颯佐の爆弾発言に、言われた本人ではない俺の方がダメージを受けていた。
俺は友人が少ないし、言ってしまえば目の前の二人、高嶺と颯佐しか友人と言える存在はいない。
学生時代に作ってこなかったのかと言えば、自分の頭の中でパッと浮かぶ同級生もおらず、趣味もなかった俺は少し浮いていたのかも知れない。ただ、頭がいい。ということで、同級生からはよく学習会に誘われたり、勉強を教えてくれとせがまれたものだ。だから、孤立していたというよりかは、何もしなくても人がよってきたという方が正しいだろう。だが、頻繁に俺に声をかけてくる同級生はなかった。
警察になるのに少し集団行動が苦手だったのだ。
そんなことを考えていると、再び颯佐が口を開く。
「ユキユキ、実は友達少ないんじゃない?」
と、神津の出を伺うように颯佐が尋ねるので、俺はそんなことはないだろうと、神津の方を見てやる。神津が友人が少ないわけがない。こんなにコミュニケーション能力が高くて、女性にモテて、ピアノも弾けて、六カ国語も喋れるなら、海外にも友人の一人や二人いるだろうと思った。
だが、俺の期待とは違い、神津はポカンと口を開けていた。
まるで図星とでも言わんばかりに。
「か、神津……?」
「だって、ユキユキ友達のありがたみ、分かってないような気がするんだもん。何か、オレ達のこと目の敵にするし?オレ達がハルハルを奪うんじゃないかーって恋敵みたいな風に見るし。オレ達が友達だってちゃんと割り切れるなら、そんなことしないんじゃないかなあって。まあ、これはオレの考えだけど」
そう颯佐は言うと、ねーと高嶺の方を見た。高嶺は全力で頭を縦に振り、肯定の意を示していた。
颯佐の言いたいことはとてもよく分かる。確かに、神津は高嶺と颯佐を恋敵……とは行かずとも嫉妬をバリバリ飛ばしていたし、俺が彼らに会うのを無性に嫌がっていた。友人に会うだけでそこまでカリカリするだろうかと彼の異常なまでの過保護感というか心配性というか、そういうのは感じていた。まあ、友人と会うより恋人の自分と一緒にいて欲しいって言うのも、そっちも分からないでもない。
ただ、たまにぐらい友人に会わせてくれてもいいじゃないかとも思う。
「そう、思うでしょ?ハルハル」
「いや、俺はどうだろ……」
「明智も友達少ないだろうからなーお前ら、二人だけの世界に閉じこもって楽しいのかよ」
と、高嶺が横から口を挟んだ。
友人を作らず、二人だけの世界に閉じこもっている。高嶺の言い方は少しあれな気がしたが、もしかすると神津の方はそうなのかも知れない。
神津には俺しかいない。
そう考えたら何だか嬉しい気もするが、神津にはもっと違う世界を見て欲しいとも思っている。完全に矛盾しているし、そのまま外の世界を見て俺から離れていくのは耐えられない。けれど、何となくだが神津はいろんなものを我慢して生きてきたようにも思えるし、そう思うと、友人を作って恋人とはまた違う、戯れや馬鹿をやってもいいような気がした。
俺は、少なからずこの二人に出会ってそれができた気がした。自分の世界に閉じこもっているだけでは見えてこなかったもの。それを、この二人に教えてもらったのだ。
「僕は……」
神津は言葉をつまらせ、助けを求めるように俺を見た。
何だか、置いてけぼりを喰らった子供のような寂し目を見ていると、俺は無性に彼の頭を撫でたくなった。そうして、無意識のうちに撫でて俺は神津と向き合う。
「こいつらの言うこと、理解できるだろ?俺は、こいつらに出会って変わったんだ。まあ、未だに真面目って言われるがこいつらと少し遅めの青春が出来て、楽しかった」
「春ちゃん」
「お前はどうなんだ?そういうこと、してこなかったのか?」
そう聞けば、神津は唇をギュッと噛んで首を縦に一度だけ振った。
「して、こなかったよ……友達、いないかも」
と、神津は弱々しく言った。
神津でも苦手なものがあるのかと驚いたと同時に、なら今からでも遅くないんじゃないかと思った。
大人になっても青春は出来る気がする。言葉はあっていないかも知れないが。
そう思って、二人の方を見れば彼らはニヤリと笑って「そういうことであれば」と俺と神津の方に駆け寄ってきた。
「ユキユキも、青春しようよ。連れて行きたい場所あるし、いいもの一杯あるんだよ」
「ちょーと気にくわねえが、明智の恋人だ。悪いようにはしねえよ」
そう二人は、神津に向かって言った。
神津は戸惑いながらも、嬉しそうに頬を緩めて「僕が?いいの?」と、確認するかのように尋ねた。
そんな神津の手を颯佐は掴むと、ニッと白い歯を見せて笑った。
「もっちろん。楽しいこと、今からでも遅くないよ」
と、神津の手をギュッと掴む。
少しもやっとしたが、颯佐の笑顔と、神津の嬉しそうな顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んでしまった。
矢っ張り、こいつらにはかなわないなあと思う。
「つか、マジでお前ら非番なのか?暇なのか?」
「まあまあ、ハルハル。そこは気にしないで、今はユキユキ遅めの青春大作戦を遂行しなきゃ」
颯佐はそう、誤魔化すように言って高嶺の方を見た。高嶺は少し遅れて「お、おう」と返事をして拳を握る。
そんな二人を見て、呆れながら笑えば、隣で神津がプッと吹き出した。
「三人ともおっかしい」
そういった神津の顔には温かい笑顔が浮かんでいた。
そんな神津を見て、俺も二人もフッと、安堵のような笑みを漏らす。それから、颯佐がならば、と声を上げた。
「やっぱ、オフロードでしょ!」
「いや、お前ハードル高すぎないか?」
自分の趣味に付合ってくれと言わんばかりの颯佐をおさえつつ、颯佐と高嶺提案の「遅めの青春大作戦」を遂行すべく、何処に行こうかと案を出し合っていた。
まだ翠のイチョウの木の下にはベンチがあり、神津の隣には颯佐が座っており、俺はイチョウの木と青い空を見上げながら物思いにふけっていた。颯佐を止めるのは、俺よりか高嶺の方が上手い。だが、高嶺は颯佐のブレーキを外しているようで口を挟まなかった。大方、面倒くさいと思っているのだろう。
「えーでも、オフロード楽しいじゃん。よく行くけど、今度皆でいくならジムニーじゃなくてハマー H二乗ろうって決めてたんだけど」
しゅんと、耳を下げる颯佐を見ていると俺は喉の奥から変な音が鳴った。そんな顔されると何も言えなくなる。
神津も似たような顔をするため、颯佐も神津も子犬のように感じてしまう。
「だって、あの大きさ! 軍用四輪駆動車……あれ乗り回したら楽しいだろうなって。男のロマンつまってんじゃん!」
目をキラキラ輝かせて語る颯佐にどうも俺はついていけなかった。
何を言っているか分からない。
俺は理解が追いつかず、顔を引きつらせていたが、高嶺は理解があるようで「そうだなあ」とでも何処か気のない返事をしていた。嫌いではないのだろうが、高嶺は身体を動かせるレジャー施設にいきたいと言った感じを醸し出していた。どっちも行けばいいのにと思いつつ、乗り物酔いをしやすい俺にとっては、出来るならごめんしたい。
そんな風に、語る颯佐の話を神津は真剣に聞いており、その横で颯佐は話を聞いてくれる神津を見て嬉しく思ったのかさらに熱が籠もった。
「ユキユキにもあの景色見せてあげたい。助手席から見る景色、きっと癖になると思う。勿論、オレの運転にも惚れちゃうかもだけど」
「うーん、車はあまり乗らないけど、バイクなら乗るかなあ」
「バイク!? 何に乗るの!? ユキユキ、興味あるの!?」
と、いつもの颯佐からでは考えられないような食いつきをし、身を乗り出していた。
神津はそんな颯佐を見つつ、少し考える素振りを見せた後、「GSX-R一25 ABSとか、ZX-25Rかな」と小さく呟いた。
颯佐は、それを耳にした瞬間、勢い良く立ち上がり、神津の両肩を掴む。そして、神津の体を揺らしながら「GSX-R一25ABS!?ZX-25R!?」と声を荒げた。
「ユキユキ見る目ありすぎ、オレも大好き。え、え、もしかして乗ってた? あるなら、今度乗らせてよ」
「一台は、お母さんに預けてて海外に置いてきたし、今はどっちかっていうと二人乗りできるものに乗り換えたかなあ。ああ、でも ZX-25Rはまだ乗ってるね」
「マジで!? 見せて、え、え、何色!? 矢っ張りライムグリーン?」
颯佐は興奮して、神津の腕を掴みながら質問攻めをする。
神津はそれに丁寧に答えつつ、時折相槌、笑みを零していた。
「おい、高嶺。分かるか?」
「はあ? 分かるわけねえだろ。車なら兎も角、バイクの話は詳しくねえよ」
「俺もだ。よくあれについていけるな、神津……いや、颯佐の乗り物好きにも参るが」
こそりと高嶺に、颯佐と神津の会話についていけるかと聞いたが、高嶺は一つも理解できないというように首を横に振った。勿論俺も理解できず、ただ二人を見守っているだけしか出来なかった。
そういえば、神津はバイクを乗り回していたなあと思い出し、事務所があるマンションの下の駐輪場にライムグリーン色の格好いいバイクが置いてあった気がする。だが、俺と出かけるときは、また違う色のバイクだった気がするため一体何台持っているのかと不思議になる。
今の話から、最低でも三台持っていると言うことになる。それは、自分の稼いだお金で買ったというのだろうか。
(いや、買えなくもねえよな……プロのピアニストやってたんだし、母親も父親も稼いでるし……)
不思議ではないと納得してしまった。
けれど、神津がバイク好きとは知らなかった。ただ趣味で集めているだけかも知れないが、それでもあそこまで詳しいと言うことは興味があるのだろう。
俺と高嶺じゃついていけない。
「それで? 空、何処に行くんだよ」
「ん~オフロード、ユキユキとバイクの話しもしたいし、このままバイクショップいきたい所だけど、二人は嫌でしょ?」
と、俺と高嶺を見る颯佐。
答えは、勿論嫌だ。
友人の趣味に付合うのは苦ではないが、さすがにこれ以上専門的な橋を続けられても俺と高嶺が困る。もっと、皆が行くような場所を選んでくれと願うと、それに答えるように颯佐は「じゃあ、今回は諦めて……」と息を吐きつつ、行き先を口にする。
「カラオケとかどう?」
「なんかぽいな。確かに、いい案だと思う」
そう言ってやれば、颯佐は「じゃあ決まりね」と立ち上がった。
神津はカラオケ? と首を傾げる。知らないというわけではないだろうが、あまり馴染みのないところだろう。彼は歌うよりも弾く方が専門だから。
俺も、数回しかいったことないし、いったのもこの二人とだが……
(いや、待てよ。いいのか? 確か高嶺は……)
「おう、カラオケか! 久しぶりに一杯歌おうな!」
ちらりと高嶺を見れば、やる気満々と腕まくりをしていた。颯佐はそんな高嶺を見て何やら笑いを堪えていたが、漏れ出している。
「春ちゃん、カラオケ楽しみだね」
「おそ、そうだな……」
「春ちゃんどうしたの?」
「いや、何でも」
俺はふいっと神津から顔を逸らした。
行きたくないわけではなくて……いや、行きたくないという気持ちは少なからずあった。理由は単純で、だが本人を目の前にすると小さな声でも言えない。
(高嶺の奴、すげえ音痴なんだよ)
またあの耳の痛くなるようなだみ声を聞かなければならないのかと思うと、今から胃がキュッと縮こまるような思いがした。
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