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私の絵を、ようやく認めてもらえた。
私の存在を必要としてくれる人達に、やっと巡り会えた。
『25時、ナイトコードで。』
それが、今の私の拠り所である。
作曲担当のK。作詞担当の雪。MV担当のAmia。
────そして、イラスト担当の私。
私は、このサークルになくてはならない存在となった。
嬉しかった。『私の絵』を見てくれたことが。私の存在意義を知らしめてくれたことが。嬉しくてたまらなかった。
だから私は、絵を描き続けた。私がここに在り続けるために。創り上げた絵を、音楽を、救いの手を、名前も知らない誰かに届けるために。
私が居場所を見つけたためか、次第に弟に当たることも減った。
あいつには申し訳ないことだと思うが、その頃の私はそれだけ疲弊していたのだろう。少なくとも、一番近くにいたはずの彼の心を感じ取れないくらいには。
私がサークルに入って少し経った、とある雨の日のことだった。
言葉もなく音を立てた玄関の近くを通り過ぎようとした私は、開け放たれた扉の前に立ち尽くす弟の姿にぞわりと身の毛がよだった。
ひと目見ただけで分かった。分かってしまった。
彼の身体は、心は、限界だった。
ゆらりと崩れ落ちるその身をすんでのところで抱き止める。雨に降られて僅かに冷たくなった橙色の髪が、くすんだ私の服を濡らした。
靴を脱がし、雨水をたっぷり含んで重くなったブレザーを脱がしてやる。そのままの体勢で床に寝てしまえばどこか痛めてしまうと考え、私の着ていた羽織を畳んでその場しのぎの枕にしておく。そこにゆっくりと弟を寝かせ、私はタオルを探しに脱衣所へ向かった。
幸か不幸か、今日は母が家におらず、父はアトリエにこもったままだった。
私は弟をリビングのソファに寝かせて毛布をかけ、彼が目覚めた時に落ち着けるようにと温かいお茶の支度をする。
……嗚呼、才能なんて分かったもんじゃない。
きっと、彼だって知っているはずだ。私達が魅かれたものは、いつだって彼方遠く、追いつこうったって届きやしない。
それでもただひたすらに手を伸ばし続けるのが彼で、私で。
でも、それは、こんなにも苦しい。
天から与えられた何かを持っている訳でもないし、文武両道に何でも出来る訳でもない。何食わぬ顔でそつなくこなしてみせるなんて、それこそ不能である。
だって私達は平凡で、ありきたりで、どこにでもいる、ただの人間である。
だから。だから、私達は。
「……ねえ、彰人。私より先に夢諦めたら、絶対許さないから」
明日は休日だ。あまり根を詰めすぎるのもよくない。ああ、そうだ。新しくできたチーズケーキ店にでも行こう。どうせなら奮発して、とびっきり美味しいやつでも頼もうかな。その後は、ウィンドウショッピングを楽しんでもいいかもしれない。最近ひとりのおでかけは少々物足りないと思っていたのだ。
明日は少しでも、あんたの笑った顔が見れますように。
………………ふと、一年半ほど昔のことを思い出した。そういえば、あんなことあったな。
一度は折れそうになった筆も、またちゃんと握りしめている。
あいつがマイクを振り落とすことは、きっとないだろう。
あの言葉があいつに届いたのかは分からない。分からないけれど。
私が私で在るために。彼が彼で在るために。
もう才能だ、夢だなんて笑っちゃいられないから。
だから私は、絵を描き続ける。