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【注意】
この話の大野けんいちは映画「大野君と杉山君」の世界線と繋がっているため、大野けんいちの性格が 「やんちゃ編 ( 第1話〜 )」→「 不穏編(総集編〜)」 と変化します!
ガキ大将な性格が苦手な方は総集編以降からお読みください。
●含まれるもの
・大野けんいち弱らせ
・時間操作(登場人物が進級します)
・映画「大野君と杉山君」での出来事
アニメに登場する大野くんと、映画「大野君と杉山君」での性格の差が緩和される話を読みたいと思ったので書いてみました!
初投稿なので読みにくいかもしれませんが、よければお楽しみください!!
第一話:転校前夜
小さい頃に一度訪れたことのあるという東京という街を、大野けんいちはほとんど覚えていなかった。
「あの頃はまだケンちゃんも小さかったものね。覚えていないのも無理ないわよ。 」
ある日の夕方、不意に引き出しの奥から発見した写真の束を片手に尋ねたけんいちに、母親は答えた。
トントンと包丁を動かす後ろ姿を眺めていたけんいちは、手元の写真へと目をやる。
東京タワーに雷門……テレビか教科書でしか見たことがないはずの観光地でぎこちなく笑う自分の姿は今よりもずっと幼い。
裏面を見ると黒いペンで日付が書かれていて、当時の年齢を計算したけんいちは驚いて声をあげた。
「これ俺が幼稚園に通っていた頃じゃん! こんな古い写真、よく残してたな……。」
「当たり前じゃない。全部家族で過ごした大切な思い出だもの。……汚れないようにちゃんとしまっておくのよ。」
「はーい」
けんいちがそう答えると母親はそれ以上何も言わなかった。
机の上には元々見ていた二冊のアルバムと、今回見つけた東京での写真が入っていた袋が無造作に転がっている。
「……写真、アルバムの方に入れた方がいい?」
「そうね」
けんいちが手に取ったのは、既に三分の一ほど写真が埋まっている大型のアルバムだった。
思っていたよりも多くの写真を撮ってきたんだな、とけんいちは思った。
ほとんど記憶にない幼少期の写真は一冊目のアルバムを埋め尽くしてもなお、ページの一角を占領している。
変わり映えのない写真は退屈だが、二冊目の方が一ページに入る写真が多いからか少しページをめくるだけでもなんとなく時間は経っていることが伝わってくるのが救いだった。
……それにしても贅沢な使い方な気がする。
あまりの量に少し呆れながらもページをめくっていると離乳食を食べている自分と目があって、けんいちは思わず苦笑いをうかべた。
こんなに多く写真を撮っていて飽きることはなかったのだろうか。
「…………あ。」
しばらくして写真の風景に見覚えのある町並みが増えてきた頃、一枚の写真を見てけんいちは微かに目を見開いた。
日の暮れかけたある夏の日、綿菓子や水風船のヨーヨーを片手に色違いのお面をつけた二人の少年が眩しく笑っている。
「懐かしい……一年生の時の夏祭りだっけ?あの時は楽しかったなぁ。」
夏祭りそのものはそれまでも行っているのだが、杉山と一緒に行ったのはこの年が初めてだったようだ。
思えば杉山とはなんだかんだ長い時間を過ごしてきた気になっていたが、実際は思っているよりも短い間の出来事だったのかもしれない。
昔を懐かしみながらページをめくれば次々と懐かしい出来事が目に飛び込んできて、住み慣れた町並みや聞き慣れた誰かの声を昨日ことのように思い出したけんいちは目を細めた。
「うーん、まあここでいいか。ちょっと不自然だけど全部入れ替えるのは大変だしな。」
最後まで写真を見たけんいちは迷った末に、その後のページに続けて東京旅行の写真を入れることにした。
見比べるとわかる写真の年齢差にどこかしみじみとしながら、けんいちはまだ写真の入っていないアルバムの三分の二に目をやる。
……このアルバムが全部写真で埋まる頃、自分は一体何歳になっているのだろうか。
清水の町は今のまま全く変わらないとはいかないかもしれないが、俺と杉山との友情が無くなっているなんてことはないはずだ。
背丈はきっと今よりもずっと高くなって、もしかしたら船乗りになる夢だって叶っているかもしれない。
けんいちが顔を上げると、夕食を作っていた母親の姿はいつの間にか消えていて、代わりに三人の人影が目に入った。
スーツ姿の父さんと、エプロンを着た母さんが笑いながら何かを話している。
その視線につられて目をやると、二人の間に立つ人物と目があってハッとけんいちは目を見開いた。
真ん中に立っているのは、俺だった。
父さんとほとんど同じくらいの身長になった俺が、開いたアルバムを持って笑っている。
家族三人肩を並べて、仲良さそうに話す彼らは今まさに次のページをめくろうと手を伸ばしている。
“ずっと変わらないはずだって、思ってたんだけどな……”
ズキン、と胸の奥深くでよく知った痛みが走った。
その瞬間、目の前の光景がぐにゃりと歪むと金属を強く擦ったような耳鳴りがけんいちを襲った。
ぽっかりと空いていた隙間を埋めるように、お別れ会での出来事が、新幹線の前で握り合った手の温かさが、閉じた扉越しに交差する皆の視線が徐々に遠ざかって行くあの感覚が、次々と脳裏をよぎっては体を支配していく。
……それはきっと、理想的な光景だった。
眩しいほどに理想的で、絶対にそうなるはずだと、そうなってほしいとずっと信じていた光景だった。
そのはずなのに、胸のなかの何かがどうしようもないほど「それは違う」と叫んでいる。
輪郭が溶けかけた三人の人影がこちらを見つめるも、それもすぐにドロドロになって跡形もなく消えてしまった。
深く考えなくても、わかってしまう。
……これは本当の自分じゃない。
本当の自分は、俺が今いるのは……!
「ーーーー!」
ハッと目を覚ましたけんいちの目に飛び込んできたのは、まだ見慣れない白い天井だった。
「……嫌な夢だったな。」
バクバクと鳴る心臓をなだめながら上半身を起こすと、つい最近住み始めたばかりのリビングに目をやった。
物の少ない生活感の薄い空間で、ソファーの上に座る自分がテレビの暗い画面に反射している。
軽い気持ちで横になったつもりがまさか寝落ちしていたとは……。
新しい東京の家は最低限の片付けをしたとはいえ、未開封のダンボールが残された今の状況では、自分の家という実感はまだ持てなかった。
「どうしたの、ケンちゃん。うなされていたみたいだけど……」
「ちょっと、変な夢見たみたいで……ははは」
キッチンの方から現れた母さんにそう言って笑いかけると「本当にそれだけなの?」と母さんは続ける。
数秒の沈黙の後、自分でも声がうわずっているのがわかったけんいちは小さくため息をついた。
「あぁ。ちょっと昔のこと思い出しただけなんだ……。」
「……。」
違和感に気づいているのは母さんも同じようだった。
誤魔化すつもりはなかったのに、心配そうな視線を直視できなくてけんいちは少し目を逸らした。
「ーー大丈夫だよ。不安じゃないわけじゃないけど、杉山とも約束したんだ……お互い頑張るのは同じだからさ。」
「……そうね」
そう答えた母さんは一瞬だけ遠い目をするも、まっすぐにけんいちを見て言った。
「……応援しているからね、ケンちゃん。どんな環境でもケンちゃんならきっと上手くいくわよ。」
「ありがとう、母さん」
そう言ってけんいちは小さく笑った。
「ケンちゃんはもう寝なさい。明日から朝早いんだから、あまり夜更かししない方がいいわ。」
「えー、もう少しだけ起きててもいいだろ?」
「初日から遅刻したらどうするのよ」
「……はーい」
たしかに転校初日に遅刻するのは避けたいとこらだった。
渋々とけんいちは提案を受け入れると、母さんは満足そうに笑った。
とはいえ、いざ明日が本番となると落ち着かないのは事実なのだ。
ソファーに座っていたけんいちが立ち上がると、机の上には父さんの分の夕食がラップをひいたまま置いてあるのが目に入った。
そういえば、仕事で遅くなるとメールが来ていたと母さんが話していた気がする。
けんいちは目を細めると、大きく息を吐いた。
……どこにいたって、皆何かを頑張っているのは一緒なのだ。
「じゃあおやすみ、母さん」
「おやすみ、ケンちゃん」
そう言って廊下に出ると「賃貸だから」と念を押されていたのを思い出して、けんいちは丁寧にドアノブに手をかけた。
静かな音を立てて、扉が閉まる。
その夜、けんいちはそれ以上変な夢を見ることはなかった。
次の日母親の声でけんいちが目を覚ますと、東京での真新しい学校生活がいよいよ始まろうとしていた。