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【 隠 】
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次の日の昼過ぎ。
部屋のカーテンは閉め切られ、薄暗い空気が漂っていた。
床には昨夜のまま散乱した花弁と写真の破片。
割れた花瓶の破片だけは、ぼんやりとした頭で朝方に片付けた。
それ以外のものは、壊れたまま。
(……この部屋、息苦しいな)
心の奥がずっと冷たい。
泣き疲れたせいで目が腫れて、瞼が重い。
喉も痛くて、声も出にくい。
だけど――スマホが震えた瞬間、そのすべてを一瞬で飲み込んだ。
《📱 水:今日配信どうする?みんなで話してから始めよって〜》
《📱 りうら:ないくん起きてる?顔出せそう?》
《📱紫:今日テンション高めでいこう!》
心臓がドクン、と大きく跳ねた。
画面の中にまろの名前を見ただけで、呼吸が一瞬止まった。
昨夜の光景が一気に脳裏をかすめる――
まろといむが並んで笑っている姿。
みんなが祝福している姿。
自分の声だけが何も届かなかった空間。
(……大丈夫。大丈夫。いつも通りやればいいだけだろ)
自分に言い聞かせるように小さく呟き、重い体を引きずるように起き上がる。
鏡の前に立つと、赤く腫れた目と乾いた顔が映っていた。
「……はは、やば……」
乾いた笑い声がこぼれる。
だけど、泣いてる暇なんてない。
配信がある。
リーダーとして、笑わなきゃいけない。
いつも通り、明るく振る舞わなきゃいけない。
(バレちゃダメだ。……絶対に)
冷たい水で顔を洗い、赤みを抑えるようにタオルを押し当てる。
クローゼットからいつものパーカーを引っ張り出して羽織り、深呼吸をひとつ。
胸の奥の痛みは消えない。
それでも、声だけは取り繕える。
夜。
「こんばんは〜!いれいすです!!」
画面の向こうで、メンバーたちの声が弾んでいた。
いむとまろは自然に隣に座り、肩と肩がほんの少し触れ合っている。
まろはいつもより少し柔らかい笑顔で、いむはどこか幸せそうに照れていた。
その距離の近さに、ないこの胸の奥がキリキリと痛んだ。
でも、その痛みを表に出すわけにはいかない。
「はーい!リーダーのないこでぇ〜す!」
少し大げさにテンションを上げ、カメラに向かって笑顔を作る。
りうらが「今日も元気じゃん、ないくん!」と笑ってくれた。
初兎も「なんやテンション高いなぁ〜」とツッコミを入れる。
(違うよ……違うんだよ。今、めちゃくちゃ壊れそうなんだよ)
声には出さない。
そんなこと、誰にも言えるわけがない。
笑顔の裏側では、喉の奥がずっと締めつけられていた。
冗談を言って、メンバーを笑わせ、いつもと変わらない空気を作る。
いむとまろが軽く肩を寄せ合って話しているときも――
俺は、リーダーとして場を盛り上げるように、明るくコメントを投げる。
「いやいや!ラブラブかよ!!」
「お前ら仲良すぎんだろ〜w」
まるで何も知らなかったかのように。
まるで心が痛くないかのように。
(俺が……言うしかないよな。リーダーだし)
けれど、冗談を言った瞬間、まろが嬉しそうに笑っていむを見るその顔が
心臓に突き刺さった。
笑顔のまま、背中に冷たい汗が伝う。
配信が終わったあと、
画面が暗転した瞬間、張りつめていた糸が音もなくぷつんと切れた。
部屋の照明の白さが、やけにまぶしい。
静寂の中、ないこの吐息だけが響く。
「……俺、うまく……笑えてた?」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。
返事なんてあるわけがない。
でも、自分でもわかっていた。
うまく笑えていた。
うまく隠せていた。
だからこそ――余計に、胸の奥がずしりと重く沈んだ。
翌日も、その次の日も、ないこは笑顔で活動を続けた。
ファンの前でも、メンバーの前でも。
「大丈夫」なフリを完璧にこなした。
でも夜になると、誰もいない部屋に戻って、
散らかったままの床をぼんやりと眺めていた。
(……俺、いつまでこれ続けられるんだろ)
壊れた心を抱えたまま、リーダーとしての笑顔を続ける日々が――
静かに、少しずつ、俺を蝕んでいった。