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第4話:バカキャラで世界を救えますか?
グレーとうるさい赤のラインが描かれた、コメディ棚のゲート前。
アバターのデザインは派手すぎるほど自由で、空中に浮かぶ掲示板には「ギャグ重視」「脱線歓迎」「シリアス回復オプションあり」などのタグが踊っていた。
市ノ瀬マキは、初めてコメディ棚にログインした。
彼女のアバターは現実の自分に近く、身長160cm、黒髪をお団子でまとめ、Tシャツにチェックのシャツを羽織っていた。全体的にゆるく、どこにも尖っていない見た目だった。
今日の目的はただひとつ。
どん底パンチョを演じてみること。
パンチョは、バカキャラ枠の中でも異色の存在だった。
サングラスにリーゼント、学ラン風のスーツ、常に木刀を背負い、意味不明な必殺技名を叫ぶ。にもかかわらず、彼が出る回は「予想外に泣けた」「人間くさすぎて好き」と話題になることが多かった。
SNSでは今もパンチョ関連のタグが並んでいる。
《#パンチョで泣いた》《#あいつだけ演技ガチ》《#実は裏設定ある説》
そして、学芸員タジマの新しいポストも話題になっていた。
タジマはコメディ棚の担当で、キャラの“バカさ”と“深み”のバランスをとることで有名だ。彼は今回、パンチョの台詞パターンをランダム演出化し、“思わず響く”瞬間が偶発的に生まれる仕掛けを導入したという。
市ノ瀬マキは、それを体験するためにパンチョを選んだ。
【コメディ棚:第281話『屋上で待ってる奴がいた』】
ログインした瞬間、彼女の身体はどん底パンチョになった。
サングラスは顔にめり込み気味。リーゼントはやたらデカくて風に揺れる。学ランの胸ポケットには無意味なバッジが光り、背中には謎の筆文字「爆流愛」が走っている。
手に持つ木刀の質感だけが妙にリアルだった。
パンチョのシナリオはいつも無茶苦茶だ。
今回も、恋愛棚から越境してきたキャラを“謎の屋上バトル”に誘う、という筋書き。
出てきたのは、正統派イケメン男子キャラ。整った顔立ちに、シャツとグレーのカーディガン。彼のAIは恋愛棚の文法で動いているため、パンチョの言動には戸惑いしかない。
「待ってたぜ……この屋上で、おまえの涙が風に変わる日をな……ッ!」
マキが口にしたセリフに、自分で吹きそうになった。
でも、観客モードからは笑いの反応ではなく、むしろ「そのまま続けてほしい」というエモ系コメントが増えていた。
パンチョは、バカを真剣にやるほど深みが出る。
それをマキは体で理解していた。
最後には、イケメンAIキャラが「……おまえ、案外、いい奴だな」と呟き、シナリオは強引に“友情成立”エンドへと収束した。
コメディ棚ではよくある“反則的感動”の流れだが、観賞者たちは素直にその熱量を受け取っていた。
物語が終わると同時に、学芸員タジマのログが更新された。
今回の演者ログは予定外の分岐を含み、「即興型友情成立イベント」として保存対象になったと告げられた。
マキは、ログアウトしてからも少し笑いが止まらなかった。
そして、ふと思った。
このバカキャラは、自分が真面目にやったときにこそ、物語になる。
それって、ちょっとだけズルい。でも、最高だった。