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「取り敢えず報告は以上です」
「何故、そんなかしこまる必要がある?」
「い、いやああ……怒られるかなあって思って。あはは」
目の前の黄金は、そのルビーの瞳を細め、眉間に皺を寄せていた。
だから、かしこまっていったのに! そんな言い訳が通用するわけもなくて、リースは、はあ……と大きなため息をついて額に手を当てる。
あの後、アルベドはまだやることがあると言って教会に残ることになって、私達は取り敢えず報告をしに戻ることにした。まだ聖女殿が完全になおっていないこともあって、皇宮にお世話になっているけれど、グランツは剣の手入れをと戻って行きブライトもリースに報告した後に、家に持ち帰って検討します的なノリで帰ってしまった。それで、私が詳しくリースに報告する……もといい、リースの相手をする事になった。
アルベドが教会に残って何をするのか気になってしまったが、深入り、詮索はしないでおこうと決め置いてきた。一応治安維持隊に引き渡すと入っていたし、変なことをしたり、さすがに死体を弄ったりはしないだろうと思った。さすがにそんなことをしたら引く。彼を信じて、放置してきたがそれでよかったのだろうかとも思った。
グランツは滅茶苦茶アルベドに突っかかって、何をする気か、と尋ねていたが、アルベドはそれに答えなかった。ラヴァインの手がかりが残っていないか、ヘウンデウン教について独自に調べ物があるんじゃないかと思った。アルベドは、基本的に単独行動が多いから。
それは兎も角、グランツの方も戦いで剣の刃がボロボロになったかも知れないと、いつも大切に手入れしているからと行って逃げるように行ってしまったので、彼も彼で、逃げたんじゃないかと思ってしまった。グランツには聞きたいことが一杯あったし、何より第二王子だったなんて知らなかった。だから、これまでどうやって生きてきたのかとか、ユニーク魔法の云々について色々聞きたい。まあ、聞きたいって思っているのは、ブライトもそうなんだろうけど、あっちもあっちで忙しい。
(というか、皆私のこと置いていって、さてはリースと話したくなかったのね!?)
酷い話だ。
私は別にいやというわけじゃないけれど、リースが目の前で不機嫌そうに私を見ているので、私も逃げたい気持ちでいっぱいになった。だって嫌だ。
「ええ、ええと、私も用事がないなら行っても良いですか!」
「だから、何故他人行儀……はあ、別に俺は怒っていない」
「顔! 絶対それ怒ってる奴!」
私がそう指摘するとリースは、怒っていないと念押しした後、疲れているんだとも付け足した。確かに政務に、戦場に駆り出されたり、ヘウンデウン教の動向を探りつつ、指揮を執ったりもしないといけない。リースが忙しいのは誰からみても分かることだった。
彼の目の下に薄い隈ができているのを発見して、私は今の発言を撤回したくなった。
「……ご、ごめん」
「謝る必要もない。こうして、生きて帰ってきてくれただけでも、俺は幸せだ」
幸せの基準低いんじゃないかとも、余計なことは言わずにおいた。でも、本当にリースが疲れているようでみているのが心苦しかった。私に出来ることは何かないかと思ったが、生憎頭が回らない。
そうして、何を思ったのか、私はリースの背後に立った。
「何をする気だ?」
親しい仲とは言え、此の世界にきて命を狙われることが多くなったリースは、背後を取られたことに対して、警戒心を抱いているようだった。それも申し訳なく思ったが、私はそんなリースに「いいから」と言葉をかけて、彼の肩に手を当てた。
「か、肩を揉もうかと思って」
「何故?」
「疲れてるって言ったから!私に出来るのはこれぐらいだと思って!」
おじいちゃんじゃないんだからと、リースのことを一体何だと思っているんだと聞かれそうな事をしている自覚はある。けど、これぐらいしかリースを癒やせる方法が見つからなかったし、考えられなかった。
ゆっくりとリースの肩を揉み始めるが、想像以上に固かった。つまりすぎている。岩かと思った。
「か、固い……」
「無理しなくていいぞ。お前の可愛い手に負担が」
「何か一言多かった気がするけど、だだだ、大丈夫。こ、これぐらい」
いや、正直言うと今すぐやめたかったし、何でこんなに固いのか理由が知りたかった。思い甲冑を着けて戦場に出ているからだろうか。それとも、報告書をまとめるのに忙しくて、立ち上がっていないから? そもそも、リースの筋肉量は結構ある方だと思うし、ゲームでみたらそれはもういい筋肉をしていたわけで……
(やば……鼻血でそう)
つい、上裸のリース様を想像してしまい、鼻に熱いものがたまっていくのが分かった。このまま噴き出して、リースにぶちまけるのはあれだと思ったので、取り敢えず心を落ち着かせる。何か、脱いでっていったら脱いでくれそうなところが今のリースは怖い。
「ほ、本当に大丈夫だからな。エトワール」
「ほ、本当に?」
「何で、お前が聞き返すんだ」
「だって、やらなくていいみたいに言ったから」
「……ま、まあ、そういうことでもあるが」
と、リースは口ごもった。気持ちいい、とは思ってくれているのか、私がやめるというと、何だか名残惜しそうな顔でこちらを振向いた。やって欲しいのか、やって欲しくないのかはっきりしてほしい。まあ、やると言ったのは私だけど。
「や、やめてもいいの?」
「そうだな……やって欲しいのは山々だが、お前に無理させるのもあれだ。こんなの、使用人とかわら……」
「何?」
「いや、夫婦なら、こういうのもあり得るのかと思ってな」
「ふ、ふう……そ、そんなんじゃないでしょ! こんなの、ジジ孫よ」
いきなり、スッと名案だというように真剣な顔でそんなことを言い出したリースの頭を軽く殴りそうになって私はそこで叫んだ。リースは耳に響くと、耳を両手で塞いでいたが、言っている意味が分からなかったので、叫ばれて当然だろうと思った。
(夫婦で肩もみ……間違ってないかも知れないけど、私はジジ孫だと思うんですけど!?)
おじいちゃんをいたわって、孫が肩を揉むみたいな、そんなシチュエーションが私の頭に浮かんでいた。でも、リースは違うようで、互いの考え方の差に笑ってしまう。
リースは、残念だな。といいながらも、何処か楽しげに笑っていたので、私もつられて笑ってしまった。
「そうだ、エトワール、お前は俺を癒やしたいって言っていたな」
「い、いや、そこまで言ってないし、いいように解釈しすぎなのよ」
「我儘聞いてくれるか?」
「内容によるかなあ……って、何でそんないきなり甘えたに!?」
暴走後、リースは自分の意見をしっかり口にするようになった。私に分かるように、そして自己中や、自分の思いの押しつけじゃなくて、私に確認をと毎回してきた。前よりも、分かりやすくなったのはよかったのだが、こんなに甘えただったのかと、独占欲丸出しになってしまったのは、あまり好かない。とはいえ、ずっと私のことを好きでいてくれて我慢してきたリースを前にするとそれも全て許せてしまうような気がした。
だから、お願いぐらいなら聞いてあげても良いかと思ってしまう。
「それ、で……我儘って何?」
「怒らないか?」
「何でそんないちいち聞くのよ。回りくどい、嫌!」
嫌、というとリースはシュンと落ち込んでしまった。そんな子犬みたいな顔しないで欲しいと思いながら、彼のそんなかおをみてしまったからには、ここで聞かないわけにも行かないと思った。
「なに、よ……早く、いってよ」
「抱きしめさせて欲しい」
「は、はあ……!?」
「ハグすると、疲れが取れるらしい」
「何処情報よ……って、わっ!」
私の言葉など全部無視して、リースは私の腕を引っ張って自分の中に閉じ込めた。温かいそしてたくましいその腕の中に閉じ込められて、抵抗する気力さえなくなってしまう。
(……オレンジの匂いする。お日様閉じ込めたみたいな、そんな甘酸っぱい香り)
癖もなくかといって、酸っぱすぎない匂いがふわりと香り、私はリースの体温と、オレンジの匂いに包まれる。リースはそんな私を見て、幸せそうに笑って少しだけ強く抱きしめた。
「もう少し、こうしていていいか? 離したくない」
「……後で、お金取る」
「好きなだけ、渡そう」
「矢っ張り、怖いからいい。後喋らないで、くすぐったい」
「善処しよう」
そう言ってリースは私の頭の上でクスリと笑った。