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「それで、いつまで抱きしめてるつもりなのよ。さすがに、身体が痛くなってきた」
「俺は大丈夫だ」
「いや、アンタの話は聞いてないのよ」
かれこれ、どれぐらい抱きしめられているだろうか。リースは疲れているから癒やしのためにと私を抱きしめているのだが、それがこうやってずっと続いていて、離してくれる様子がなかった。ちゃんとした体勢で抱きしめられていないから身体が痛い。
「私、アンタの抱き枕じゃないんだけど」
「知ってる。そんなこと一度も思った事ないぞ」
「知ってるわよ! アンタが私のこと大好きなことぐらい!」
自分で言っていた恥ずかしくなるが、リースが私のことをただの抱き枕だなんて思っていないということは確かだった。というか、そんな風に思われているのも嫌だ。私が推しの等身大抱き枕を抱きしめているのとは訳が違う。というか、あれを遥輝に見られたのはかなり痛かった。あの時遥輝がどんなかおをしたかなんて今でも鮮明に思い出せる。
と、まあそれはいいんだけど、本当にもう離して欲しかった。
「はい、終わり! これ以上抱きしめたら追加料金取るわよ」
「お金なら有り余るほどあるとさっき言ったはずだが?」
「んん~~~~! じゃあ、一週間接触禁止……とか?」
「何だと?」
私がそういえば、リースの顔が一気に怖くなった。接触禁止令なんて、そんなたいしたこと言っていないのに、どれだけ過剰に反応すればすむのだか。
(はあ、こういう所は面倒くさいんだよね……)
束縛されるのも、ヤンデレぶちかまされるのも嫌だった。私はライトなおつきあいがしたい。というか、そもそも、リースとは今友達という関係だから、付合ってすらいない。リースの気持ちが分かるかと言われれば、あまり理解できないから、彼が怒っていても、私は彼の立場に立って考えることが出来なかった。
「だが、この機会を逃したら、いつエトワールを抱きしめられるか分からない」
シュン、と耳を垂れ下げるリース。そんな捨てられた子犬みたいな顔しないで欲しいと思った。仮にも推しの顔で、寂しいみたいな顔を前面に出さないで欲しいと。
(良心が痛む~~~~)
何でこんな顔されなきゃいけないのか。顔を上げれば、リースのルビーの瞳に影が差していた。私のせいでそんな顔させているのかと、罪悪感が生れてくる。最悪だ。
「わ、分かったって」
「分かったとは?」
「だから、また、その内抱きしめさせてあげるから……てか、そんなことでいいの?」
「その先とかあるのか?」
「いや、今のところはないけど……と、兎に角、そんな抱きしめる、抱きしめない、離れる、離れないのやりとりこれ以上したくないし、そんな顔しないで!しゃきっとして!」
と、私は叫んだ。
リースはポカンと目を丸くして口を開けていたが、すぐにクスリと笑って、私の頭を撫でた。ごつごつとした男らしい手に撫でられて、妙な安心感が生れる。
(って、駄目よ。こうやって、絆す戦法かも知れないんだから!)
気をしっかり持たなければ、リースのペースに乗せられてしまうと、私は首を横に振った。それでも、リースは愛おしそうに私の頭を撫でるものだから、このまま身を委ねてもいいかな……なんて気にもさせられたが――――
「殿下、失礼します!あっ」
「あっ」
「……」
バンッと、音を立てて扉が開かれ、何やら書類を片手に抱えたルーメンさんが部屋に入ってきた。そうして、私とリースを見ると、固まって、もう一度バタン……と扉を閉める。
「ちょちょちょちょ……ちょっとおおおおッ!?」
私は、リースを押しのけて、部屋の扉を開ける。だが、何故かあちら側から引っ張られているのか、内開きの扉はびくともしなかった。
今の絶対勘違いされた。と、私はどうにかルーメンさんの誤解を解かなければと、扉を叩く。全然私の力で引っ張っても空くことはなかった。
「エトワール何をしているんだ?」
「何って、絶対勘違いされたから! アンタも手伝いなさいよ! ルーメンさんに勘違いされた!」
「いや、いつもの事だろ」
「アンタは、そうかも知れないけど、私が嫌なの! ルーメンさん、違うの、誤解だからあ!」
そうやって、ドンドンと叩いていれば、ようやく部屋の扉が開いた。隙間越しにルーメンさんがこちらを覗いている。
「殿下と、聖女様の邪魔をするわけには行かないと思いまして」
「大丈夫! そんなんじゃないから! というか、ルーメンさん、リース……殿下に用があってきたんでしょ? 私の方が邪魔してるようなものだし、そんな、その、誤解しないで」
と、私は必死にルーメンさんに言って、何とかルーメンさんは諦めたように部屋に入ってきた。リースは、不満ありありと言った顔でルーメンさんを見ていて、ルーメンさんもため息をついていた。リースの顔は完全に邪魔された、見たいな不満な、怒りをその顔に貼り付けている。
「それで、何の用なんだ。ルーメン……せっかくエトワールと二人きりで……」
「ルーメンさん、殿下の言うことは聞かなくていいからね!」
私は、横からそう言って、勝手に作られたリースの妄想を蹴り飛ばしてルーメンさんに訴えかけた。ルーメンさんも気づいているのだろうが、リースの機嫌を損ねることは不味いと思ったのだろう。本当に不憫だと思う。
ルーメンさんは「分かっています。ありがとうございます」とやつれた顔で言った。本当に、申し訳ないことをしたような気がする。
「ごほん……すみません、殿下。お取り込み中」
「全くだ」
「…………ヘウンデウン教の新たな動きについて報告があったので。聖女様やブリリアント卿が教会にわざわざ足を運んでくれたこともあり、かなり分かってきたことがあります」
と、ルーメンさんは気を取り直して話してくれた。
先ほどの、教会で死んでしまった人達の遺体は無事運び出されたそうで、どの遺体もかなり身体が変な方向に曲がったり、内臓が破裂していたりと想像を絶するほどの状態だったらしい。暗くてよく見えなかったが、よく見えなくてよかったとも思っている。
そうして、あの肉塊や、肉塊がもたらした異常状態、隔離された空間などの分析の結果も出たと言うのだ。あの短時間でそれほど情報が集まったのは、ブライトのおかげらしい。リースが怖くて逃げたものだと思っていたが、裏でそんなことをしてくれていたなんて知らず、心の中で少し罵倒してしまったことを謝りたい。
それは良いとして、遺体は誰かの手によって綺麗にされたが、修復できなかった部分が……というのも耳にして、アルベドが全て元通りにしたわけではないと言うことが分かった。そりゃ、あの人数に魔法をかけるのは大変だろうし、別に遺体を綺麗にする理由が彼にはない。それでも、ある程度は綺麗にしてくれたようだった。
しかし、あの肉塊に取り込まれた人達の末路は、結末は死のみだった。
そんな話を聞きながら、重たい空気が流れ始めたため、私はグッと息を殺すしかなかった。私も私で報告し終えたと思っていたから、あの後どうなったかとか、ヘウンデウン教があそこで何をしようとしていたのかを聞いて、ますますヤバい奴らの集まりだと言うことが分かった。
非人道的な事に手を染めて、自分たちが死ぬことも厭わないなんて。
「でも、ヘウンデウン教って、それでよく成り立ってるんだ……」
と、私はぽつりと零した。
すると、リースがすかさずその疑問について答えてくれた。
「彼奴らは、混沌の完全復活を望んでいる。そして、自己中で私利私欲にまみれた集団だ。内部で闘争が起きたりもしているだろう。だが、そういう人間の汚い心が混沌を強化していく。だから、進んで闘争を留めるものはない。それに、強いものがそういう闘争をまとめ、支配するんだ。恐怖や力による支配は楽だからな」
そう、リースは言うと目を伏せた。
リースは、誰かを陥れて支配しているわけではないけれど、いずれ帝国を治める皇帝、支配者になると言うことは確実だろう。だからこそ、どういう支配がよくて、よくないか分かっているんだろう。誰もが平等なんてただの夢だと。
「俺は、そうならないように、新たな道を築いていくつもりだが……エトワール、それを見届けてくれるか?」
と、リースは私に尋ねてきた。
私は、すぐにその質問に対し、答えを出すことが出来なかった。物語が変わったとはいえ、聖女は混沌を封印した後に消えてしまうらしいから。
私が、混沌を封印できたとして、その後私はどうなるんだろう。
そんな設定を久しぶりに思い出して私は、曖昧な返事をすることしか出来なかった。