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「あれって本気だったの!?」
「……私、いま本当に六条さんに同情してるわ……」
恵は大きな溜め息をつき、椅子にもたれ掛かって腕組みをする。
「うわああああ……。どうしよう……」
「どうしようって言われても、もう何年も前の話でしょ? 六条さんはフラれたって思ってるだろうし、今の朱里が付き合う訳にいかないし、どうする事もできないじゃん」
「そうだけど……。うわあああああ……。我ながら酷すぎる」
「というか、あんたその頃は田村と付き合ってたんでしょ? どっちにしろ付き合えないのは決まってたんだから、しょうがないって」
「うん……。そうなんだけど……」
私はガクリと肩を落とし、溜め息をつく。
「……私、酷いね。あんまりすぎるね」
「今さらでしょ。もともと朱里は色恋に鋭いほうじゃなかったし、気持ちがなかったら誰でもズバズバ斬ってた」
「そんな、浪人みたいに……」
「朱里侍、斬りまくり」
「あああ……」
私は低くうめくと、お水をグーッと飲み干してコップをテーブルに置く。
「もう一杯」
「お客さん、その辺でやめておいたら?」
恵は一応ノッてくれるけど、事態が解決した訳じゃない。
「っていうか、どうにもできないじゃん。数年前の告白の返事を今さらする? しかも断るって決まってるのに? しつこく迫ってる訳じゃないし、これ以上傷つける必要はないじゃん」
「そうなんだけどね」
私は腕組みをし、深い溜め息をつく。
「朱里がちょっと罪悪感を抱くだけで済むんだから、これ以上何もする必要はないって」
「恵が冷たい……」
「やけ食いするなら店に一緒に行くぐらい、付き合うから」
「ありがとう、友よ」
私は胸の前で手を組み、眉を寄せてキュルンと目を潤ませる。
そのあと、テーブルに頬杖をついて言った。
「でもまじめな話、説明はしなくていいのかな。告白されたと思ってなくて、からかわれたと思ってるのと、真剣に告白したのとじゃ、それぞれの真実が違うじゃない。凄く不真面目な理由で断ったように思えて、申し訳ないな……」
「それこそ、さっきと同じ答えをするよ。婚約者がいるのに、彼と付き合う訳にいかないでしょ? 『寝た子を起こすな』って言葉もあるし、このままでいいんだよ。朱里が『申し訳ない』って思うのは、悪いけど『ちゃんと説明して自分がスッキリしたい』っていう独りよがりな考えだと思う。昔の事を掘り返される六条さんは、いい迷惑だよ」
「……それもそうだね」
恵は割と何でもハッキリ言うけど、確信を突いている。
私はしばし考えたあと、「……うん」と頷いた。
「今度大盛りラーメン行く」
「分かった。私は隣で普通盛り食べるから、好きなだけ食べな」
「そのあとパンケーキいい?」
「う……。……努力する」
想像しただけで胸焼けしているらしい恵を見て、私はクスクス笑う。
「ありがとね! 恵のお陰で道を踏み外さずに済んだ」
「別に違法行為じゃないし」
彼女はケラケラと笑い、時計を見て立ちあがった。
「よし、戻るか」
「うん」
そのあと、私は副社長秘書室に戻り、尊さんにお茶を淹れたのだった。
**
八月に入り、笹島さんが本格的に第二秘書として通勤し始めた。
フルネームは笹島基樹、四十七歳。
尊さんとささやかながら三人で歓迎会を開いた時、色々と他の情報も分かった。
どうやら奥さんは学生時代の後輩で、ピアノを習っている十九歳の娘さんと、笹島さんに倣って合気道をしている十六歳の息子さんがいるそうだ。
物静かで淡々としているけれど、愛情深くで奥さんと子供を深く愛している、理想的な父親だ。
ちょっと神経質そうなところもあるけれど、面接でチラッと為人が分かったように、無駄な事はしないし、横暴な態度をとる事はなさそうだ。
私が女性だからといって、侮ってくる事もないと信じている。
尊さんも彼の性格を把握したからか、随分打ち解けた様子で話をし、お酒を飲んでいた。