テラーノベル
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放課後の教室。
窓から夕陽が差し込み、部活の喧騒が聞こえてくる。
音も無く、2人はそこにいた 。
「あーあ、またこんなになって」
肌を撫でる手つきは異様なほどに優しかった。
優は鞄から絆創膏を取り出し、芽衣の傷痕を塞いでいく。
#FF6100が2人の輪郭をなぞっている。
心配するような声色を発する唇は、弧を描いていた。
震える手をやさしく握り、赤い痕に指先が触れた。
「こんな赤うなってしもたやん、…家帰ったらちゃんと冷やしや」
そう言いながら、その痕を舐めるようにじっくり見る。
芽衣の手の震えは治らない。
「…怖いん?」
主語がなかった。あの、いじめてくる奴らが怖いのか。それとも…自分がか。
芽衣が小さく頷くと、口角がまた少しだけ上がった
「ほんなら、逃げたらええのに」
逃げたらどうなるかわかっているはずなのに。
その言葉は優しさのふりをした他人事だった。
「…ほな、そろそろ帰るわ」
優の金髪が揺れた。薄い黒色の瞳は、童話に出てくる王子様みたいで。
芽衣の濃い瞳の色をしっかり捉えて。
「明日も、ちゃんと来いや」
それは心配ではない。あなたが来なければいけないことを知っていての、確認
教室の扉が閉まる。秒針が細かに時を刻む。
しばらく、その場から動けなかった。
暖かな陽が、自分をじっと見つめているようだった
校舎を出る頃には、もう外はほんのり暗かった。
5月の風が首を撫でた。
桜は花を落とし、新緑へと姿を変えていた。
また明日が来る。あと、6時間もすれば。
次の日。自分の下駄箱に画鋲が敷き詰められていた。
朝のHRが始まるまで後十分。
周りの生徒たちは、芽衣をチラリとも見なかった。
単に視界に入らなかったのか、それとも、目を背けているのか。
画鋲をつまみ、ハンカチで包んでいく。
一本、薬指の先にちくりと刺さって、赤い玉が浮かぶ。
「おはよぉ」
背後から声がした。
振り返る前に、視界に入ってくる。
缶コーヒーを片手にゆらりと現れた。制服はいつもように着崩している。
「あれ、血出てるやん」
芽衣より早くに気づいた。画鋲を見て、一瞬眉が動いた。
「画鋲かぁ、しょうもないことする奴もおるんやな」
楽しそうに笑っていた。
ぐちゃ、と胸が歪む音がした。
じっと芽衣の指先を見た後、ハンカチを取り出して血を拭った。
紺色の、綺麗にアイロンがかけられているやつ。
そして、慣れた手つきで絆創膏を巻いた。優に似合わない、可愛らしい柄がついていた。
その絆創膏をつけた指を見て、優は少し笑った。
「保健室も行きや」
そう言うと階段を上がっていった。
芽衣はまた、画鋲を拾い始めた。
保健室には行かなかった。今月だけでもう10回になろうとしている。
口には出さない、先生からの痛い視線を受けたくなかった。
桃色の絆創膏をつけた指のまま、3階の教室へと向かう。
階段を上がるたび、胃が音を立てて締め付けられた。
#完結済み/分割投稿中
松下一成
教室に入ると、一瞬の静寂
その後すぐに皆、いつも通りに話し始めた。
「芽衣ちゃんおはよ〜」
がっ、と肩に重い手が乗る。優の取り巻き数人、
もといいじめっ子たちが芽衣の周りをあっという間に囲んでしまった。
その奥、窓際の席には、優がいた。
男女に囲まれ、楽しそうに話している。
芽衣と目が合うと、にっこり笑って緩く手を振ってきた。
「おはよ、芽衣」
これが普通だと言うように、
何も違和感を感じることも無いと言うように。
「芽衣ちゃん、昨日頼んだプリントやってきてくれたぁ?」
肩に手を乗せたまま、取り巻きの1人がそういった。
ぐり、と明らかに意思を持って芽衣の靴を踏みつけている。
何も頼まれてなどいない。ただ、芽衣が「ごめんなさい、」と萎縮する姿を待っていた。
優は何も言わずに、その様子を傍観していた。
望み通りの姿を見て、取り巻きたちは満足したように笑った
「何これ、絆創膏?かわええのつけとるやん」
昨日貼ってくれた、頬の絆創膏をびり、と剥がされた。
痛みできゅ、と目を瞑った。目尻に涙が浮かびそうなのを必死で堪えた。
「指にもつけとるやん、怪我したん?」
「ドジやなぁ、どないなっとんか見せてよ、」
芽衣の指先に、手をかけようとした時。
「そろそろ先生来んで、」
その一言で、ごめん優くん、と取り巻きたちが
蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
救済ではない、壊しすぎるとつまらないから。
けれど、その判断は少し、遅かったのかもしれない。
授業中、芽衣は薬指の絆創膏をじっと見つめていた。
深淵を写し込んだような、真っ黒な目で、じっと。
優が少し芽衣に視線を送った。
壊れかけた人形のように、ぴくりとも動かなかった。
教科書を開く手さえも止まっていた。
殴れば震えて、触れば怯える。
それが芽衣のはずなのに。
何も、返ってこなくなった。
昼休み、いつものように校舎裏に呼ばれた。
「なんか今日つまらんくない?」
取り巻きがそういうとどうじに、芽衣の横腹を蹴った。
げほ、と声が出る。昨日蹴られた場所が、痛みを思い出して疼き出す。
力なく、砂利の上に体が横たわる。
「いつもみたいに泣いてや、」
機嫌が悪そうな声が聞こえると、鈍い音が何回かした。正確に覚えきれなかった。
暫くした頃、舌打ちをして数人の足音が遠ざかっていった。
頭の奥が、ちかちかと瞬いている。星空みたいだ、と開いたままの口で紡ごうとして、やめた。
ある晴れた日。屋上は誰もいなかった。
5月の終わりらしい風が髪を揺らす。オレンジ色が今日もじっと見つめている。
傾いている太陽が、眩しそうに輝いていた。
息を吸う。張り詰めていたものがゆっくりと溶けていく。
扉が開く音がした。
「…は?」
よりによってか、と優の顔を一瞥した。
深く、黒洞々とした瞳は、夕陽を反射して、硝子玉のように光った。
「…何してんの」
コンクリートの淵。フェンスの外側で、足をゆらゆらと揺らしていた。
遠く、足の遠く下に中庭のタイルがあるだけ。
誰かが背中を押せば、すんなり落ちてしまいそうな場所に腰掛けていた。
錆びついたフェンスが、古くなったブランコみたいに、きい、と音を立てて揺れる。
それひとつを間に挟むだけで、ずいぶん距離があるように思えた。
優の白く角張った手が掴む。
汚れがつく。そんなこと気にしていられないというように、
優の頬を、あるはずのない冷や汗がひとつ、伝った気がした。
何度も口を開いては、閉じるのを繰り返す。
笑みを貼り付けようとして、失敗した。
暫くして、口を開いて出た言葉。
「ひとつ、聞いてええか」
掠れた、諦めたような声色だった。止めないのか、あるいは
止められないことに、気づいてしまったのか。
自分の声が震えていることに、誰も指摘してくれない。
「おれのこと、きらい」
昔、喧嘩をした時に。
似たような言葉を聞いた気がする。ううん、と首を振ると
あなたは嬉しそうに、花が咲いたように笑うのだ。
昔と同じように、首を振ったのに。
あなたは笑うことなく、 息を吐き、苦しそうにしゃがみ込んだ。
好きも嫌いも、甘いも苦いも。
アスパルテームを飲み込んでも気付けないくらい。
あなたにどれかを向ける余裕なんて無かった。
あなたがまた口を開く前、自分の服を掴む前に。
ふわり、と体を宙に投げ出した。
原色のままのオレンジが、笑った芽衣の顔を照らした。
次の日の教室は、凍ったように静かだった。
机に突っ伏して泣いているもの。
嗚咽を堪えようと服を掴んでいるもの。
震えているものを、冷めた目線で見るもの。
皆、傍観者のまま、1人が枯れてしまった。
芽衣の机には、花が置かれていた。
嘘じゃない、本物の。
…花が、じっとこちらを見ているようで
目を逸らし、空を見た。痛いくらいの快晴だった。
全校集会で黙祷があった。
1分間、静かな空間に嗚咽と鼻を啜る音がよく響く。
遺書があったらしい、校長が読み上げていた。
内容は、両親への謝罪。学校のことなんて、これっぽっちも書かれていなかった。
ニュースにはならなかった。
ただ、16歳の女の子が自殺した、という噂だけが、尾鰭をつけて泳ぎ回る。
3日もすれば、学校は日常に戻った。
芽衣の机は退けられ、ただの通路となる。
喧騒が戻り、皆何食わぬ顔で話をする。
5限目。席替えで、芽衣がいたはずの席の隣になる。
右隣は空っぽで、最初から何も無かったように振る舞っている。
なんとなく、授業をサボって屋上に来ていた。
フェンスは高く、越えられないようになっていた
晴れた太陽が、じっと監視するように見ている。
フェンスの外側に、人影が見えた気がして
冗談のつもりで放った言葉の語尾が、僅かに強張っていた
「お前、死んだんちゃうん」
きっと、あれは幽霊だったのだと思う。
昔のままの笑顔をした、16歳の芽衣がいた。
にっこりと微笑んで、遊びに誘うように優の手を引く。
フェンスを透け、外側と内側の境目で、手が離された。
芽衣の体はそのまま宙に投げ出され、霞のように消えた。
あの日聞こえた、鈍い嫌な音が聞こえない。
タイルに沿ってどくどくと流れる血も、 何も無かった。
フェンスの内側。芽衣、に掴まれた手首を自分で握り、しゃがみ込んだ。
芽衣の手の感覚は、 感じられ無かった。
「…ずる…」
芽衣がいなくても、世界は周る。
何も変わらない。いつも通り、戻っていく。
幽霊は、まだ見ていた
それから、優は少しだけ変わった。
貼り付けた笑みも、中の上の成績も健在。
ただ、取り巻きへの指示が減った。
1人で帰るようになった。
屋上へ行く回数が増えた。
それだけ。自分すら気づかないような変化だった。
幽霊は、たまに優の手を引いた。
優の考えていることを見透かしているかのうように。
フェンスの外側に入る前、直前で、離されてしまう。
「…性格悪いな、ほんま」
誰に向けた言葉でも無かった、ただの独り言は
幽霊に拾われ、どこかに消えた。
日々が過ぎる。季節が巡る。雨が降り、夏が来た。蝉がうるさかった
秋が落ち葉を運び、冬になり、草花が姿を変える。
貼り付けた笑みも、広く浅い交友関係もずっとある。
ただ時々、人混みの中で立ち止まって。
あの黒髪を探す癖は、いつまで経っても抜けきらなかった。
卒業式。桜は咲いていない、蕾がようやく顔を出した頃だった。
第二ボタンは誰にも渡さなかった。
屋上に来ると、いつものように幽霊がいた。
ゆっくり、優の手を引いた。握り返した。離されないように
今度は、最期まで手を引いた。
コンクリートの淵が近づく。影が重なり、一つになる。
「____遅いわ、迎え」
笑った。昔みたいに、顔を合わせて
ある日の卒業式。
男子学生が行方不明になった。
式が終わった後、誰も姿を見ていないらしい。
手がかりがなく、警察は早々に捜査を打ち切った。
また、季節が巡る。
2人がいない世界で、時が回る。
4月が来る。
桜の下には、死体が埋まっているのか。
コメント
4件
一気に読んじゃいました…、やはり天国様は文豪ですね✨️大好きです💕 いつのまにか視点が変わってて、どこから!?って、何回も読み直しちゃいましたっ!💓 深い恋というよりは、深すぎた愛なのかなーなんておもいましたが…やはり恋愛は難しいですね😖でもとっても面白かったです🫶
とにかくすごい複雑で言葉では形容しがたい気持ちが二人の間にあることがわかったよ……😇😇 アスパルテームって、甘みがめちゃくちゃ強い添加物らしいね。それを飲んでも気づけないくらい、何か重いものを抱えてたんやろなぁ……。
今回も神作だね…!!!! めちゃくちゃ良かったよ!!!! いやー…本当に描写の仕方が 凄く上手でオシャレで好きだぁ… 多分だけど…優が取り巻きへ 芽衣を虐める事を指示してたんだろうし その理由は泣いてる姿が見たかったとかの とても単純な理由じゃなくて 私が理解できるかすらも分からない 複雑な理由なんだろうなぁ… でも優は絶対に芽衣の事が好きなんだよ… 何か…言葉に表せない良さを感じるなぁ…