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「これから、どうするの?」
山に向かう道を二人で歩きながら、美咲が聞いてきた。
「次の拠点があるんだ。この山のちょうど向こうになる。歩いて三十分」
「奴ら、追ってこない?」
美咲は心配そう。
そりゃそうだ、こんな目に遭って安心しろ、なんて無理だよ。
僕だってそうだ。綱渡りにも程がある。
「M電気の第三研究工場。今は閉鎖されてるけど、軍事装備を作っていた施設だ。防弾も電磁遮断もある」
僕たち二人は、休みながらわざと狭い迂回路を進む。時々耳を澄ます。
偵察ドローンが追っかけているかもしれない。
そうして、夜明け前に山道を下りることができた。
それから街灯の折れた国道を越え、錆びたフェンスの影に隠れながら、工場の敷地に辿り着いた。
「M電気鎌倉工場」
ブロンズ製の看板が門柱に埋め込まれている。
守衛室のガラスは割れ、草に埋もれた構内。四角いビルが四棟。
僕はそのうち一番手前の建屋の裏手に回る。
草ぼうぼう。埋もれた鉄板を探す。
「あった」
地下通路のハッチは、まだ健在だった。
「まるで秘密基地ね」
美咲が苦笑した。
「そうだな。小学生のころの延長だ」
両手をかける。腰に力を入れて鉄板を持ち上げる。
その下にハンドル付きのマンホールがあった。ぐいっと捻ってさらに引き上げる。
真っ暗な通路が伸びていた。
僕は、スマホの灯りを灯す。白い光の中に、埃っぽい空間。
先に梯子を降り、それから美咲が降りてくるのを待つ。差し出した手を彼女が掴む。その温かさ、なんだかホッとする。
そのまま、僕たちは手を繋いだままくらい通路を進んだ。
突き当たりを曲がるといきなり、オフィスビルの廊下のようなところに出た。
壁にある非常用スイッチを操作。
ボゥーっと赤い非常灯が点灯した。
非常用バッテリーと発電機で動くようにしてあるのだ。
最初のドアをあけ、僕は電気を灯した。白い壁に囲まれた殺風景な室内が現れた。
真ん中に机が集めてある。その上に、ちょっと型落ちのラップトップやルーターがごちゃごちゃと並んでいる。片側はガラス張りになっていて、ラックマウントのサーバーが鎮座していた。
僕は、ラップトップとルーターなどの機器を順番に電源を入れてゆく。モニターがゆっくりと明るくなる。パスキーを使って接続。ネットに繋がった。
僕は親父の暗号鍵を呼び出し、通信ラインを確立した。
「今、第二拠点か。うまくいったようだな」
スピーカーから、くぐもった父の声。
「親父たちは大丈夫かい?」
僕は返す。
「ああ、チョロイもんだ。あいつら、鎌倉の山ってもんをわかっちゃいない」
なんか、変な自慢をしている。
「そりゃ、よかった」
それしか言えないだろう?
「お前のエジェクトシート、動くとは思わなかったな」
親父がとんでもないことを言い出した。
「おい、そんな代物だったのかよ。僕ら、あれに命をかけたんだぞ」
僕は呆れた声を出す。
「あはは、うまく行ったんだからいいじゃねぇか」
後ろで美咲がうんざりしたようなため息を吐く。
うーん、やっぱ、この親父、信じきれないよな。母さんが出て行ったのもわかる気がするぞ。
「だが時間がない。あと数日で最終作戦に入る」
急に親父の声がマジになる
「最終って?」
「救援軍の中枢は、市ヶ谷の防衛省本部を使ってる」
親父が続ける。
「あそこには、核シェルターがあるんだ。そこに救援軍はローカルサーバーを置いている。奴らはそれを通して復興通貨を支配し情報を監視している」
まあ、最適な場所ではあるな。
つまり、救援軍の通貨システムの中枢であるし、経済支配の心臓部でもある。
「そうだ。俺たちはそこを破壊する」
僕は唇を噛んだ。
「でもさ、ローカルを壊したところでクラウドにデータあるだろう?」
「そこが奴らのシステムの弱点さ。この国を支配するためには、この地域にローカルサーバーが必須なんだよ」
「ふーん、そうかもしれないけどなぁ。それなら、なおさら防御体制は十分だろ?」
「詳しくは言えん。僕たちは同時攻撃を開始する。市ヶ谷だけに集中できないだろう」
「いや、そりゃ楽観的すぎる。親父、下手すりゃ、自殺行為じゃねぇ」
僕は疑問を口にした。
「分かってる」
急に親父が真面目なトーンに戻る。
「だがな、やらなきゃならんことがあるんだ。俺たちはどっかでこの国の行き先を間違っちまったんだ。失敗したら壊さなきゃならん。そして、お前が作った量子コイン。これは未来だ。そして、あいつらにとって唯一の脅威だ。俺たちが今やらなきゃ、次の時代が来ないんだよ」
親父は一気に捲し立てる。
その声は途切れ途切れ。回線状態が良くない。
「……すぐ戻る。約束だ」
そして、その言葉を最後に、通信が切れた。
無音。
ただ、モニターに映る自分の顔が青白く光っていた。僕は、呆然とモニターを見つめていた。
「すぐ戻る、だと……。そんな簡単に行くのかよ」
背中で美咲の息遣いだけが聞こえる。
「お前の量子コインが未来だって、一方的すぎるだろう」
僕は空中を睨んだまま呟く。
「あなたの、お父さんなら……」
美咲の柔らかい声が空中に消えた。
そりゃ、気休めを言いたいだろうね、「大丈夫」てね。
だけど、彼女の北条の血がそんな無責任なことを言わせないって気がしたよ。
「止めたって聞かない人だからね。防衛省にいたころからずっとそうだった気がする」
僕はこういうしかなかった。
「あなた達、似ているわね」
美咲が思わぬコメントをする。
マジかよ、それはやばい。
僕は振り向いた。美咲のまっすぐな視線にぶつかる。
エスプレッソ色の深い目が、少し悲しげに僕を見つめていた。
彼女は手を伸ばし、僕の手に重ねた。
僕はその手を引っ張り美咲を引き寄せる。
そのままキスをした。美咲は早春の草花のような匂いがした。
一瞬の安らぎ。
「そうだ、こっちも準備にかからなきゃ」
すぐに僕はパソコンに向かった。やつだけに任せておけないだろう?
せっかく第二拠点を稼働させたんだ。僕らも反転攻勢だ!
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