夏は、人を狂わせる季節だと誰かが言っていた。
湿った風と止まらない蝉の声、それに焼けつく太陽の熱が、人間の理性なんて簡単に溶かしてしまうのだと。
――けれど、それは人間の話だ。
俺たち、人外には関係のないことだった。
草の伸びすぎた丘の上に、崩れかけた教会がひとつ。
そこが俺たちの拠点――敵組織《深紅の環深紅の環の仮本部だ。
昔は祈りの場だったらしいが、今は祈る価値のない奴らの巣。
雑草を踏みつけながら俺は教会の中へ入る。
尖った耳をぴくりと動かす。敵はいない。けど、ろくでもない味方ならいる。
「はー……だる。夏ってマジで嫌いだわ」
教会のベンチに寝転がりながら、俺は毒を吐く。
誰も聞いてねえと思ってた――が、
「おかえり、ルイズ。」
柔らかい声がして、俺は顔を上げた。
入口近くに立っていたのは、薄紅色の髪の青年。淡く微笑む穏やかな顔。だが――その瞳は底の見えない闇を湛えていた。
ロディ・ブラッド。
「……なんや、その顔。夏バテか?」
「は?お前に心配される筋合いはねぇよ」
ロディは俺の言葉を聞いて笑う。京都弁混じりの声は相変わらずやわらかいくせに、不気味なほど感情を読ませない。
「今日は任務やで、忘れてへんやろ?」
「あぁ?あれ、今日だっけ。だりぃ」
俺は伸びをして立ち上がる。ロディはくすっと笑う。
「文句言うくせに、ちゃんと来るんやな。偉い偉い」
「はぁ?ぶっ殺すぞ」
「無理や。うさぎに人は殺せん」
「誰がただのうさぎだコラァ」
ギャーギャー言い合いながら、俺は少しだけ安心していた。
このやり取りが、ここ最近の日常みたいになっていたからだ。
だが、それがこの夏に終わるなんて、俺はまだ知らなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!