明くる日は、朝から忙しかった。
お祭りはもう翌日に迫っている。
 私たちにも何か手伝えることはないかと伺ったところ、明戸さんが泣きついてきた。
 なんでも、献灯台に配った提灯の電球を、すべてパァにしてしまったという。
 どうやら、バッテリーの電圧を間違えたらしい。
 すぐ業者さんに連絡を入れたものの、生憎の在庫切れ。
 また、先方もこの時期は忙しいらしく、どう遣り繰りしても、入荷と運搬が可能になるのは明々後日の午後だろうと、絶望的な返事があったそうだ。
 「電球がねぇなら火でいいじゃねぇか」という史さんの意見もあったが、安全性を考慮すると、やはり好ましくない。
 調べた結果、同型の電球を扱うお店が、すこし遠方になるものの何軒か見つかった。
 すぐに幸介のお姉さん、慶子さんに車を出してもらい、大急ぎで買い出しに向かった。
 とにかく数が必要なので、検索結果に引っ掛かった店舗を片っ端からハシゴした。
 「やっぱり車、買ったほうがいいですね……」と、肩身を狭くする明戸さんパパの姿が印象的だった。
 神社に帰り着く頃には、すっかりと日が傾いていた。
 西日の差す境内では、結桜ちゃんと琴親さんが、テキパキと幟を立てる作業に勤しんでいた。
 “此方らにも、なにかお手伝いできることはありませんか?”とメッセージを受け取ったのが、ちょうど今朝方のことだった。
 二人の立場からすると、やはり神社は少しばかり緊張するそうだが、こういった経験は初めてなので楽しいですと、嬉しそうに口をそろえる彼女たちの姿に、じんわりと心が和んだ。
 そうして、無事に提灯に明かりが点されたのが、午後6時半ごろ。
 明戸さんのお家で夕飯をご馳走になった私たちは、そのまま流れでお泊りさせてもらう事になった。
 思い返せば、目まぐるしさの内にようやく暮れた一日だった。
 心地のいい疲労感が、ついウトウトと瞼に伸し掛かってくるものの、まだ屈するワケにはいかない。
 「きのうの続きだけどな?」と、幸介が声を潜めて切り出した。
 所は、明戸家の応接間に敷き詰められた布団の上。
 本日は結桜ちゃんと琴親さんも加わっている。
 事情はおおむね、昨日のうちに伝えた。
 史さんとほのっちが狙わているかも知れないということ。
 その相手が、生き物や胡乱な衆などではなく、“刀”。
 あるいは、それに宿る刀霊ではないかと考える私の説。
 元の持ち主については、二人に縁のある人物なんじゃないかと、さわりの部分だけ告げるのみに止めた。
 「その刀、いま大丈夫なんだろうな?」
 「うん。 厳重に仕舞ってあるって、史さんが」
 当の史さんは、障子を一枚隔てた縁側のほうで、彼にしては珍しく居眠りの真っ最中だった。
 『ガキんちょが余計な気ぃまわすんじゃねぇよ』と、溜息まじりに零したセリフが、いまだ記憶に新しい。
 ほのっちはただいま入浴中のため、この場に姿はない。
 そんなタイミングを見計らって開始した、当の作戦会議である。
 「“羽”と言いましたか? 件の太刀は」
 「うん。 やっぱり、憶えがない?」
 「えぇ。 やはり号でしょうね。 銘ではなく」
 自他ともに認める愛刀家であるところの、御屋形さまのアンテナにも引っ掛からないという事は、注文打ちの新刀・新々刀の部類ではないでしょうかとは、琴親さんの談である。
 相手の正体が知れれば、対処の方法も見えてくるかと期待したが、この線から攻めるのは難しそうだ。
 そうなると、後手に回ってしまうが、向こうがアクションを起こした際、私たちはどのように行動すべきか。
 あるいは、敵はどういったタイミングで牙を剥くつもりなのか。
 その辺りを突き詰めていくしかない。
 「こないだ観た映画で言ってたんだけどな?」と、前置きを加えた幸介が、議題に適う発言をした。
 「“大物の悪党は、劇的な場面を用意したがるものだ”って」
 これは、言うなれば当世における唯一の弱点でもある。
 人間による悪事が悉く一掃された世の中で、私たちが実際に“悪”を見聞きする機会は、お芝居の中にしかない。
 犯罪心理を研究しようにも、カビの生えた教材がネット上にチラホラと散見されるのみで、まったく用をなさないのだ。
 「劇的な……。お祭りとか?」
 タマちゃんの物言いに、結桜ちゃんがコクリと首肯した。
 「たしかに、人目を引きますね………」
 「うん……。 でも、お祭りの最中は、どうかな?」
 “よもや、余人の居る場で暴れ出すことはないと思うが”
 難題と共に預かった、意味深な言葉。
 それを伝えたところ、各員の渋面はいよいよとなり、当座のあちこちから「うーん……」と唸るような声が聞こえた。
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