有言実行するべく数日後、美晴は運営が用意してくれたマンションへ移り住んだ。さらに亜澄SIMカードを使い、別の電話番号に変えてしまった。これでもう幹雄たちからは連絡が取れない。
用意されたマンションは1LDKで家具も揃っており、すぐに生活ができるものだった。イメージはウィークリーマンションのようなもので、それよりも快適だ。
DVやストーカーなどの被害を受けた女性たちが一時的に避難し、身を寄せる場所も兼ねている。いわゆるプチシェルターみたいなものといえよう。
そこでは安心して生活できる環境が整えられていて、希望があれば行政とも連携しているらしく、カウンセリングや生活支援のサポートも受けられるようだった。全て運営が困っている女性たちに開放してくれている施設だった。
おかげで、松本家の連中が美晴の行方を捜すことはできなかった。
一方、内容証明を受け取った松本家では和子と幹雄のふたりで話し合いが行われていた。厳しい義父には内緒にしている。こんなことがバレたら大目玉どころではすまないだろう。
話し合いの内容は、美晴の訴えと幹雄の離婚についてだ。
「ちょっとの浮気程度で家を出て行くなんて、美晴さんも勝手ね!! あんなに目をかけてやったのに恩知らずなッ!!」
勝手な言い分であるが、ここにはそれを止める者はいない。
「本当にそうだよ。いい暮らしをさせてやったのに! こんな高額な慰謝料を請求するなんて!!」
内容証明には、幹雄の不貞行為の期間、美晴が精神的苦痛により結婚生活の継続が不可能となっていること、幹雄の行為が法律違反であることなどが書かれていた。しかも然るべき証拠も持ち合わせている、と。
どうせ金に困った美晴が無料の離婚相談に行き、無駄な知識を吹き込まれ、弁護士にそそのかされて内容証明を送り付けてきてこちらを脅しているだけだと幹雄は思った。
なぜ浮気がバレたのかはわからないが、最近の家は居心地がよく以前よりさらに美晴は自分に従順で、義母の相手で愚痴を聞いたり仲裁をすることがなくなり、全てがうまく回っていたのだ。
そんな美晴が自分を陥れるような証拠を持っているわけがない――と、頭ごなしに決めつけていた。
昼間の会計士の仕事もうまく部下に仕事を押し付け、遊び放題の自由時間を手に入れているし、毎日のストレス解消に自分の趣味である『赤ちゃんプレイ』で遊べる相手を見つけたし、全ての欲が都合よく満たされているのだ。
美晴がどうしてもというなら再度子作りも考えてやってもいいと思っていた矢先の出来事だった。浮気相手のこずえについては、あくまでも自己欲を満たすだけの相手であり、結婚相手には一切考えていない。
『どうして美晴と別れてくれないの』とこずえは再三催促してくる。最近特にしつこく言い出し、最近わがままが多くなってきたので、そろそろ関係の打ち切りを考えていたところに、美晴から取り上げたスイートルームでご機嫌な旅行をさせてやったのだ。
これで別れる算段を付ければ、こずえも満足して別れてくれるだろうという考えだったのに。どうしてうまく行かないのだ!!