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スパダリ攻め(青)×ネガティブ思考受(桃)
青視点
スマホが鳴ったのは、あにきが帰ってしばらく経ってからだった。
画面に視線を落とすとそこに出ていた名前はまさにそのあにきのもので。
うちに忘れ物でもしたんだろうか、と軽い気持ちで通話に応じた。
「あにきー? 何か忘れたぁ?」
間延びするような声で尋ねながら、俺は手近に広げていた書類を片手で整理する。
ファイルを手繰り寄せてそこに挟み込んだ。
「…え?」
スマホの向こうからのあにきの声は、さっきここで真面目な話をしていたときと同じトーンだった。
俺の家からの帰り道、ないこの自宅マンション前を通ったときにあいつとその彼氏にちょうど出くわしたらしい。
『何があったんかは分からんけどなんかただならぬ雰囲気やったし…ないこ、俺と目合ったら逃げるみたいに帰っていった』
「…彼氏の方は?」
『ないこを追いかけようとしとったけど、そっちも俺と目が合ったら逃げてった』
「……」
『まろ?』
「ん、分かった。ありがとう」
短く礼を言って、通話を終わらせる。
…近い未来に事態が動くとは思っていたし、あにきにもそう告げたばかりだ。
でもまさかここまで早いとは予想外だった。
しばらく逡巡した後、俺は再びスマホの通話アプリを呼び出した。
ないこの番号を表示して、そのまま通話を押す。
長い長いコール音の後ようやく出た向こう側の声は、あにきが言うように何かがあったような声色ではなかった。
…いつも通りの、少し掠れめの声。
多分他の人間ならそれでごまかせたと思う。
だけど、俺にしか分からないだろうほんの些細な違和感はそこに確かに存在した。
話したいことはないかと尋ねた俺への、「ないよ」という返事が普段通りすぎて逆におかしい。
本当に何もないなら「何でそんなこと聞くん?」くらい笑いながら尋ね返してくるだろう、お前は。
ないことの通話もすぐ終わらせて、俺はスマホをソファに投げる。
明日のスケジュールを脳内で再生しながら、この後どうするべきか考えを巡らせた。
…見守るって決めたとは口にしたけれど、全く何もしないとは言ってない。
明日仕事を終えたらすぐに事務所へ迎えるように、時間外ではあるけれど本業の仕事に手を付け始めた。
「あれ、いふくん今日こっち来る日だった?」
翌日の夕方、定時で仕事を切り上げまっすぐ向かった事務所で社員にそう声をかけられた。
「ちょっとやり残したことあって…ないこおる?」
「今ミーティング中だけど、もうすぐ社長室に戻ると思うよ」
「ん、ありがと」
片手を挙げて応じると、気心の知れたその社員はにこりと笑みを一つ残して廊下の向こうへ消えて行った。
そのまままっすぐ、俺は社長室へ向かう。
デスクの手前に置かれた応接セットのようなソファに腰かけ、足を組んだ。
暇を持て余すように背もたれに深く座り、取り出したスマホを見るとはなしに眺める。
そうして数十分が経過した頃、ないこが部屋へ戻ってきた。
「!…まろ…?」
ドアを開けた瞬間に俺の姿を認め、元々大きな目を更に見開く。
こぼれ落ちそうなその瞳が、一瞬で困惑した色に染まるのが見てとれた。
…まるで、会いたくなかったとでも言うように。
そんなこと、もう俺の知ったことじゃない。
お前がいくら会いたくなかったと思ったとしても。
それが本心じゃないことは、こっちはとっくに知ってる。
「どうしたん? 今日こっちに用事ない日じゃなかった?」
すぐに気を取り直したように表情を戻し、ないこは静かにドアを閉めた。
そしてそのまま自分のデスクへ向かう。
手に持っていた書類は机の上に置き、長時間のデスクワークでも耐えうるように設計された椅子を引いた。
それでもその目はこちらを見ようとはしない。
…分かってるよ。そうやって自分の心に壁を作らないとやってられないんだろう?
「仕事残っとるんやろ? 気にせんとそのまま続けて。俺にできることあったら手伝うし」
「……どういうこと?」
俺の言葉から意図が掴めなかったないこは、目の前のPCのスリープモードを解除しながらそう尋ね返した。
「そんで皆が帰ったら…」
一度言葉を切って、ソファに深く座ったままの態勢でないこを見据える。そこでようやくこちらを訝し気に振り返ったあいつは、瞳に少し動揺した色を宿していた。
「ないこ、今度こそちゃんと話しよう。俺も本音で話すから」
「…っ」
弾かれたように顔を上げたないこが、息を飲むのが空気で伝わってくる。
今まで互いに話の核から少しずつ逸らしてきた意識。
それに向き合うように仕向けた途端、あいつが躊躇するのは当然だった。
「…俺は…」
言いにくそうに、掠れた声を絞り出す。
目を伏せたないこは自分の唇を軽く噛んだ。
「本音で話すことなんて何もないよ」
伏せた目がぎゅっと瞑られる。
…嘘ばっかり。
いつもならここで引いていたと思う。
でもあいにく、もうこっちもお前の気持ちを汲み取って引いてやる優しさなんてどこにも持ち合わせてはいない。
「じゃあないこはそこに座って、黙って俺の話を聞いてくれるだけでえぇよ」
そう言って、俺は組んでいた足を戻した。
ソファから立ち上がり、ないこの方へ手を出す。
「とりあえず今は、仕事こっちにちょうだい」
戸惑いを隠しきれなくなったないこの目が、涙をこらえるみたいに揺らめいていた。
「おつかれさまでした、お先に失礼します」
最後まで残っていた社員がそう声をかけに来て、俺とないこはいつもの笑顔を浮かべて「お疲れ様」と短く返した。
そして社内に俺たち以外の他の気配がなくなる。
時刻はもう22時を回る頃だった。
処理した書類の山を、テーブルの上の隅に避ける。
ソファに座り直した俺の様子に、相変わらず自分のデスクに向かっていたないこはビクリと肩を揺らした。
…怖がらせるつもりはないんやけどな。
自嘲気味に笑ってしまう。
「なぁないこ、なんか今困っとることない?」
改めて問い直した俺に、ないこはついと目線を外した。
「…ないよ。昨日も通話で言ったじゃん」
短く答えた声がほんのわずかに揺れているように聞こえたのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
「ないこ」
だから、いつもより低めの声で呼ぶ。
配信でしか俺のテンションを知らないリスナーが聞いたら驚くだろうほどの声色。
それにもう一度ビクリと肩を揺らしてから、ないこは顔を伏せた。
ぐっと唇を噛み、観念したかのように口火を切る。
「…昨日、別れたいって言った」
誰と、とは聞かなかった。
その展開が想定内ではあったので驚きもしない。
「そしたら…今までの動画を晒して炎上させるって…」
「…動画…?」
「その……最中、の…」
言いにくそうにないこがそう声を絞った瞬間、ぐわ、と言いようのない感覚が自分の中を駆け巡る。
胃液と共にせり上がってきそうなその感情を、必死で押し込んだ。
「…そんな動画撮らせとったん?」
「ちが…っ撮らせるわけないじゃん! 盗撮されてたみたいで…」
「……」
唇に手を当てて、しばし思案する。
…リベンジポルノ。まぁいつかそうなるだろうなと思わなかったわけじゃない。
全て想定していた範疇内の話で済んでいることに、心のどこかで安堵する冷静な自分もいた。
「炎上させるってどこに出すって? 具体的には?」
問い直した俺に、ないこはふるふると首を左右に振った。
「別れなければ晒すことはないみたいだった…1日だけ猶予をくれるからどうするか返事しろって…だから…」
「だから?」
言いにくそうに一度言葉を切ったないこのそれを、きれいに復唱する。
膝の上で所在なさげに重ね合わせていた自分の両手で、ないこはそのまま拳を握り込んだ。
ぐっと、何かの覚悟を決めるみたいに。
「…そのまま、付き合おうと思ってる」
覚悟は決めているようだったけれど、どこか気まずそうにないこは呟いた。
握ったないこの拳に視線を落とし、俺は小さく息をつく。
「何でそれで自己解決しようとするん? 周りに頼ったら別の方法があるかもしれんやん」
俺の言葉が思いもよらないものだったのか、ないこはさっき伏せたばかりの顔をバッと上げた。
勢いついたそのまま、信じられないものを見るような目で俺を見つめ返す。
「そんなことできるわけないじゃん…! 炎上してグループ壊滅になるかもしれないくらいのことなのに…!」
さっきまでの途切れがちで掠れめだった声が嘘のように、ないこは言葉を荒げた。
そのまま俺のリアクションには見向きもせず、まくしたてるように続ける。
「だって俺の自己責任だし、自分の起こした行動のせいだろ…!?」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、勢いのあまり肩を大きく上下させた。
「お前がいつも言うじゃん、大人なんだから勝手にしたらいいって…俺は間違ってないって…。でも結果、俺は間違ってたよね? こんな事態になって…こんな失敗をしておいて、それでも助けてくれ、一緒に別の方法を探してくれなんて、周りに…メンバーに言えるわけない…!」
「『失敗』=『間違い』なん?」
俺の方は座ったままで、ないこを見上げる。
ソファで足を組み、肘置きに腕を置いた。
「失敗は間違いじゃない。失敗は『失敗』でしかない。いくらでも取り返せる」
続けた俺の言葉に、ないこは解せないと言わんばかりに眉を顰める。
「俺が言いたいんは、『その時お前がそうしようと思って行動したことは間違いじゃない』ってこと。結果が失敗だったか成功だったかの話じゃないんよ。お前の判断が正しかったか正しくなかったかなんて正直どうでもいい。お前がそうしたいと思ってしたことなら、それは間違いじゃない。確かに俺もお前の言う通り自己責任やと思うよ。ないこ自身が責任を取るべきやと思う。でもそうするときに、周りに助けを求めることも許されへんの?」
「だから何で…!」
そこで更にボリュームを大きくして、ないこが悲痛な叫びに似た声を上げた。
「何でお前はいつもそうなんだよ…! まろがいつでも『ないこは間違ってない』なんて行動すべてを全肯定するほど、立派な人間じゃないんだよ俺は…!」
今にも泣きそうに震えた響き。
精神的に限界が来ていたのだろう。
プツンと糸が途切れたように早口に言葉を継ぐ。
…あにきに昨日言ったっけ。
ないこは「無意識に」自分が完璧な人間でも立派な人間でもないって気づいてる、と。
だけど今はもう違う。
自分の不完全さを自覚して実感している。痛いほどに。
「昨日だって仕事であんなくだらないミスするしフォローも満足にできなかったし、立派な人間じゃないんだよ! だからお前が全肯定するたびに、逆に全否定されてる気分になる…!」
ないこの言葉に、俺はそこで一度天井を仰いだ。
ふーっと大きく息を吐き出して、それからもう一度視線を戻す。
「…なんか、勘違いしてない?」
突き放したつもりはなかったけれど、俺のそんな言葉はないこの耳には冷たい響きで届いたかもしれなかった。
「俺はお前のこと、完璧で立派な人間やなんて一回も思ったことないよ」
ソファから立ち上がって、ないこの前まで数歩分歩み寄る。
ぐっと詰められた距離に、あいつは一旦退がりかけたけれど必死に何とかこらえたようだった。
「俺が全肯定しとるんは、『失敗しないないこ』じゃない。一生懸命で不器用で、でもいつも必死で先の道を探すないこ。結果失敗したとしてもその時最善だと思った方法を模索するお前であって、そこに結果は関係ない。分かる?」
ぐい、とないこの服の襟辺りを掴む。
胸倉を掴んだ…と言うと聞こえが悪い。
別に殴り合いたいわけじゃないから。
ただ言い聞かせるように、その手に力をこめてぐっと一度揺さぶった。
「お前がいつもお前自身の行動を否定する。失敗する自分は大したことがない人間やって。結果が伴わんかったらお前に価値はないん? 結果が良くなければお前は『間違えた人間』で、メンバーに助けを乞うことも許されへんの?」
「……っ」
「お前が自分を認めてやらん限り俺はいくらでも全肯定するよ。お前が認めるまでずっと隣で言い続けてやる。『お前は間違ってない』って!」
ドン、と掴んでいた服を少し乱暴に押し返す。
その途端、俺の言葉を受けたないこの瞳が決壊しかけたように揺れた。
だけど溢れる間際でぐっとそれすら堪える。
…あぁ、お前はこんな時に泣くことも自分に許せないのか。
「…それでも…無理だよ…みんなに迷惑かけらんない…」
眉間に力をこめて、必死でそれだけ声を絞り出す。
…分かるよ。
そうして自分の弱さからも不器用さからも目を背けて、周りの人間が頼れるような理想の自分を演じてきたんだもんな。
「…分かった」
譲歩するように呟いた俺の言葉に、ないこはピンクの瞳を再び大きく揺らした。
「俺が言えるんはここまでやから。後はないこがどうするか決めたらいいよ」
突き放すつもりはなかったけれど、ないこがどう感じたかは分からない。
話は終わりだと言わんばかりに俺はソファに投げたままだった鞄を手にした。
「帰るわ」
ぐっと涙を堪えると共に声を飲み込んだないこの横をすり抜けて、俺はその部屋を後にした。
言うべきことは言ったし、後は本当に当初の予定通り見守ることしかできない。
それでないこがどういう選択をしようとそれはもう俺の出る幕じゃないし、そもそもその選択すら「間違い」であるはずがない。
もしもあの恋人との関係を続行しようというなら、それも間違いじゃない。
ないこが選んだ道が、俺の望むものと交差することがなかったというだけの話だ。
エレベーターを降り、エントランスに差し掛かる。
入口の二重扉を抜けたところで、「…まろ!」と後ろから声をかけられた。
外に出た瞬間のその声に、俺は肩越しに振り返る。
エレベーターでは間に合わないと判断したのか、階段を駆け下りて追いかけてきたらしい。
息を切らせてないこが走り寄ってきた。
「待って、まろ…!」
ドアから外に出たところで、冷たい夜風が俺たちの間を通り抜けていった。
それに構いもせず、ないこは「はー」と上がった息を整える。
そしてそれから、「やっぱり俺…っ」と言葉を続けかけ、不意にその手がこちらに伸ばされようとした。
体ごと振り返った俺の腕に、その手が伸びてくる。
だけど触れそうになった瞬間、向かい合った俺たちの視界の片隅でパアッと明るいライトが照らされた。
「!……」
同時にそちらを振り返ると、そこには見慣れた黒い車。
…まぁ当然そこにいるだろう。
ないこの話では、今日「返事」をしなければいけないはずだったから。
車のドアが乱暴に開く音がする。
それに気づいて、ないこがビクリと肩を震わせた。
俺の方に伸ばされようとしていた手が空中を掻き、そしてそのまま引っ込められる。
…あぁ、こんなこと前にもあったよな。
あの時もその手は、すり抜けて俺の元に届くことはなかった。
一度は覚悟を決めて俺を追いかけてきたのかもしれないないこは、あの「恋人」の姿を視界に認めたことで現実に引き戻されたような顔になった。
それが分かったから、あえてその顔を覗き込みながら問う。
「どうする?ないこ。炎上するかもしれんけど俺たちメンバーに救いの手を求めるか、それとも今まで通り自分を否定し続けながらあの男と関係を持ち続けるか」
選ぶのはないこだ。
道は示した。
2つのどちらを選ぶのかは、ないこ自身の問題だ。
「何回も言うけど、どっちを選んでも間違いではないよ。結果が変わるだけ」
「…結…果…」
「そう。明日お前の隣におるんが『彼』か俺たちメンバーかの違いなだけ」
俺の言葉を小さく復唱するないこに、どれだけこちらの言葉が響いたかなんて分からない。
恐らくないこの頭の中は今想像もつかないくらい高速で回っているに違いない。
どうするべきなのか、自分がどうあるべきなのかを混乱しながらも瞬時に計算する。
だけどそれも、あの男がバンとドアを閉める音と、こちらに駆け寄ってきそうな気配を感じただけで現実に引き戻されてしまう。
たったそれだけのことで、これまでの俺との会話は全て無に帰したようだった。
「…っ」
息を飲んで、ないこは唇を噛む。
迷いはあるだろうけれど、さっきまでは確実にこちらに手を伸ばそうとしていた。
でもそれを引っ込めた先で、ないこはもう一度目を伏せる。
やっぱりメンバーに迷惑をかけたくないという想いが、何よりも大きくその胸を侵食していくんだろう。
ざ、と音を立てて、ないこの踵が一歩後ろへ引いた。
俺から距離を取るように引き退がり、逆にその分だけ「彼氏」の方へ近づく形になる。
それが分かったから、俺は唇を歪めて笑った。
「…それが、お前の『答え』?」
嘲るような笑みを浮かべた俺の言葉に、ないこは傷ついたような表情でこちらを見上げている。
「…ん、分かった。お疲れ」
そう言い置いて身を翻した俺のコートの裾が、パサリと音を立てた。
革靴の踵を鳴らしながら、ないこを置いて歩き出す。
そうして数歩前に進んだほんの刹那すら、俺にとってもないこにとっても長く永遠のようにも感じられる時間だった。
「…待ってまろっ」
数歩歩いた先で、ないこが俺の背中を呼び止める。
切なく絞り出されたその声音は今にも震えそうだったけれど、消え入りそうな儚さはなかった。
…踏み出すなら、今だろう?
お前が本当はどうしたいのか。
誰の手を取りたいのか。
自分の気持ちに従って、先へ進むためのその「一歩」を。
ないこが地面を蹴る音がした。
「トン」と軽やかななのに、しっかりと踏みしめる音。
そしてそれから、伸ばされた手が今度は確実に俺の腕を掴んだ。
ぎゅっとその手に力をこめるないこを振り返る。
覚悟を決めたような目は必死に見開かれていて、俺の顔を見つめ返すのは怖かったのか俯き加減だった。
だけど、それでも伝わってくる。
ないこが最終的に選んだ「答え」が。
「…ないこ、これから俺が言うことちゃんと聞いて」
その頭に手を伸ばし、クシャリとピンク色の髪を掴むようにして撫でる。
本当なら抱き寄せてしまいたかったけれど、あの「彼氏」の神経を逆撫ですることは分かっていたのでそこは思いとどまった。
「今から絶対後ろを振り返らんように、事務所に入って。そんで社長室に戻って」
「…え…?」
「15分たったらまっすぐ家に帰って。鍵は絶対にかけること」
「まろ…は?」
「今夜中に必ずお前のとこに戻るから。約束する」
大丈夫、と言うようにないこの頭をポンポンと軽く叩く。
「はよ行き。絶対振り返るなよ」
その細い背中を、ぽんと送り出すように押した。
戸惑いながらも言われた通りにないこは踵を返す。
そうして事務所のエントランスに向けて駆け出した後ろ姿に、車の方から男が「ないこ!」と大きな声で叫んだ。
ビクリと肩をこわばらせて、ないこが足を止める。
自分を脅している男の声を聞いて顔を見たら、絶対にまた迷いが生まれる。
だから、振り向いてはいけない。
絶対に、『振り向かせない』。
「ないこ!」
男の声よりも更に大きな声で俺がその名を呼んだ。
足を止めていたないこは、一瞬硬直した後再び地面を蹴る。
俺の声に押し出されるように、そして俺の言ったことを守るように、決して後ろは振り返らなかった。
エントランスのガラス戸の向こうにピンク色が消える。
それを見送った俺の向こう側から、男が慌てて車を離れて駆け出してきた。
「ないこ! いいのかよ! このままだとあの動画…!」
ないこの後を追おうとした男だったけれど、そう言いかけた瞬間に俺がその間に立ち塞がった。
ないこを追わせないようにその道を断つ。
「こんばんは」
にこりと笑ってそう言いながら男を見下ろすと、ないこしか眼中になかったらしいそいつの目がようやく俺を見上げた。
「…なんなんだよ、あんた…」
言いかけた男のそんな言葉を無視して、俺は更に言葉を継ぐ。
「少し、お話しませんか? …『俺』と」
社会人経験で培われた営業スマイルを浮かべた俺の後ろで、ないこが駆け込んだエントランスのドアが完全に閉まる音が辺りに響いた。
コメント
19件
ついに最終回が来てしまうのですか…!!わくわくもありつつ寂しさもあります…!!😭💕 最終的に青さんに手を伸ばしてからがもう最高すぎます…青さんがかっこよすぎます…!!!✨✨ あおば様最強すぎますね…どの青桃作品の中でもドストライクに好みを突かれます…😖💕 マシュマロの方送ることがあるかもしれません…😸🩷 最終話とても楽しみです!!!
コメント失礼します🙇🏻♀️ ほんとに表現力がすごくて、 いつも読ませていただいています! 最終回も楽しみです。Xのフォロー 失礼します!
ひゃーーー😭。🐱くん…大好きナイスまじで。🐶ちゃんが🐱くんに助けを求めてくれたことが安心😮💨最終回が悲しいけど、明日が楽しみです♪