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晩白柚
今日も今日とて💚💙
第二十二話 愛ひとつまみ〜塩より甘く
翔太 side
今日も今日とて、嫉妬対策室。
特別監査部門・嫉妬対策室
三部署とは別枠。
存在自体が不本意。
だが必要不可欠。
――嫉妬対策室。
発足理由:
亮平が職場の女性の話をした日、
健康管理課が塩を一振り多くした前科あり。
危険思想。
よって設立。
室長:翔太(兼任)
部下:なし
自制心:不安定
― 再発事案 ―
発生時刻 19:08。
盛り付け前、最終味見中。
本日のメニュー、和風煮込み。
料理指導:涼太(zoomにて遠隔支援)
健康管理課、塩分制御済。
適量。完璧。
――のはずだった。
⸻
「今日さ」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
亮平はキッチンカウンターにもたれながら、何気ない顔で続ける。
「後輩にさ、相談乗ってたらさ」
警報。
嫉妬対策室、起動。
性別未確認。
危険度、中。
「俺のこと、頼りになるって」
……。
親指と人差し指が、軽く擦れる。
ぱらり。
ひとつまみ。
鍋の縁に、白が落ちる。
嫉妬対策室、再発確認。
亮平は続ける。
「優しいってさ俺のこと」
赤信号。
匂い保存課:動揺。
温度保護課:体温急上昇。
健康管理課:塩分増加検討。
嫉妬対策室、即時会議。
議題:
「優しいのは誰のおかげか」
結論:
環境が整っているからである。
つまり。
俺の功績。
しかし。
口に出すのは規約違反。
嫉妬対策室は深呼吸を指示。
三秒。
五秒。
耐えろ。
「やたら距離近いんだよね」
緊急警報。
「でさ」
間。
「俺の隣、落ち着くんだって」
――ぱらり。
今度は、はっきり。
塩壺から、直接。
⸻
食卓に湯気が立つ。
ふたり並んで座る。
いつもより、少しだけ濃い匂い。
亮平は一口、ゆっくり啜った。
沈黙。
二秒。
三秒。
「……今日、ちょっとしょっぱくない?」
世界、停止。
健康管理課:硬直。
温度保護課:体温急上昇。
匂い保存課:呼吸停止。
嫉妬対策室:再発確認。
翔太は菜箸を持ったまま、瞬きを忘れる。
「そんなことない」
声、平坦。
耳、赤い。
亮平はもう一口啜った。
わざと、ゆっくり。
「うん、でもさ」
視線が、上がる。
まっすぐ。
「後輩の話したときだけ、味変わるの不思議だよな」
視線が合う。
一瞬。
亮平の三白眼が、静かに細くなる。
――滅。
静か。
笑っていない。
でも怒ってもいない。
ただ、知っている顔。
⸻
塩は、ほんの少しだけ多かった。
でも。
味が濃いのは、料理じゃない。
胸の奥。
じんわり広がる、熱。
「……別に」
翔太は目を逸らす。
「味覚の問題だろ」
「そっか」
亮平は笑う。
それ以上は追及しない。
でも。
次に箸を伸ばしたとき、
そっと言う。
「……優しいとか、外で言われるの嫌なんだけど」
言った瞬間――
言った。
言ってから気づく。
――規約違反。
⸻
【特別監査部門・緊急招集】
嫉妬対策室:
「本音流出。隠蔽不能。」
健康管理課:
「過剰反応につき、沈静措置推奨。」
温度保護課:
「耳の赤み、視認可能域。」
匂い保存課:
「今この瞬間、抱きしめられたら崩壊確定。」
⸻
沈黙。
三秒。
翔太は視線を逸らす。
鍋の湯気が、やけに白い。
やってしまった。
守る側のはずが。
ばらした。
亮平は、箸を置く。
慌てない。
怒らない。
笑わない。
ただ、まっすぐ見る。
「そっか」
それだけ。
一拍。
「じゃあ、家でだけ言うわ」
⸻
世界、静止。
嫉妬対策室:停止。
健康管理課:機能不全。
温度保護課:過熱。
匂い保存課:酸欠。
亮平は続ける。
「優しいって」
静かに。
「翔太が知ってる。それだけでいい」
――全機能停止。
世界、無音。
嫉妬対策室:電源断。
健康管理課:心拍測定不能。
温度保護課:体温上昇、制御不能。
匂い保存課:記録媒体落下。
議長・翔太。
完全停止。
視界、白。
思考、蒸発。
塩分濃度どころではない。
亮平が立ち上がる。
三白眼。
――滅。
「……なに固まってんの」
距離、ゼロ。
逃走経路、なし。
翔太は鍋の取っ手を握ったまま、硬直。
「別に、外でどう言われてもさ」
亮平は低く言う。
「翔太への優しさとは別物だから」
嫉妬対策室、爆散。
⸻
次の瞬間。
ふわ、と視界が浮く。
「……え?」
床、遠い。
腕、支えられている。
状況確認。
横抱き。
完全拘束。
距離:ゼロ。
密着:確認。
「ちょ、なに」
声が裏返る。
亮平は平然とした顔で言う。
「塩、入れすぎた罰」
違う。
絶対違う。
「顔、真っ赤」
温度保護課、報告不能。
「ちょっと冷まそうな」
寝室へ移動。
運搬中。
健康管理課:
“接触時間、想定外延長”
匂い保存課:
“至近距離。危険。”
翔太は抵抗を試みるが、力が入らない。
完全敗北。
⸻
ベッドに下ろされる。
ブランケット、強制装着。
亮平が覗き込む。
「俺の前だけで拗ねろよ」
静かに
「外で戦わなくていい」
胸の奥が、ぎゅっとなる。
塩より濃い。
言葉より甘い。
⸻
嫉妬対策室。
活動停止。
だが。
幸福度、最大値更新。
距離、ブランケット一枚分。
逃げ場はあるのに、動かない。
翔太の耳はまだ赤い。
亮平が、顔を覗き込む。
「外で言われるの、嫌なんだろ」
低い。
さっきより、近い。
翔太は目を逸らす。
「……別に」
嘘。
視線が泳ぐ。
でも、手は離さない。
亮平のシャツを、まだ掴んでいる。
⸻
その手を、亮平がそっと包む。
握り返すでもなく、
ほどくでもなく。
ただ、重ねる。
呼吸が混ざる距離。
ブランケットの中だけ、空気が違う。
外の音が遠い。
時計の針も、今は関係ない。
⸻
「俺が知ってる」
もう一度。
今度は、耳元。
「翔太が誰よりも優しいの、俺が一番知ってる」
胸の奥が、静かにほどける。
嫉妬対策室、完全沈黙。
健康管理課、測定不能。
温度保護課、役目終了。
もう守る必要がない。
守られている。
⸻
翔太が、少しだけ顔を上げる。
近い。
近すぎる。
言い返したいのに、言葉が出ない。
代わりに、指が動く。
亮平の首元を、掴む。引き寄せる。
主導権が、ゆっくり移る。
唇が触れる。確かめるみたいに。
離れない。
もう一度。
深くはない。
でも、長い。
呼吸が溶ける。
境界が曖昧になる。
⸻
「……家の中だけでいいんだろ」
亮平が、囁く。
翔太は目を閉じる。
「……うん」
夜が、静かに降りてくる。
ブランケットの中で、
距離がゼロになる。
どちらが抱きしめているのか、分からない。
嫉妬は、塩みたいに溶ける。
残るのは、あたたかさだけ。
⸻
夜は深い。
でも重くない。
ただ、溶ける。
息と体温が混ざるまま、
言葉はもういらない。
秘密結社、本日も存続。
ただし。
今夜だけは、
任務停止。
塩は、溶ける。
鍋の中で、静かに。
でも。
胸の奥に落ちたひとつまみは、
まだ溶けきらない。
_____
コードネーム:S。
嫉妬対策室 臨時出動。
健康保全課 反省文提出。
対象者:亮平
状態:若干塩分過多
持続可能な設計書【伍】
コメント
2件
この形式まだハマってたのか🤭好きねぇ