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side 大森
それは本当に、突然だった。
テレビ局の収録が終わり、深夜に近い時間。
スタッフもまばらで、フロアは静まり返っている。
僕たち三人は楽屋から駐車場へ向かうため、
業務用エレベーターに乗り込んだ。
広くはない。
四角い箱。
金属の壁。
薄い蛍光灯。
僕は一番奥に立つ。
何気ない顔をしているけれど、
ほんの少しだけ呼吸が浅い。
エレベーターは、昔から得意じゃない。
できれば階段を使いたい。
でも今日は機材もあるし、時間も遅い。
「すぐだし」
自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
扉が閉まる。
数字がゆっくり減っていく。
7、 6、 5、4……
そのとき。
ガクン、と鈍い衝撃。
そして。
止まった。
一瞬、沈黙。
蛍光灯がわずかに揺れる。
若井が天井を見る。
「……止まった?」
涼ちゃんが非常ボタンを確認する。
反応はある。
だが、動かない。
「点検中かも」
涼ちゃんは落ち着いた声を出す。
けれど。
その横で。
僕の視線は固まっている。
数字が動かない。
扉が開かない。
壁が近い。
空気が薄く感じる。
(やだ)
胸が急に締め付けられる。
呼吸が、うまく入らない。
「……元貴?」
涼ちゃんが気づく。
僕の顔色が一気に悪くなっている。
唇が白い。
指先が震えている。
「大丈夫?」
若井が肩に触れようとした瞬間。
僕はびくっと跳ねる。
「……開けて、」
かすれた声。
「開けて!」
もう一度。
今度は少し大きく。
呼吸が速い。
浅い。
目が焦点を失いかけている。
涼ちゃんはすぐに理解する。
閉所恐怖症。
以前、冗談みたいに話していたことがあった。
「狭いとこ、ちょっと苦手なんだよね」
あれは、ちょっとじゃない。
本気だ。
僕は壁に背中を押し付ける。
でも壁も近い。
逃げ場がない。
「息、できない」
実際には空気はある。
でも、そう感じてしまう。
若井がすぐに非常通報ボタンを押す。
「今エレベーター止まりました。急いでください」
声は冷静。
でも目は焦っている。
涼ちゃんは僕の前にしゃがむ。
視線を合わせる。
「元貴、僕を見て」
僕の視界は狭くなっている。
耳鳴り。
心臓の音がうるさい。
「っ、む、むり……ッ、」
涼ちゃんは手を伸ばす。
でも無理に触れない。
「ここは安全。落ちない。潰れない」
ゆっくり。
はっきり。
一語ずつ。
若井が後ろから僕の背にそっと手を置く。
「俺たちがいる」
低い声。
一定のリズム。
「息、ゆっくり」
僕の肩が激しく上下する。
過呼吸になりかけている。
涼ちゃんは自分の呼吸を大きく見せる。
「吸って。……吐いて」
何度も。
何度も。
数秒が何分にも感じる。
僕の目から涙が溢れる。
「こわ、い……ッ、」
小さな、本音。
若井の手が少し強くなる。
「分かってる」
涼ちゃんが頷く。
「でも一人じゃない」
エレベーターの外から作業音が聞こえる。
扉をこじ開ける音。
光が、わずかに差し込む。
その瞬間。
僕の呼吸が少し戻る。
「もうすぐ」
涼ちゃんが微笑む。
扉が開いた。
冷たい廊下の空気が流れ込む。
若井がすぐに僕を支える。
足が少しふらつく。
外に出た瞬間。
僕は膝から崩れそうになる。
涼ちゃんが抱き止める。
「大丈夫」
何度も言う。
もう閉じ込められていない。
それでも。
心臓はまだ速い。
車の中。
僕は後部座席でブランケットに包まれている。
顔色はまだ白い。
「ごめん」
小さく言う。
涼ちゃんは即座に否定。
「謝らないで」
若井もバックミラー越しに言う。
「怖かっただけだよ。変なことじゃない」
僕は目を伏せる。
「……情けない、」
涼ちゃんが首を振る。
「弱いんじゃない」
若井が続ける。
「俺らが知らなかっただけ」
しばらく沈黙。
でも、 それは重くない。
僕はそっと二人の手を握る。
「……ありがとう」
涼ちゃんが微笑む。
「次から階段にしよーね」
若井も頷く。
「俺らも一緒」
エレベーターは怖い。
でも、 一人じゃない。
それだけで、少しだけ戦える。