ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。『ライデン社』から受領した戦車を先ずは倉庫から運び出すことにしました。
マニュアルを読んでみると、戦車を動かすには少なくとも数人は必要になることが分かります。帰ったら専用の人員を育成しなければいけませんね。
「予備のパーツも数種類用意してある。それも複製できるならやってみてほしいのである。無理ならば依頼してくれれば修理部品を送る」
「助かります、会長。私達としても初めての試みですからね」
さて、先ずは動かさないと。ベルとレイミに手伝って貰いながらマニュアル通りにエンジンを始動して……。
ドルンッッ!っと大きな音を響かせてエンジンが始動して、ピストンによる振動が身体に伝わります。
「エンジン始動を確認しました」
「視界が悪いですね」
覗き窓から見える範囲はかなり狭い。これの慣熟にはかなりの時間が掛かりそうです。下手に意地を張る必要もありませんね。
「ライデン会長、お願いします。私達には見学させてください」
「はっはっ、流石の君も戦車を初見で操作は出来ないか。安心したのである」
私、そこまで規格外なのでしょうか?
『ライデン社』の職員が戦車を操作して、私達はそれを見学しますが……これは暑い!真夏にこれは地獄ですね!
あっ、ひんやりした。
「エンジンが車内にありますからね、仕方ありません」
隣を見ると、レイミが冷気を生み出して私を包んでくれています。優しい妹です。
「ありがとうございます、レイミ」
「お姉さまが熱中症で倒れたら大変ですからね」
戦車はライデン会長の言う通り歩くより少し速い速度でゆっくりと動き始めました。音が大きいので、隠密行動には向きませんね、
そのまま桟橋に直行すると、やっぱりエレノアさん達はびっくりしてました。
「なんだいなんだい!?鋼鉄の化け物かい!?」
「化け物ではありませんよ、エレノアさん。これは戦車と言う兵器です。『ライデン社』から提供された試作品ですが、これを持ち帰ります」
戦車から降りた私はエレノアさん達に伝えます。
「せんしゃ?……こんなの誰でも腰を抜かすだろうねぇ。けど、どうやって積み込めば良いかねぇ」
確かに、積み込もうにもアークロイヤル号はかなりの高さがありますからね。
「心配無用である。レイミ嬢、少し力を借りたいのだが」
「お任せを」
先ずは鉄製の|艀《はしけ》を船に掛けて、そこを登らせます。
「凍てつけ……」
レイミが魔法を行使して船底付近の海を凍らせて、船が転覆しないように固定。そして艀を登って戦車を積み込むことに成功しました。結構急でしたけど、登りきりましたね。
「しっかり固定するんだよ!外れたら大変だからね!」
エレノアさんの指示で、『ライデン社』が用意してくれたワイヤーなる鉄の紐でしっかりと固定していきます。
その作業風景を眺めながら、ライデン会長とレイミが話をしていますね。
「戦車運搬用の船があれば楽ですね」
「戦車揚陸船かね?確かに。蒸気タービンを使えるならばそれも建造できるか」
「石油があれば選択肢は無限大に広がりますからね。ただし、公害には気を付けてくださいよ」
「無論である。スモッグに包まれた街など歩きたくは無いのである」
「産業革命時のロンドンみたいにはしないでくださいよ」
「あれは酷かったと記録があるな。まあ、次の試作品完成には時間が掛かるのである。それまでに考えておこう」
「次は何を作るつもりですか?」
「取り敢えず、回転砲塔付きの……ルノー辺りを目指しているのである。製鉄に関しては飛躍的な発展を促してあるのでな」
「趣味全開ですね」
「実用性も無視はせんよ。石油があれば、我輩の夢の大半は実現可能だ」
「最後に目指すのは?」
「宇宙進出。いやそれは我輩の生きている間には無理であろうな」
「それはまた……期待していますよ」
「うむ。だが我輩は工業には強いが戦術などは素人だ。その辺りは任せるよ、レイミ嬢」
「私はお姉さまの利となることをするだけです」
二人が話している内容は半分も理解できませんでしたが、レイミが言わないのなら私が知る必要はないのでしょう。興味はありますが、重要なのは使えるのか否か、それだけです。
「おいシャーリィ、なんだこれ?」
考え事をして居ると、ルイが傍に寄ってきました。
「戦車ですよ、ルイ」
「つまり、武器か。こんなのが相手じゃ、槍は役に立たねぇな」
「時代は変わるのでしょう。ルイも銃の扱いに慣れてくださいね?」
「ああ。妹さんから銃剣術ってのを教えて貰ってる。槍術に近いからな、頑張って覚えてるところさ」
「期待していますよ、ルイ。今度はちゃんと護ってね?」
「任せろ」
よし、ルイも変化に適応しようとしている。そうでなければ困るのですけどね。
「で、アスカの奴は相変わらずか。乗ってみるのが癖なのかねぇ?」
アスカは戦車の天蓋に立って周囲を見渡しています。相変わらず高い場所が好きで、何かあると取り敢えず上に立ってみるのがアスカですからね。
「こんなデカブツ、農園の何処に置くつもりなんだ?」
「最近完成した野戦演習場に専用の小屋を用意するつもりです。操作には熟練が必要ですから、早速人員を選抜して専用の部隊を編制するつもりです」
「いよいよ軍隊みたいになってきたなぁ」
「裏社会で軍隊を作ってはいけないって決まりはありませんからね」
そしてそれを維持するためには莫大な資金が必要になります。『ライデン社』との取引はもちろん、交易にも更に力をいれて収入を増やす必要があります。
それに、人材の登用と育成にも時間が掛かります。まあ、その辺りは何もなければ一年は力を蓄えるつもりなので何とでもなるのですが。
「ルイにも役職を就けなければいけませんね」
「俺は下っ端で良いよ。お前との関係は皆が知ってるんだ。贔屓してるなんて言われるぜ?」
「残念ながら、優秀な人材を遊ばせている余裕なんて無いんですよ。贔屓と思われたくないなら、更に頑張って貰わないといけませんよ」
「マジかよ。俺、そう言うの苦手なんだけどなぁ。妹さんも居るじゃねぇか」
「苦手は克服可能です。うちは規模に比較して幹部が少ないので任せるしか無いんですよ。レイミはあくまでも『オータムリゾート』からの出向。お義姉様との関係を維持したいので無理にはできません」
「……分かったよ。けど、事務方とかは止めてくれよ?」
「それについては安心してください、ルイに事務能力は期待していませんから」
この戦車を導入することによる新たな組織改革と戦術改革に想いを馳せ、シャーリィ達は帰路へとつくのだった。