデータを打ち込んでいると
「お、お疲れ様です…」
葉鐘巡査が扉から顔だけを出すようにして挨拶をしてきた。
「葉鐘、お疲れ様。もう仕事は終わったか。」
「はい!大体終わりました!」
「そうか、何か分かった?」
「いいえ…それが何もわからなくて…あ!でも1個だけみつけたの!」
少しの間下を向いたあと、何か閃いたかのように目を少し見開き、こちらに顔を近づけてきた。
…近い。同期なんだし「お互いタメ口でいかない?」と提案したのだが、結果距離感が近くなり、敬語混じりのタメ口になってしまった。
「えっと…不知身さん?」
「あぁ、それで、みつけたとこってのは?」
「えっとですね…」
そう言いながらファイルを開き、ペラペラと1枚ずつめくっていく。
「これです!」
めくった手を止め、俺に再度近づき、ファイルの中の写真に指を指す。
「えっと…?ただの絵画の裏面にしかみえないけど…」
「よくみてください!ここ、何か書かれたような筆跡があるんですが、消されてるんです!」
「なるほど…?」
「これさえ分かれば、何かしら近づけるはずです!」
キラキラした目でこちらを見てくる。…眩しい。
「なるほど、詳しく調べてみよう。流石だな。」
「でしょ!えへへ…」
褒められて嬉しかったのか、下を向きながら笑っている。
えへへって何だ。漫画でしか聞かないぞ。
まぁ、これも葉鐘の個性で可愛い所か、と心の中で納得しながら、再度パソコンに向き合った。
「それじゃあ、失礼します。 」
「ああ、お疲れ様。」
…ん?
葉鐘が俺の隣に座っている。帰るから失礼しますじゃ無かったのか?
隣に座った葉鐘に目を向ける。何故か我が物顔でこちらの作業をじっと見ている。
「…?どうしました?」
首を傾げながら、不思議そうな顔をしてこちらを見つめる。
…こっちのセリフだよ。
「…えっと…どうした?もう帰るんじゃないの?」
「…あ、いや、せっかくだし、一緒に帰ろうかなって…」
「あー、なるほど。分かった、もう少し待ってて、もう少しで終わるから。」
「はい!待ってますね!」
その場の雰囲気で了承してしまった。そもそも今日は帰れるかも分からないのに…
21:30 外
「終わったー…」
「お疲れ様です!」
「いやーありがとね。葉鐘のおかげですぐ終わったよ。」
「いやいや!全然私なんて…」
手を開き、横に振りながら、こちらこそ、お邪魔してすみませんでした。と謝ってきた。
「いやいや、助かったし、大丈夫だよ。そうだ、ご飯でも食べに行かないか。奢るよ。」
「え!そんな悪いですよ!……中華がいいです。」
「ははっ、じゃあ中華にしよう。」
遠慮しているのか分からない葉鐘の発言に少し面白がりながらも、中華料理店に入る事にした。
………ただ葉鐘が意外にも食欲旺盛なおかげで、中華料理のチェーン店で会計が1万円を超えることになるのはまた別のお話。
続く
コメント
1件
一応最終回まで構想は練ってますが飽きたり伸びが悪かったら多分辞めます