テラーノベル
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外から虫の鳴き声が聞こえる。
エアコンの風が、かすかにカーテンを揺らしていた。
「……あの、部屋、暑くないですか?」
「大丈夫です」
「……そうっすか」
会話が終わった。
終わってしまった。
気まずい。
とても寝られる気がしない。
隣の布団で、小森さんが身じろぎする。
その気配だけで、心臓が跳ねた。
「……王子谷さん」
「はい」
「今日、来てよかったです」
「……え?」
小森さんは、天井を見たまま、静かに言った。
「王子谷さんの家族に会えて。知らなかった王子谷さんのことも、知れて」
「…………」
「うれしかったです」
胸の奥が、また変な音を立てた。
「……俺は、すげえ恥ずかしかったけど……」
「ふふ。写真もノートもかわいかったです」
「そこは本当に、忘れてください」
「ふふ」
沈黙が落ちた。けれど、不思議と心地よかった。
小森が、何かを言いかけるように唇を開く。
「……王子谷さん」
「はい」
「……いえ、なんでもないです」
「え?」
彼女は少しだけ頬を赤くして、布団の端を指先でつまんだ。
《流星くんって、本当は呼んでみたいけど……》
(すみれさんって呼んでみたいけど……)
口にした瞬間、何かが決定的に変わってしまいそうな気がした。
「……すみ……」
名前の最初の音だけが、こぼれた。でも、続きは出てこない。
「……こ、小森さん」
「はい」
「……なんでもないっす」
だめだ。名前で呼ぶだけなのに、こんなに難しいとか聞いてない。
彼女が、躊躇いがちにこちらへ手を伸ばした。
「あの」
「はい」
「もしよければ……手をつないで寝てもいいですか?」
「…………」
一瞬、息が止まった。
手。手を。この距離で。
「……嫌なら、大丈夫です」
「嫌じゃないっす」
ほとんど反射で答えていた。
「全然、嫌じゃない」
そっと手が触れる。彼女の指先は、少しだけ冷たかった。
「……あったかいですね」
「そう、ですか」
「はい。安心します」
その言葉に、胸の奥が静かにほどけていく。ドキドキするのに、不思議とあたたかかった。
「……王子谷さん、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
指先に残る温度を確かめながら、俺は目を閉じた。
その夜、俺たちはそれ以上何もせず、ただ手をつないだまま眠った。
***
翌朝。
朝食を終え、帰り支度をしていると、莉央が小森の前に立った。手には、小さなブレスレット。
足元では、ぽちゃまるが白い尻尾をゆらりと揺らしている。
「これ」
「え?」
淡い紫色のビーズで作られたブレスレットだった。小森の目が、ぱっと輝く。
「わざわざ作ってくれたの?」
「余ったビーズで作っただけ」
「すごく可愛い。ありがとう。大事にするね」
彼女がそう言うと、莉央はぷいっと顔をそらした。けれど、耳が少し赤い。
母さんが、くすりと笑った。
「莉央が初対面の人にプレゼントなんて、珍しいわね」
「たまたま」
「はいはい」
母さんは、穏やかに笑った。
莉央は、視線をそらしたまま、小さく呟く。
「……兄ちゃんを泣かせたら、回収するから」
彼女は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに笑った。
「はい。大切にしますね」
コメント
1件
もう、この回は本当に心臓に悪かったです……! 手をつなぐっていう、ただそれだけなのに、お互いの「言いかけてやめた名前呼び」や「すみ…」で一瞬止まる空気が、もう甘酸っぱくてたまらなかった。莉央ちゃんのブレスレットのくだりも「兄ちゃんを泣かせたら回収する」って台詞ににやけました。兄弟愛もあって、ほっこりしつつときめく最高の番外編でした!
臣桜
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鷹槻れん

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紫陽花
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