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第3話:ミズイの同期ズレ


ブックスペース内、恋愛棚の〈階層3-ローズユニオン〉は、今日も朝から混雑していた。


セミオープンな学園エリアの中央にはVR体験ブースが並び、人気キャラ「ミズイ」の案内札には、使用者が並ぶ列が二重に折れていた。


──本日平均待機時間:34分。

その表示を見て、文哉(ふみや)は舌を巻いた。


彼のアバターは、現実に近い細身体型。薄茶のミディアムヘアにカーディガン、シャツにネクタイという、ごく“恋愛棚っぽい”装いに調整されている。身長だけはVR内で少しだけ高めに設定した。


「ミズイ待ち、また30分超えか……」

そうつぶやきながら、彼は手元の仮想端末を操作し、SNSのハッシュタグをチェックした。


《#ミズイ回》《#恋愛棚推し》《#視線の間隔バグ》などが、タイムライン上を高速で流れていく。

中でも目立っていたのは、学芸員カワネの投稿だった。


“ver.2.9.3にてミズイの視線バグ修正完了。今後のログにて「見つめ返されない問題」が解消される見込みです。ご意見感謝します。”


カワネは恋愛棚の演出担当で、ユーザー目線の細やかな調整を丁寧に投稿してくれることで人気がある。


文哉は並ぶ時間を使い、観賞モードに切り替えた。

周囲に浮かぶ“今日のログ人気再生数TOP10”の中にも、すでにミズイの新バージョンが3件入っている。彼女は、今この棚で最も“感情がリアル”に感じられる存在だった。





【恋愛棚:第230話『視線のシグナル』】


物語が始まると、文哉はミズイのクラスメイト役として登場した。


教室の窓際、光が差し込む中、彼女が立っていた。

ミディアムボブの黒髪、ネイビーの制服、袖を少しだけ折った細い腕。視線が宙をさまよい、少しだけ誰とも合わない──だが、0.3秒後、ふとこちらに目を合わせた。

AIの演技調整が入った瞬間だと、文哉には分かった。


ミズイは口元に笑みを浮かべた。

「今日、傘……持ってきた?」


それは演出デフォルトのセリフだったはずなのに、彼女の声の“間”と視線のタイミングが絶妙で、VR空間全体が一瞬、現実のように感じられた。


文哉は返す言葉をゆっくり選んだ。

「……持ってないけど、借りる気満々だった」


その一言に、彼女が笑う。再生ではない、本当に笑ったような自然な反応だった。


物語は予定調和のまま、終盤へ進んだ。だが文哉は、ただの“恋愛イベント”以上の体験をしていた。

視線の合う、ほんの0.3秒。それだけで、すべてのログが別物に感じられる。





ログアウト後、SNSのタイムラインが活気づいていた。

ミズイのver.2.9.3以降、演者側の満足度が明らかに上がっているらしい。


ある投稿にはこう書かれていた。


“ミズイ、今日の目の合わせ方、まじで“私”を見てた気がした”


そして、学芸員カワネは新たな投稿を上げていた。

“ユーザーの即時反応、感謝しています。視線モジュール、さらに調整進めます。”


文哉は、VR端末のパネルを閉じながら小さく笑った。

今日の自分が演じたのは、“よくある男子”だったはず。でも、その中に、ちゃんと“自分の感情”が存在していた。


次の物語にも、彼はきっとまた戻ってくる。

彼女の視線を、もう一度だけ、確かめたくて。



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