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その話を聞いた頃には、優斗はすっかり友理奈の話に聞き入っていた。
「……まさか陸のお母さんは、父さんと……っ!? じゃあ俺は二人の……!」
「それは違うわ。話は最後まで聞きなさいな」
不倫は否定しないまま、クスクスと笑う友理奈の神経が優斗には理解できなかった。
なにを話そうとしているのかも分からない。ただはっきりと言えることは、優斗が友理奈を恐ろしく思い始めていることだけだ。得体が知れない、と言ってもいい。
考えてみれば、友理奈は陸が死んだと分かった日から、一度も優斗を責めたことがない。
陸の父親からも表立って責められたことはないが、夜中、優斗を逗留させる辛さを吐き出しているのを耳にしたことはある。友理奈はそのときも愚痴に同調せず、そっとその苦悩を慰めるだけだった。
優斗はそれを優しさだと思っていたが、そんな生易しいものではないのだと確信する。
「お互いに伴侶のいる身だったし、偶然同じ時期に妊娠が発覚してね。自然と別れることになった。……だけど大輔くんは、出産直後の私に会いに来てね」
足先から冷えていく感覚がした。
聞きたくないとも思った。なのに言われるまでもなく、想像がついてしまった。
陸の顔と、──陸が書いた日記の一部が頭をよぎっていく。
「知ってた? 優斗くんと陸の誕生日は一日違いなの。しかも茜さんは出血多量で、入院中は子どもと顔を合わせられなかった。……この辺りは産院が少なくて、みんな同じ病院で産むんだけど……大輔くん、私の病室に来て言ったのよ。交換してほしいって」
「子どもを、ですか」
「そう」
満面の笑みだった。
「もちろん私は、産んだ直後からあなたが愛しくてたまらなかった。絶対に苦労させずに育てようと思ったわ。そして大輔くんは茜さんの容態を見て、子の……陸の健康状態に不安を持った。跡継ぎなら丈夫な子がいいと考えたんでしょうね」
そんな馬鹿な、と思ったけれど、なにも言えなかった。
「主人だってそれなりの稼ぎはあるけれど、結局は中流家庭。あなたに何不自由ない生活をさせてあげられるほどじゃない。だから、私は大輔くんの提案を受け入れた。あなたを三科家で育ててもらうことにしたの。……異常かもしれないけれど、私なりの愛だった」
優斗は返事さえできなかった。
異常だと認識しているのなら、なぜ平然とそんな真似ができたのか。愛情だと言いつつ、なぜマスコミがDNA鑑定を持ちかけた直後にこんな話をするのか。
すべて、意味が分からない。
「陸の、ことは」
「うん?」
「陸のことは、可愛がってなかったんですか」
「もちろん愛してたし、充分可愛がったと思ってる。だけど……」
友理奈は困ったように眉尻を下げた。
「結局、他人の子なんだもの」
──友理奈の告白から数日。
優斗と陸が本来育つべき家を取り替えて育ったことが、週刊誌を中心に報じられた。
ただし大輔と友理奈の不倫の事実は、伏せられたままだ。
これまで広まっていた大輔像は、家父長制が強い旧家でいびられ続けた本家筋の従兄妻を、家庭内で唯一庇っていた優しい男だ。しかしこの報道を機にその印象は一変し、家系を維持する道具として子どもをすり替える鬼畜として広まった。
しかし、取材した記者が友理奈と大輔との関係を知らないとも思えない。
恐らく稲本家が被害者として搾取されてきたのだと印象づけた方が、世間的におもしろいと考えたのだろう。当然優斗はこの報道に反論したが、世間が不倫の事実を知れば今よりもさらに生活が脅かされることになると友理奈から忠告され、口を噤むほかなかった。
その結果が、稲本家から出した、三科家全員分の葬式での賑わいだ。
葬儀代は、優斗が相続した三科家の資産から支払った。
列席したのは集落の人間が多かったが、地域から出た政治家まで弔問に訪れ、三科家の地域権力を目の当たりにさせた。
ただし野次馬の弔問が一番厄介だったと言っていい。例に挙げるなら、かつての同級生だ、同じ学校に通ったなどというような、数十年付き合いのなかった自称関係者だ。
故人を悼み優斗を労うどころか、事件の概要を聞き出すために列席したような振る舞いに、陸の父親──正確には優斗の実父が激怒し、彼らを追い出したことも、記憶に新しい。
もちろん、ほんの何人かは正しく彼らと交友した人物として、優斗を心から労ってくれた。特に大輔のことを、気が弱いが本当に優しい人間だったと語ってくれた数人とは、個人的な連絡先の交換まで行ったほどだ。
そして、確信する。
恐らく友理奈の語った過去は、歪められている。
陸の日記の中にも、大輔が友理奈を恐れているような仕草を見せていたと書かれていた。
陸の苗字を聞いただけで怯えた大輔が、子どもの交換を持ちかけるとは思えない。
「……おばさんの欲しがりグセって、本当にもう、ないのかな」
全員の火葬を終えた夜、優斗は陸の部屋だった一室で呟いていた。
陸の父は現在、稲本家から離れている。







