コメント
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ずっといっしょが似合いそうな物語だね
⚠微グロ表現🈶
○○side
ぱたりと縁側の床に倒れ込んだ無一郎くんは両目の瞼を堅く閉じて、規則正しい呼吸音を繰り返している。きっとしばらくは目覚め無いだろう。
『…ごめんなさいね。』
着物の襟に隠し込んだ睡眠薬をギュッと力強く握り、拳に爪を食い込ませる。その瞬間、痛覚がピクリと反応し、生暖かい液体が指先に触れた。着物から覗いた爪が赤黒く染まる。
スヤスヤと眠る無一郎くんの姿を見た瞬間、心の中に罪悪感という名の細い亀裂が入った。
『…わたくし、貴方に沢山嘘をついたわ。』
そう自身の口から無意識に流れ出た声は錆のような掠れを帯びた色をしていた。
先ほど彼の頬に触れた自身の唇は冬の冷たい風に叩きつけられ、紙のようにカサカサと乾燥している。ほんのりと移った彼の体温はまるで夢の出来事だったかのように消え伏せていた。
彼を初めて見たときのことは今でもよく覚えている。
世に言う一目惚れだったのかもしれない。
何を映しているのか分からない浅葱色の瞳も。わたくしと同じ長い黒の髪も。霞かかったようにぼんやりとしていて、それでいてどこか芯の残った口調も。
そんな彼の全部が視界に映った瞬間、体温が今までにないくらい上昇して、心臓が痛いほど上下に跳ねた。
─『“鬼”のいない世界でまた会えたら、わたくしと恋仲になってくれるかしら。』
先ほど吐き出した自身の声の余韻が鼓膜全体に大きく響き渡った。
もしも本当に鬼のいない世界に産まれて、生贄なんかじゃなく、普通の町娘として過ごせていたら。この度こそ貴方と結ばれることは許されたのだろうか。
そんな懇願に似た思考が子守唄のようにゆらゆらと脳内を揺れる。
普通に生きて。普通に笑って。普通に泣いて。普通に死んで。そんな当たり前を繰り返すことが許されただろうか。
─…いや、きっと無理だろう。
ぼんやりと考えた願いがつむじ風のように現実を通り過ぎていく。
一度地獄に落ちて償わなければ。体内に流れている血を全て捨てなければ。
また彼と一緒に言葉を交わすことすら許されないだろう。
言葉で似出来ないほどの黒く淀んだ感情たちが蜘蛛の糸のように身体に纏わりついて、複雑に絡まり合う。そんな歪んだ感情を抱く自身の視界の端で、庭に植えた“クロユリの花”が振り子のように規則正しく揺れるのが見えた。
ねえ、無一郎くん。
わたくしが産まれた村は村人が自主的に“鬼”と呼ばれる化物を“神様”と言い慕い、“稀血”と呼ばれる特別な血を持つ一族の娘を贄として捧げる歴史が刻まれた村なの。
みんなが想像するような神様なんて者は居らず、現実は人の血肉を食い荒らす醜い化け物。
今まで何度も村の者たちは鬼殺隊へ助けを求めたが救助に来た隊士たちも、外に情報を洩らした村人たちも全員殺された。裏切った者は喰い殺され、化け物の逆鱗に触れてしまったものもみんな殺される。そんな果ての見えない恐怖に縛られているうちに、みんなあの化物を“神様”と呼んで慕うようになった。不自然に震えた愛想笑いを刻み、人工的に作られた愛着の籠った声で物を言い、いつも怯えたような色を隠して化物や捧げものであるわたくしの機嫌を損ねないようにと表情を伺ってくる大人たちの姿が大嫌いだった。
逃げることも出来ない、助けを呼ぶことも出来ない。
そんな状況でわたくしが唯一出来た抵抗はこの“クロユリの花”だった。
“呪い”という意味が込められた暗紫褐色の花。
情報量の少ない知恵を一生懸命拾い集め、季節関係なく咲くように調合して、一番目に入りやすい庭に植えた。
わたくしが抱く恨みの感情が、わたくしという存在が、村の人やあの化物の一生の後悔になるように奥深く焼き付いて死ぬよりも辛い苦痛を負わせて償わせるように。
だって、わたくしという犠牲を作って自分たちだけ豊かに幸せに暮らそうだなんて。そんな無責任なことをわたくしや歴代の贄たちが許すわけがないでしょう。
永遠に憎み続け、死ぬまで残る呪いをかけて、締め付けるような愛を謳歌する。
そんな汚れたわたくしが、彼の隣に並ぶことなんてきっと許されないだろう。
『…貴方は幸せになってね、無一郎くん。』
空気と同化するような頼りない声だった。
滑らかに流れるような声を舌の上に添え、漆のように黒く長い彼の髪をそっと撫でる。サラサラな綺麗なその髪は指の間に絡まることなくすんなりと流れていく。
自身の指から離れていくその髪に悲しさがしみじみと身体の奥深くに刻み込まれる。
初めてこんな歪んだわたくしを好きと言ってくれた人。
初めて傍に居たいと思った人。
初めて愛したいと思った人。
だけど今日でお別れ。そう再確認するように自身の胸の内でそう呟いた瞬間、心にぽっかりと大きな穴が空き、冷たい異物感がしこりのような違和感を残す。
そろそろ行かなければ。ゆっくりと立ち上がった体は砂袋のように重かった。
『…じゃあね、』
『…大好きよ。』
そう呟いた声は小刻みに震えていた。
「○○様、ご結婚おめでとうございます。」
村人たちの安堵に満ちた声。
「さぁどうぞお入りください。貴方様の花婿様がお待ちになられておりますよ。」
がたりと重い扉を開く音。
『…ぅ…、ぁ……』
痛みを堪えるような細い唸り声。
「………」
ぐちゃぐちゃと夜道に鳴り響く咀嚼音。
「贄の娘が無事神の元へ嫁がれた。」
「これでやっと村は平和になったな。」
村人たちの歓喜に満ちた声。
いつの間にか聞こえなくなった泣き声。
鳴りやんだ何か固いものを噛み砕くような音。
青い瞳を持つ少女の命が散った瞬間。